煤を掃除する度に、時間と記憶を捨てているようで不安になる。思い出しもしない日のことばかり想って、温もりも灯りも、その色も、どうでもよくなっているのだ。
『記憶のランタン』
僕は靴紐が結べなかった。
自分から見て正面じゃないと、どうも蝶々結びが理解できなくて。
けれど今の世は便利なもので、
靴紐なんて無くたってそれっぽく履ける靴なんてたくさんあるし、結ぶ必要のないゴム紐だって、百十円で手に入る。僕のコンプレックスとも言うべき悩みは、硬貨二枚で容易く解決できてしまう。
それでも、この世はまだまだ堅っ苦しくて。
ピカピカの革靴の上で乱れた黒い、細い、ただの紐を
僕は眺めて、祈るしかない。
ほどけませんように。
その願いも虚しく磨き上げられた床の上で奴らが乱れたとき、ふっ、と甘い匂いがする。
蕩けるように微笑んで、僕の足元に膝をつく。
その頭頂部に、柔らかな髪に、触れたい衝動を手元のワイングラスを握り込んで抑えるのだ。
革越しの僅かな感覚と、締めつけられる指先の痺れ。
それを見下ろす湿った視線に気づくはずもなく、小さく息を吐いて立ち上がった微睡み。
僕が僕でなければ、その後を追えたのだろうか。
つまらないことを、動けない足元に問う。
『靴紐』
毎日更新し続ける記録的猛暑も、歴史的観測も、
火傷しそうなほど熱の篭ったバッテリーも君は知らずに
眠っているんだろう。
関係ないって澄ましていたいんだろう。
叩き起こして引き摺り出して、目を丸くした君を見て、
腹の底から笑いたい。
「こんなの、聞いてないって!」
開口一番、元気いっぱいな地球への不満を僕にぶつけて君は空をずっと、じっと、
「こんな空なら、先に言ってよ。」
このまま地球が滅ぶまで
このままこうしていようかだなんて
そんな未来が、あったかもしれない。
『8月、君に会いたい』
貴女の腕に刻まれた過去が
人か傷かはどうでもよくて
ただ貴女と夏を生きたい
傷ごと愛せる度量はないかもしれないけれど
私のエゴが、貴女と息をしていたい。
『半袖』
柔らかな肌に求め求められるのが、安心感だけならどれほどよかったのだろう。
『大人』の想像力では、知りようもないことだ。
『夢見る少女のように』