沼崎落子

Open App

東京卍リベンジャーズ//佐野真一郎夢・女主・(キャラクターの方の)失恋



 むかしは草っ原に寝転んで空を見上げて友達と他愛ない話をしていた。あの時のわたしは自分にも小説の登場人物たちのように恋人ができていつかは結婚したりして子どもができたりすると思っていた。
 それが、今はどうだろうか。わたしは今現在わたしに怪我をさせた人から「むりです好きです付き合ってください」と言われている。ばかか、こいつは。そんなん答えられるわけねーだろうが。と、言いたいがさすがに言えない。相手は、元総長と噂の男だった。

 わたしの夢はそんなに大きなものではないと思う。行きたい国へ旅行するとか、好きなデザイナーのカバンを揃えるだとか、そういう、細々した夢を持ち合わせている。結婚もしたいが、別に式をあげたいとかそういうものでもない。ただ一緒に暮らしていきたい、とそういう風に思う。自分の世界にたった一人の味方がほしいだけなのだ。
 ただ、その味方に何か特権的パワーが必要とは思わない。謎に漫画がうまい男の子、スポーツが得意な男の子、人をまとめるのがうまい男の子。それぐらいの人がいい。そうじゃないと、自分はきっとどこか疲れてしまう。
 身分差というものではないが、ハッキリと「自分の暮らしている世界とは違う人だな」と思う時がある。それはこれまでの生活環境だったり、お金の話だったり、部活の話だったりといろいろあるが、些細なことで「この経験がない人を自分は信用できないな」と思うのである。そしてそれは自分も相手に思われることなのだろう、と。そう思っている。
 そして、目の前の男の子は確実に住む世界がちがう人なのである。
 大学には行かずに仕事をはじめ、事故を起こしてわたしが怪我をして倒れているところに告白をするとかいう非常識な人である。
 どうして彼とそれなりに仲のいいクラスメートとしてやっていけていたのか、今でもよく分からない。彼のいい意味での粗野な部分とわたしのキレやすい性質が噛み合っていたのかもしれない。
 断ろうと口を開いた瞬間「まって、まだ、答えは聞かないから」と言われた。
「……ナマエ、俺のこと嫌いだもんな。あの、それは、分かってるんだけど。でも、今じゃなきゃ言えないと思ったから」
「はあ……」
「その、だから。また、告白してもいいかな」
 なにそれ怖い。あなたをターゲットにしますという宣言じゃん。それでもわたしは日本人らしく「はい……」と小さな声で頷いたのだった。

――

 高校時代にすげぇ仲のいいやつがいた。学校をめんどくさがる俺にていねいについてきてくれるやつで、ナマエに頼ればなんとかなると思っていた。
 ナマエと一緒にいると気楽で、気張らなくてもよくて、それが幸せだと気付いたのは土手で四つ葉のクローバーをエマと一緒に探している時だった。
 エマは万次郎のダチだというケンちゃんのことが好きらしい。その恋の願いを叶えるためにどうしても四つ葉のクローバーがほしいから真兄も手伝って、と言われて駆り出された。
 エマの恋バナを聞いていたらふとナマエのことを思い出した。
 一緒にいると楽しくて、毎日おはようとおやすみって言いたくて、いつも笑顔でいてほしくて、ずっと一緒にいたいって思う。エマがケンちゃんに願うことが、そのまんまナマエに当てはまる気がして。俺はナマエのことが好きなのか……? と三葉のクローバーたちを見つめながらそう思った。

 それが、今、ナマエを怪我させてしまった。信号のない横断歩道。歩いていたナマエに気付かずに通ろうとしてしまった。ナマエは避けてくれたが足を捻ったらしく「やばいやばい、ほんとにやばい。え、これ帰れる? 帰れるのかわたし」となにかブツブツ言っていて高校時代の彼女と変わらないことに安心して責任とらなきゃと思ってそのまま告白していた。
 あ、と思ったのはナマエが「はあ?」という顔をしていたから。やばい、と思ったのはナマエが不機嫌な時に見せる目の痙攣をみたから。
 何とかして言葉を言い募ったけど、自分の言葉は上辺だけでどこかに消えていってしまう。聞いているナマエはだるそうにしていた。そりゃ、足が痛いもんな。でも、話したいことがいっぱいあって止められない。
 ただ、好きなだけなのに。どうしてこんなに迷惑なことをしてるんだろう。


 ナマエはおれに送らなくていいと宣言して行ってしまった。おれはその場に立ち尽くした。ナマエの連絡先を聞くの忘れた、と思った。

5/4/2023, 11:08:22 AM