題:泣くときは雨の日で
私はひとり、傘もささずに土砂降りの雨の中を泣きながら駆け抜けていた。
理由はママを失ってしまったからだ。失うーーすなわち、ママがいなくなったということだ。
「別に、私の、ために、ッ、気丈に振る舞わなくてもい、いのに。素直に、ッ、言えばいいのに。ッ」
周りの人には私はどのようにうつっているのだろう。
この雨で傘もささない、泣きながら走る少女ーー。
しばらく走っていると、腕を掴まれた。
「ちょっと、お母さんのためにも泣いちゃダメ!笑って!」
少し大きめの桃色の傘をさした友達ーーママにとてもよく似ているーーピーチ。
ママを失った今、似ているこの子にだけは、会いたくなかった。
「……離してよ」
「えっ」
「離してよ!」
「あっ、ちょっと!」
強引にピーチの腕を振りほどくと、ピーチの声を無視して走る。知らない何処かに向かって。
けれどまた、腕を掴まれてしまった。
「せめて傘ぐらいさしなよ!お母さんを心配さしたらどう責任取るって言うの!?」
ーーああ、今はやめて、その優しさを出さないで。今はやめて、自分よりも私を心配するのを。
ずっと黙ったままの私に焦れったくなったのか、私の隣にやってきて、私を傘の中に入れた。
「ほら、行くわよ」
貴方は雨の香りを、私は涙の跡を残して歩み始めた。
お題『雨の香り、涙の跡』
題:糸結び
占い師を始めて2ヶ月が経とうとしている。
どうして占い師を始めたかというと、ロゼッタの願いは高確率で星に届くからである。
そうして届いた願いは糸となり、ロゼッタの手元にくる。その糸は願い事によって違う。燃えるような赤、静かな青、柔らかな緑ーーなどなど。
そのほとんどの願い事の内容は『恋愛』である。
世の中の女性は男性に告白する勇気が無さすぎると、ロゼッタは毎日思う。好きなら好きと言えばいい。なのに運命の赤い糸を頼るなんて……。
ロゼッタは魔女であるため、不老不死。そのせいで男性に会う機会は無く、恋愛はとてつもなく疎い。
今日もロゼッタの元に一人の女性が来た。
今日も赤い糸を小指に結ばなければならないのか……と、ロゼッタが小さく溜め息を吐く。
しかし女性は、意外なことを口にした。
「安産祈願の糸はありませんか?」
「…………………………………え?」
しばしの沈黙の後、出たのはその言葉だけだった。
こんなことを言う人は始めてだ。どうして神社ではなくここに?
「どうして貴方は神社ではなくここに?」
その質問に、女性は少し困ったような顔で答えた。
「確かに安産祈願で有名な神社はあるけれど、ここの方が確実だと思って」
私のことはそんなに知られていないと思っていたが、案外知られていたのだ。
ロゼッタは正直驚いたが、引き受けることにした。
「……分かりました。少しの間、待っていてください」
ロゼッタは目を瞑り、祈る。
すると、ロゼッタの手が光りだし、その手の中に白色の糸が表れた。
その糸を女性に小指に結びつける。
「ありがとうございます」
女性は会釈をすると、走り去っていった。
その後、ロゼッタの元に来た女性がSNSに投稿した『【星祈り ほうき星】の糸結びのお陰で子供が無事に産まれました!』というのを見た人達が、ロゼッタの元に殺到したのは、また別のお話。
お題『糸』
題:碧色の記憶を地図に記して
懐かしいなぁ。皆で初めて外国に行ったのは。
最初に行ったのは程良く都会の『パリ』だったっけ。その次に、とても賑やかだった『トーキョー』。ビルがたくさん建っていた『ニューヨーク』。海が綺麗だった『シドニー』。静かな雰囲気と時計塔が素敵だった『ロンドン』。車がたくさん行き交う『ベルリン』。チューリップの咲き誇る庭が美しい『アムステルダム』。水上マーケットという珍しい市場があった『バンコク』。夜景とマーライオンが映える『シンガポール』。ギリシャ文明で造られたパルテノン神殿があった『アテネ』。大きな観覧車が印象的な『ロサンゼルス』。ライトアップされた吊り橋が目に焼き付いている『バンクーバー』。あちらの世界では見たことのなかったコロシアムがあった『ローマ』。だいぶ古い銅像が広場の中央に建っていた『マドリード』。
不安いっぱいだった私の手を握ってくれたピーチさんには、お世話になったと思う。こうして記憶を地図に記していくのも悪くない。
また皆で行けたらどんなに良いだろう。
次行くなら、ちゃんと計画立てていかないといけませんね。
お題『記憶の地図』
題:お揃いマグカップ
ほうき星の天文台の台所では、新しく食器棚に入ったマグカップをせっせと磨くロゼッタの姿があった。そのマグカップは、ロゼッタにとって最高級品と言っても過言ではない。その理由はただ一つ。
紫の彼とお揃いのマグカップだから。
それは、梅雨が始まったばかりの頃。テニスの終了後に傘を忘れてしまったロゼッタの為に、自分の傘に入れてくれた紫の彼ーーワルイージに、せめてものお礼にと、何かを買ってあげることにしたのだ。そこでワルイージは、「なら、マグカップを買ってくれねえか。つい昨日落として割っちまったんだ」と言った。
二人はココナッツモールの雑貨店に行き、ワルイージはマグカップを見つめながら、お揃いの物を買わないかと提案した。
もちろん最初、私も買うなんてとロゼッタは断った。でもワルイージは意地悪な性格故に、「何か買ってくれんだろ?」と言う。それなら仕方がないと思い、お揃いの物を選び始めた。
しばらく悩んだ末、ワルイージは青い薔薇のデザインのマグカップを選んだ。
「あんたのイメージカラーの青を選んだんだ」と、少し照れながら言っていた。
その様子が可愛らしくて、今も忘れられなくて、他のマグカップよりも大切に扱っているのだ。
マグカップを磨く際に見える彼女の目には、愛しの彼が映っていた。
お題『マグカップ』
題:決して変わることのない恋
ーーもしも君が僕と同じ身分だったとしても、僕は君を愛しただろうか。
ピーチ城のテラスでの午後のティータイム。マリオは甘く華やかな香りのフレーバーティーを口に含みながら考えていた。
マリオはただのブルックリンの住人で、ピーチはキノコ王国のプリンセス。そんな一般人のマリオを彼女は愛したし、高貴な彼女を彼も愛した。
でも、もし、ピーチ姫も僕と同じ一般人だったら……?
そんな妄想がさっきから絶えない。別にどっちでも良いとも思う。けれど。
ーー何か気になる。
もしも君が僕と同じ身分だったとしても、君は僕を愛した……?
失礼な奴だと自分でも思う。でも君が僕と同じ身分だったとしても、決して変わることのない恋になるのかな。
そんな事を考えながらピーチの顔を見ていたマリオにピーチが気付いた。
「あら、どうしたの?マリオ」
「いや、君がもし僕と同じ身分でも、君は僕を愛してくれるのかなと思って」
「……?当たり前じゃない。もしも私がただの一般人だったとしても、必ず貴方を愛していたわ。だって、今でこんなにも貴方を愛しているんですもの」
ピーチはさも当然といった様に言った。
マリオはその様子につい吹き出してしまった。
「何よ」
「いいや。君らしいなと思って。愛してるよ、ピーチ姫」
「私も愛しているわ」
今日のティータイムは、いつもより幸せだったそうな。
お題『もしも君が』