「…………」
ぽたり、ぽたり。髪に含まれていた水が重さに耐えきれず滴り、俺の頬を伝って地面へと落ちていった。あぁ、もう神でも何でもいい。誰でもいいからあの人を、俺たちの師匠を、みつけてくれよ。土砂降りの雨の中、入院着を濡らしながら力なく下を向くことしかできなかった。
鬼舞辻無惨との戦いの後、どうやら俺たちは隠の人たちに運ばれ蝶屋敷まで戻ってきたらしい。らしい、というのは訪れた決戦でボロボロになった体は最後の瞬間まで意識を保てなかったようなのだ。そのため覚えていないのである。
戻ってきてからは矢継ぎ早に色々な話を聞かされた。亡くなった隊士の数、被害の範囲、満身創痍な柱たちの話。あれだけの攻防があったのだ、死んでもおかしくなったというのに誰一人として柱は欠けなかったのだという。無論流石に無傷というわけではなく、腕や足を失ったり、神経をやられてしまったため動かせなくなったなどのことはあるらしい。が、皆どうにか一命を取りめたらしかった。
「そういえば、師匠は?来てないの?」
「確かに変だな。羽依さんならそろそろ様子を見に来てくださりそうなのに…」
柱こえぇぇ…!!という感情を抱いた時、ふと頭をよぎったのは自らの師のことであった。勿論じいちゃんも俺の師匠だけど、羽依さんも何だかんだ面倒を見てくれるので師匠と呼ばせてもらっている。そんな師匠の姿が、一週間経っても見当たらないのだ。過去の戦いで右手に損傷を負ったらしく、現役から退いたと聞いたので決戦には参加していないと思うのだが…。一体どうしたんだろう?
「ッ………」
「………?なほちゃん…?」
顔を強ばらせ、目を逸らしたなほちゃん。炭治郎も何か思うことがあったんだろう、耳で聞かずともこちらを見る目で分かった。何だか嫌な予感がする。
「…ねぇ、なほちゃん。正直に答えて?師匠に…、羽依さんに、何かあったの?」
暫くは黙ったままだったが、やがて答えないわけにはいかないと思ったのか恐る恐る答えてくれた。俺はその言葉に耳を疑った。いや、正確には疑わずには居られなかった。
「…………たんです、」
「…え?」
「居なくなっちゃったんです!!羽依さんがッ…!!」
……居なくなった?なんで?…どうして?師匠が?満身創痍の俺たちを残して?単に残党狩りの任務に行ってるだけじゃないの?それか近隣の治安維持のために。だって羽依さんはそういう人だから。
ねぇ、そうでしょ、そうなんでしょ。俺たちを元気づけるためのなほちゃんの嘘なんでしょ。こんなの、笑えないよ、ほんとに笑えない。ほんとのこと言ってよ。ねぇ、
「はぁ〜い、ストップ。気持ちはわかるけど、そこまでにしてあげてね、善逸くん」
トクトク、と規則正しい音がする。蝶の髪飾り。長い、髪の人が目の前に写った。藤の花と、消毒の、匂い。蝶のような、羽織。こちらを覗く紫色の瞳。あわい、むらさきいろ。
「……カナヲ、さん」
「…なほ。すみときよと一緒にアオイのお手伝いをお願いしてもいいかしら〜?」
しのぶもカナヲもいるけれど、あの子たち不器用だから〜なんて言いながらなほちゃんの背中を押す彼女。なほちゃんの背中を目で追っていると何かに引っ張られる感覚がした。振り向くと、泣きたくなるような優しい音。顔に痣があった。炭治郎だ。
「たん、じろ?」
止まない雨はない。なのに、俺の心はどんより曇ったまま。晴れやかな気分になんてなれやしない。思えばこの日から、雨が降らない日はなかったような気がしてならない。雨上がりの虹を、俺はいつか見れるのだろうか。
6/1/2025, 3:52:06 PM