ゆめ。

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「羽依、嬉シクナイ?」

 昴に言われてハッとする。いつの間にか頬を涙が伝っていた。私は、泣いているのか。傍から観れば私は異質な娘であろう。鬼の出処──大本を叩き、そして勝ったのだ。犠牲は少なくはないはずだが、本来ならばまず長年の悲願が叶ったことに喜ぶのが正しい。こんなこと、思ってはいけないのに。

「嬉しいよ、嬉しい。だってこれからは平和な世の中が訪れるんだもの」

 そう。鬼殺隊の必要のない時代が、これからはやってくる。鬼を退治した彼らは英雄だと称えられ、周りの人達に支えられながら共に生きていくのだろう。優しくて思いやりのある彼らのことだ。きっと上手くやるに違いない。そこに私がいなくとも。

「……羽依。約束、破ルナ。隠シ事ハ禁止ダロ」
「…隠し事ってなんのこと?約束はちゃんと守ってるでしょ」

 この鎹鴉、妙に鋭い時があるのだが何故今なのかと思ってしまう。伝令は早くとも、鈍いところが玉に瑕だと思っていたのに。約束を破っている自覚はある。隠し事をしているのだから。でも、言えるわけがない。

「それにしても、楽しみだなぁ…。これからは何をして暮らそうか」

 人生はこれからも続く。長い長い時を生き、己の道を形成し、その過程で子孫を作る。自分の存在が忘れられてしまわぬようにと。

「あ、そーだ昴。炭治郎たちを連れてきてよ。私は蝶屋敷の方に行って手当ての準備手伝ってくるからさ」

 笑え、笑え。誰も巻き込むな。私のエゴに。

「…分カッタ。デモ忘レルナヨ、羽依。オ前ニハ、多クの人ガ付イテル」

 そう言って飛び立って行った私の鎹鴉。そうだね、私の傍には多くの人がいるね。だから…悲しくないね。

 ぽたりと頬を涙が流れる。止まらない。堪えきれない嗚咽が小さく声になる。人生はどこまでも続く。自分が死ぬまで。でも、物語には終わりがある。どこまでも続かない。この世界にもいつか終わりが来る、それは分かっていた。覚悟もしていた。でも……。

「こんなにお別れが寂しいだなんて…、思わなかったな」

 画面越しで見ていた時は、物語の終わりを望み、彼らが平和に暮らせる世の中を強く願っていた。けれど、この世界に来て思うようになった、なってしまった。勝ち負けなんてどうでもいい。鬼の残党がいるだとか、そんな話もどうでもいいのだ。私はただ……

「この世界で、みんなと一緒に…、最期の俊寛まで、生きていたかった」

 さよなら世界。薄れていく意識の中、私は願った。どうか彼らの幸せが、いつまでも続きますようにと。

6/1/2025, 2:04:53 AM