沼崎落子

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5/10/2023, 12:19:22 PM

 モンシロチョウを追いかける子どもを慌ててとっ捕まえる。きゃあ! と大袈裟な声をあげられて周りはどよめいていたが、俺はそれどころじゃなかった。
 あっちに行きたい、と泣く子どもはきっとチョウではなくあの崖の向こうに消えてしまった姉のことを恋しがっている。喧嘩別れしてそのままの姉をずっと追いかけている。それでも、この子を行かせることはできなくて。俺は必死に抱きしめてここにいてほしいと願った。

5/7/2023, 9:10:22 AM

明日世界がなくなるとしたらどうする? と聞かれた。
わたしは、今すぐにでもこの人のいる場所に行きたくて、でも飛行機で8時間以上かかるし、人はみんな飛行機に乗るから、たぶん異国の地にたどり着いても一緒にいられるのなんて世界の終わる10分前くらいだろうと思って、あなたと一緒位にいられる10分に告白するための文章を考えとくね、と言った。
向こうはけたけた笑って「こっちからも行くから、キリのいいところで待ち合わせしてようよ」と言った。

5/5/2023, 10:36:24 AM

昔は子どもなんて泣くだけのうるさい存在だと思っていた。蹴っ飛ばしてやろうかなと思っていたし、うるせーし、可愛いって言うやつの気持ちがわかんねーし、何言ってるかわかんねーし、うるせーし。赤ん坊を育てたいという部下たちの言葉に「物好きだ」と思っていた。

今では目の前のふにゃふにゃな潰れそうなその命をずっとみていたいと思う。
部下が、仕事のせいで入院していて、その間に奥さんが産気づいたとかでおれが代わりに一緒に連れ添った。さすがに一人ではまずいと思った。
赤ん坊が生まれた時の声はあの小さな体のどこから出してるんだろうと思うほどでビックリしたし持ったらとにかく熱って感じだし口の中に当たり前に歯はないし笑ってるし指をつかんでくるし。父親じゃないのに、おれは父親になったと思った。

子どものことは今でも好きじゃない。うるせーし、あの小ささで歩き回ってたら蹴っ飛ばすと思うし、何言ってるかわかんねーし、そもそも親も放置すんなとか、母親にだけ任せんなとかいろいろ思うことはあるのだが。
ただまあ、赤ん坊が健やかに育ってほしいという願いは持つようになって部下の家にあったとんがった机はすべてヤスリで削り倒した。ぶつかる前にこういうのはやっとくもんだ。

5/4/2023, 11:08:22 AM

東京卍リベンジャーズ//佐野真一郎夢・女主・(キャラクターの方の)失恋



 むかしは草っ原に寝転んで空を見上げて友達と他愛ない話をしていた。あの時のわたしは自分にも小説の登場人物たちのように恋人ができていつかは結婚したりして子どもができたりすると思っていた。
 それが、今はどうだろうか。わたしは今現在わたしに怪我をさせた人から「むりです好きです付き合ってください」と言われている。ばかか、こいつは。そんなん答えられるわけねーだろうが。と、言いたいがさすがに言えない。相手は、元総長と噂の男だった。

 わたしの夢はそんなに大きなものではないと思う。行きたい国へ旅行するとか、好きなデザイナーのカバンを揃えるだとか、そういう、細々した夢を持ち合わせている。結婚もしたいが、別に式をあげたいとかそういうものでもない。ただ一緒に暮らしていきたい、とそういう風に思う。自分の世界にたった一人の味方がほしいだけなのだ。
 ただ、その味方に何か特権的パワーが必要とは思わない。謎に漫画がうまい男の子、スポーツが得意な男の子、人をまとめるのがうまい男の子。それぐらいの人がいい。そうじゃないと、自分はきっとどこか疲れてしまう。
 身分差というものではないが、ハッキリと「自分の暮らしている世界とは違う人だな」と思う時がある。それはこれまでの生活環境だったり、お金の話だったり、部活の話だったりといろいろあるが、些細なことで「この経験がない人を自分は信用できないな」と思うのである。そしてそれは自分も相手に思われることなのだろう、と。そう思っている。
 そして、目の前の男の子は確実に住む世界がちがう人なのである。
 大学には行かずに仕事をはじめ、事故を起こしてわたしが怪我をして倒れているところに告白をするとかいう非常識な人である。
 どうして彼とそれなりに仲のいいクラスメートとしてやっていけていたのか、今でもよく分からない。彼のいい意味での粗野な部分とわたしのキレやすい性質が噛み合っていたのかもしれない。
 断ろうと口を開いた瞬間「まって、まだ、答えは聞かないから」と言われた。
「……ナマエ、俺のこと嫌いだもんな。あの、それは、分かってるんだけど。でも、今じゃなきゃ言えないと思ったから」
「はあ……」
「その、だから。また、告白してもいいかな」
 なにそれ怖い。あなたをターゲットにしますという宣言じゃん。それでもわたしは日本人らしく「はい……」と小さな声で頷いたのだった。

――

 高校時代にすげぇ仲のいいやつがいた。学校をめんどくさがる俺にていねいについてきてくれるやつで、ナマエに頼ればなんとかなると思っていた。
 ナマエと一緒にいると気楽で、気張らなくてもよくて、それが幸せだと気付いたのは土手で四つ葉のクローバーをエマと一緒に探している時だった。
 エマは万次郎のダチだというケンちゃんのことが好きらしい。その恋の願いを叶えるためにどうしても四つ葉のクローバーがほしいから真兄も手伝って、と言われて駆り出された。
 エマの恋バナを聞いていたらふとナマエのことを思い出した。
 一緒にいると楽しくて、毎日おはようとおやすみって言いたくて、いつも笑顔でいてほしくて、ずっと一緒にいたいって思う。エマがケンちゃんに願うことが、そのまんまナマエに当てはまる気がして。俺はナマエのことが好きなのか……? と三葉のクローバーたちを見つめながらそう思った。

 それが、今、ナマエを怪我させてしまった。信号のない横断歩道。歩いていたナマエに気付かずに通ろうとしてしまった。ナマエは避けてくれたが足を捻ったらしく「やばいやばい、ほんとにやばい。え、これ帰れる? 帰れるのかわたし」となにかブツブツ言っていて高校時代の彼女と変わらないことに安心して責任とらなきゃと思ってそのまま告白していた。
 あ、と思ったのはナマエが「はあ?」という顔をしていたから。やばい、と思ったのはナマエが不機嫌な時に見せる目の痙攣をみたから。
 何とかして言葉を言い募ったけど、自分の言葉は上辺だけでどこかに消えていってしまう。聞いているナマエはだるそうにしていた。そりゃ、足が痛いもんな。でも、話したいことがいっぱいあって止められない。
 ただ、好きなだけなのに。どうしてこんなに迷惑なことをしてるんだろう。


 ナマエはおれに送らなくていいと宣言して行ってしまった。おれはその場に立ち尽くした。ナマエの連絡先を聞くの忘れた、と思った。

5/3/2023, 10:22:07 AM

 わたしがその人に出会ったのは映画館の中である。しかも、映画で主人公が観ている映画の中の主演というのだから、彼と自分を挟んでいる壁は幾重にもあった。
 彼はダンサーだった。アカデミー賞も受賞しているというのに、頑なに彼は「ダンサー」を名乗った。
 彼の新作はもう描かれず、自分は「旧作を思い浮かべて」といった企画でようやっと彼に会える。
 彼は陽気でお茶目で完璧主義者だ。笑顔の裏に徹底したプロ意識を持っている。

 もし彼が存命中ならわたしは拙い英語でなんとかファンレターを書いただろう。たまにエージェントがすべて拒否する人もいるけれど、そんなのは彼が存命中のときに知りたかった、と全く調べていないから分からない。
 全ては「たられば」だから。

 彼の全盛期の映画しか映画館ではかからないので、わたしは彼のいつもの顔しか知らない。
 燕尾服と白黒のタップダンス用のシューズと軽やかな足音。
 わたしは彼に「ありがとう」を伝えたい。

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