ゆめ。

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6/2/2025, 2:36:49 PM

※これまでの投稿(世界線)のもしもの話



「ふぅ…。今日も一日仕事頑張ったぁ!」

 私ってば偉い!なんて背をぐーっと伸ばして呟くとお疲れ様、今日は特に大変だったよねぇ、という言葉が隣から帰ってきた。大変…、そう、大変だったのだ。上司に仕事を押し付けられるわ後輩くんのミスが今日に限って連発するわで。仕事する傍らにフォローすることが非常に多い一日だった。ちなみに隣にいる人は私の頼れる先輩。何だかんだで入社時からずっとお世話になっている。

「あ、そういえば羽依ちゃん、傘もってきた?」

 今日雨だって予報だよー、大丈夫そう?先輩の言葉が耳をすり抜ける。え、雨?なんで雨?行きしなに見た天気予報は今日晴れだったじゃん。傘なんてないんですけど。冷や汗が流れる。家から会社まで割と距離があるんだよね…。

「ふふっ、羽依ちゃんって面白いほど分かりやすいね」

 アッ!別に悪い意味じゃないからね?!!焦ったように手を前に突き出し、否定する先輩。いや先輩も十分分かりやすいと思いますけど…、…というのは、私が出来る後輩なので苦笑いで留め、黙っておこうと思う。決して先輩のバックにいるセコム兼彼氏がいるからやめときうとかそういう阿呆みたいな理由ではない。…決して。

「と、兎に角!この傘、羽依ちゃんに貸したげる」

 すっと差し出されたそれは本来ならば先輩が差して帰るはずのもので。流石に悪いですよ、と傘を押し返せばいいのいいの!と更にずいっと押されてしまった。なんて明るいんだ…。土砂降りの天候には不釣り合いの表情である。

「だって〜、彼氏と相合傘して帰れるもん♪ほんと天気様様って感じ!」

 あぁ、なるほど。上機嫌な理由はそういうことか、とルンルン気分の先輩をよそに一人で納得する。この先輩の彼氏、このホワイトな企業に勤めているくせにバカみたいに多忙なのだ。少しは可愛い先輩の身にもなりやがれコノヤロウ、と妬み半分で思った回数はきっと両手で数え切れないほど。本当に彼氏さんと一緒に帰る口実ができたのが嬉しいのもあるだろうが、きっとそれだけじゃない。私が借りるのに抵抗がないように配慮してくれたに違いない。この先輩は、結局のところ憎みきれないただの優しい人なのだ。

「…分かりました、では有難くお借りしますね。明日に必ずお返ししますので」

 お礼の菓子折りと一緒に、という言葉は飲み込んだつもりだが、付き合いの長い先輩のことだ。恐らく伝わってしまっただろう。GODIVAのチョコ、期待してるからー!!歩き出した背中に届いた彼女の言葉がまさにその証拠である。てかGODIVAて。普通に高いチョコじゃん、明日までに届くか??……まぁ、速達で頼めばなんとか……?


この時の私はまだ知らない。
謎に工事だらけの帰り道に絶句し、通行止めになっている場所を避けるため物凄い遠回りをすることになるなんて。

その道すがら、道路の隅っこで小さく蹲っている黒髪の子に出会って一緒に暮らすことになるなんて。

まさかその少年が、将来黄金色の髪に変化して誰もが知る"彼"になるなんて。全く思いもしなかったのだ。



      『不思議な傘が導く未来と過去』

6/1/2025, 3:52:06 PM

「…………」

 ぽたり、ぽたり。髪に含まれていた水が重さに耐えきれず滴り、俺の頬を伝って地面へと落ちていった。あぁ、もう神でも何でもいい。誰でもいいからあの人を、俺たちの師匠を、みつけてくれよ。土砂降りの雨の中、入院着を濡らしながら力なく下を向くことしかできなかった。


 鬼舞辻無惨との戦いの後、どうやら俺たちは隠の人たちに運ばれ蝶屋敷まで戻ってきたらしい。らしい、というのは訪れた決戦でボロボロになった体は最後の瞬間まで意識を保てなかったようなのだ。そのため覚えていないのである。

 戻ってきてからは矢継ぎ早に色々な話を聞かされた。亡くなった隊士の数、被害の範囲、満身創痍な柱たちの話。あれだけの攻防があったのだ、死んでもおかしくなったというのに誰一人として柱は欠けなかったのだという。無論流石に無傷というわけではなく、腕や足を失ったり、神経をやられてしまったため動かせなくなったなどのことはあるらしい。が、皆どうにか一命を取りめたらしかった。

「そういえば、師匠は?来てないの?」
「確かに変だな。羽依さんならそろそろ様子を見に来てくださりそうなのに…」

 柱こえぇぇ…!!という感情を抱いた時、ふと頭をよぎったのは自らの師のことであった。勿論じいちゃんも俺の師匠だけど、羽依さんも何だかんだ面倒を見てくれるので師匠と呼ばせてもらっている。そんな師匠の姿が、一週間経っても見当たらないのだ。過去の戦いで右手に損傷を負ったらしく、現役から退いたと聞いたので決戦には参加していないと思うのだが…。一体どうしたんだろう?

「ッ………」
「………?なほちゃん…?」

 顔を強ばらせ、目を逸らしたなほちゃん。炭治郎も何か思うことがあったんだろう、耳で聞かずともこちらを見る目で分かった。何だか嫌な予感がする。

「…ねぇ、なほちゃん。正直に答えて?師匠に…、羽依さんに、何かあったの?」

 暫くは黙ったままだったが、やがて答えないわけにはいかないと思ったのか恐る恐る答えてくれた。俺はその言葉に耳を疑った。いや、正確には疑わずには居られなかった。

「…………たんです、」
「…え?」
「居なくなっちゃったんです!!羽依さんがッ…!!」

 ……居なくなった?なんで?…どうして?師匠が?満身創痍の俺たちを残して?単に残党狩りの任務に行ってるだけじゃないの?それか近隣の治安維持のために。だって羽依さんはそういう人だから。
ねぇ、そうでしょ、そうなんでしょ。俺たちを元気づけるためのなほちゃんの嘘なんでしょ。こんなの、笑えないよ、ほんとに笑えない。ほんとのこと言ってよ。ねぇ、

「はぁ〜い、ストップ。気持ちはわかるけど、そこまでにしてあげてね、善逸くん」

 トクトク、と規則正しい音がする。蝶の髪飾り。長い、髪の人が目の前に写った。藤の花と、消毒の、匂い。蝶のような、羽織。こちらを覗く紫色の瞳。あわい、むらさきいろ。

「……カナヲ、さん」
「…なほ。すみときよと一緒にアオイのお手伝いをお願いしてもいいかしら〜?」

 しのぶもカナヲもいるけれど、あの子たち不器用だから〜なんて言いながらなほちゃんの背中を押す彼女。なほちゃんの背中を目で追っていると何かに引っ張られる感覚がした。振り向くと、泣きたくなるような優しい音。顔に痣があった。炭治郎だ。

「たん、じろ?」


 止まない雨はない。なのに、俺の心はどんより曇ったまま。晴れやかな気分になんてなれやしない。思えばこの日から、雨が降らない日はなかったような気がしてならない。雨上がりの虹を、俺はいつか見れるのだろうか。

6/1/2025, 2:04:53 AM

「羽依、嬉シクナイ?」

 昴に言われてハッとする。いつの間にか頬を涙が伝っていた。私は、泣いているのか。傍から観れば私は異質な娘であろう。鬼の出処──大本を叩き、そして勝ったのだ。犠牲は少なくはないはずだが、本来ならばまず長年の悲願が叶ったことに喜ぶのが正しい。こんなこと、思ってはいけないのに。

「嬉しいよ、嬉しい。だってこれからは平和な世の中が訪れるんだもの」

 そう。鬼殺隊の必要のない時代が、これからはやってくる。鬼を退治した彼らは英雄だと称えられ、周りの人達に支えられながら共に生きていくのだろう。優しくて思いやりのある彼らのことだ。きっと上手くやるに違いない。そこに私がいなくとも。

「……羽依。約束、破ルナ。隠シ事ハ禁止ダロ」
「…隠し事ってなんのこと?約束はちゃんと守ってるでしょ」

 この鎹鴉、妙に鋭い時があるのだが何故今なのかと思ってしまう。伝令は早くとも、鈍いところが玉に瑕だと思っていたのに。約束を破っている自覚はある。隠し事をしているのだから。でも、言えるわけがない。

「それにしても、楽しみだなぁ…。これからは何をして暮らそうか」

 人生はこれからも続く。長い長い時を生き、己の道を形成し、その過程で子孫を作る。自分の存在が忘れられてしまわぬようにと。

「あ、そーだ昴。炭治郎たちを連れてきてよ。私は蝶屋敷の方に行って手当ての準備手伝ってくるからさ」

 笑え、笑え。誰も巻き込むな。私のエゴに。

「…分カッタ。デモ忘レルナヨ、羽依。オ前ニハ、多クの人ガ付イテル」

 そう言って飛び立って行った私の鎹鴉。そうだね、私の傍には多くの人がいるね。だから…悲しくないね。

 ぽたりと頬を涙が流れる。止まらない。堪えきれない嗚咽が小さく声になる。人生はどこまでも続く。自分が死ぬまで。でも、物語には終わりがある。どこまでも続かない。この世界にもいつか終わりが来る、それは分かっていた。覚悟もしていた。でも……。

「こんなにお別れが寂しいだなんて…、思わなかったな」

 画面越しで見ていた時は、物語の終わりを望み、彼らが平和に暮らせる世の中を強く願っていた。けれど、この世界に来て思うようになった、なってしまった。勝ち負けなんてどうでもいい。鬼の残党がいるだとか、そんな話もどうでもいいのだ。私はただ……

「この世界で、みんなと一緒に…、最期の瞬間まで、生きていたかった」

 さよなら世界。薄れていく意識の中、私は願った。どうか彼らの幸せが、いつまでも続きますようにと。

5/30/2025, 2:58:58 PM

「討伐ゥ!討伐ゥ!!鬼舞辻無惨破レタリィ!!」

 青天の霹靂。晴れ渡った空に雷が降るように突然起こること。雷こと黄色の蜻蛉玉を首に下げた鎹鴉が一羽、青天の屋敷にバサバサと舞い降りた。羽を畳み、2本の細い足でこちらに向かって来る姿はもはや人であろう。

「そうか、遂に終わったんだね」

 伝令ご苦労さま。長年傍にいてくれた私の伝令担当だった彼にそう労いの言葉をかけてやると、嬉しそうな、どこか擽ったそうな様子であった。長かった。本当に、長かった。

「終ワッタ!鬼ハ消滅スル!シノブ、言ッテタ!アト助手モ!」
「こら。昴、しのぶさんでしょ。それか蟲柱。呼び捨てにしない」

 無礼な発言だと捉えられても仕方ない昴の言葉を叱りとともに訂正する。そうだった、とは言ったが恐らくまたやらかすだろう。全く、何年経っても戻らない悪癖なんだから。

「……羽依、嬉シクナイ?」