もしも未来を見れるなら
あなたの手を借りずとも生きていけるようにする
あなたに想いを伝えないようにする
あなたに触れないようにする
あなたと幸せにならないようにする
誰とも結ばれないようにする
失う怖さは知っている
あなたにはもう、なにも失わせない
私の存在自体否定して
居なくなってもいいようにする
どっかの誰かに明け渡してでも
幸せになってほしい人
午前五時。
これが爽やかな目覚めならどれだけよかっただろう。
脳ミソを騙して必死に眠りにつこうとする。
身体は抗っている。疲れているはずなのに。今日も人間活動を続けなければならないのに。生命維持をしなければならないのに。
もうすぐ、ちゃんと朝になる。ちゃんとした時間がやってくる。鐘は鳴らなくとも始まりの合図がする。そんな気がする。私の頭の中にははっきり聞こえるのだ。「今日が始まる」と。
じきにちゃんとした人々が葉桜をくぐって各々の場所へとふらふら歩き出す。まだ呼吸は眠ったまま、高くなっていく太陽を背に、時間の流れの速さを感じていることだろう、きっと。
私はこれから眠りにつく。
きっと今日もよく眠れない。それでも私は眠りにつく。
少しでも人の形であるために。
「しーずむゆうひにぃー」
「なんだっけ、それ」
「わからん」
「あーーー、ここ、ここまで出てる」
「それはもう出てるのよ」
「なんだっ……けぇ……ちょ、もっかい歌って。」
「しーずむゆうひにぃー……てらさぁれぇてぇ〜」
「まさかのアルト」
「え、まって、ソプラノじゃなかった?」
「なにが?あ、私?」
「おん」
「だったかも」
「いけるべ、これ」
「ま?……やってみるか」
「うーん、深い絵だ……」
黒板に貼られた絵画のコピーを眺めて彼女はウンウンと頷いた。
「あんた、美術なんてわかるの?」
「失礼な。私は私。this is me。それでも彼が忘れられない……所詮、私は彼の女……。そういうことでしょ?」
そう言われてから見てみれば、なんとなくそんな気がしないでもない。
「なに。やけに解釈凝ってんじゃん。おきになの?」
「いや、タイトルから考えただけ。」
「にしてもよくできてんじゃん。」
「ほんと?……いやぁ、ほんと、よくできたと思う。単純な思考だけどね。『私は彼のアート』だなんてクズ男しか想像できんけど。」
「は?」
「は???」
「え、は?……スーッ……まって完全に理解した。」
「え、なにが?」
「私たち漫才してたわ。」
「してないけど……」
「してたの。いい?せーの、で、この絵のタイトル読むよ?いい?」
「えっ?う、うん……」
「せーの、」
「「my Heart」」
「……小学生からやり直せ。」
「……ぜひ、そうさせていただきたいです……」
「昨今の時代背景的にさ、男女以外も用意すべきだと思うんよ。」
偶然、ひなまつり直前に帰省してきた姉がいかにもな顔でいかにもなことを言う。
「え、なに、急に。」
「折角男も女も居るんだからさ、もっとこう……」
口の中でぶつぶつと呟きながら、期間限定パッケージのお菓子の空き箱を黙々と組み立てている。
暇人なんだな、可哀想に。
可哀想なので付き合ってあげることにした。
制服のジャケットをハンガーにかけて、スエットに着替える。
「ううっ、つめたっ。」
「床暖のとこ置いとけばよかったのにぃ〜……よし、できた!」
「……は!?」
可愛らしい桃色の空き箱の上にちょこんと佇む、
お雛様と、侍女。
「……なにやってんの。」
「……スーッ……身分差っていいよね!!!」
「うるさっ!!」
姉は悶えるように顔を覆って、動かなくなった。
お内裏様は壇上にすらあがらせてもらえていない。
「ね、この空いたスペースにお内裏様置けばいいんじゃない?」
「は???こっちはこっちで百合の花咲いてんでしょ。てぇてぇに挟まる奴はお内裏だろうと許せねぇ。」
「桃じゃないんだ……」
「あーーーでもこっっっち、は、あり?かなぁ〜〜〜?いやでも男五人集は奇数なのがいいんだよ……誰か絶対報われないのがさぁ……!」
久々に会った姉のめんどくさいスイッチを押してしまったようなので黙って部屋へと踵を返す。
お母さんへ。
雛人形をはやく仕舞おうが出しっぱにしようが、この人は結婚できません。
「ただいま〜。あっねぇもうお姉ちゃん帰ってきてんの〜?」
「ただいまー。」
「おかえりー。アニメイト受け取りできた?」
「うん。朝イチで取ってきた。」
「そ。よかった。」
「ねぇ、お母さん見て。」
「えっ?……まって天才?天才か?」
「えっ、だよね?」
「やばい、うちの子天才すぎる。ちょ、Xにあげるわ。」
あんたのせいか。