『魔法』
「...っくしゅ。」
両手は口を抑えれる体制じゃないから顔を
横にしてくしゃみする。
日中は暖かくなってきたけど、夜はまだまだ寒い。
バイクに乗っていると手が寒さでかじかむ。
もう寒いより痛いの方が強い。
あかぎれになるのだけはやだなー...
それでも夜風を浴びるのは気持ちいいからやめられない。
現実逃避で始めたツーリング。これがまた楽しい。
魔法の勉強で頭がいっぱいな脳を
この寒い風が吹き飛ばしてくれる。
帰りたいけどまだ走っていたい。
双方の気持ちが喧嘩していてどう仲裁しようかと悩みながら
走っていると下にコンビニの看板を見つけた。
仲裁方法はコンビニ寄って休憩ということにした。
「ありがとうございました〜」
こんな時間に頑張ってる店員さんはすごいなあと思いながら
買った肉まんとコーヒーを食べようとすると、
くしゃみがどこからか聞こえた。
「...? あ...」
コンビニの陰で震える少年を見つけた。
「やぁ少年。こんばんは。」
この時期なのに薄着で全身震えている...
何となく察したのでコーヒーと肉まんを少年に預ける。
「ちょっと待っててね。」
そう言うとコンビニに戻って暖かいお茶を買ってきた。
「はい。コーヒーは苦いだろうから
肉まんと一緒にお食べ。それと...」
カバンに入ってたおつかいで買った
毛糸の塊を少年に持たせる。
「えーと...呪文忘れちゃった。まあいいや。それっ。」
フィーリングで毛糸の塊に魔法をかける。
毛糸の塊はたちまち全身を覆うセーターへと変わった。
「私ができることはこれくらい。あとは頑張れるかな?」
涙目の少年は強く頷く。
「偉いね。頑張って。」
バイクのエンジンをかけて速度をあげて空を飛ぶ。
明日おつかいとあの少年の報告を...いや帰ってすぐやろう。
私の魔法は完璧ではない。だからあれが精一杯だ。
こういうことがあるならもっと魔法を勉強すべきだった。
そう後悔した見習いの私は明日から頑張ることに決めた。
今度はあの少年みたいな子を救えれるように。
語り部シルヴァ
『君と見た虹』
「ちょっ、ちょっと待ってよ〜」
私の声も耳に届かず君はひたすら私の手を
グイグイと引っ張る。
ずっとこんな調子で、君は行きたいところに私を振り回す。
いつもの事だが君の元気さに負けるのもいつもの事。
それに君は真っ直ぐじゃなくてジグザグだったり
道じゃないところにまで突っ走ろうとする。
引っ張られるこっちの事も考えて欲しいものだけど...
さすがに危ない時は止める。その後しょぼくれた顔で
別の道を探す君を見ると心が痛むけどわかってね。
今日は公園を突っ切って山のハイキングコースを駆け抜ける。
散歩道なのに部活の練習みたいに君は走る。
昨日の夜雨降っていたであろう道は小さな水溜まりが
あちこちにあって君はそれを思い切り踏んづけて走る。
そのまま登って登って...
見晴らしのいい所で君は止まる。
結局ハイキングコースのゴール地点まで走った。
「はぁー...もうしんどい。っておぉ〜。」
日頃来るハイキングコースだったけど、
今日は綺麗な青空に虹がかかっていた。
「もしかして、これを見たくて引っ張ってきたの?」
君に尋ねても元気よく「ワン!」と
尻尾を振っているだけだった。
語り部シルヴァ
『夜空を駆ける』
刹那、真上に輝く一等星を掴める気がしたと
思ったら思い切り下に引っ張られた。
上へ下へ。右へ左へ。目が回る。
怖い怖い怖い。けど楽しい。
いつの間にか叫び声は弾み始める。
だんだんと余裕が出来て全方位に見える星空を掴めるような気がした。
もっと、もっと手を伸ばせば...
座ったままで固定された姿勢で腕をひたすら伸ばす。
ただただ冬の冷たい風を切る感覚だけが手の内に収まる。
どんどんと速度が落ちていく。
あぁ...もう終わってしまうのか...もっと味わいたかった。
風を切る感覚を、星に届きそうだった思いを。
「ご乗車ありがとうございました!
足場にお気をつけてお降り下さい!」
「いやー楽しかったね!」
「最初は怖がってたのに後半すごい楽しそうだったよね(笑)」
「恥ずかしいからやめて!
だってジェットコースター久しぶりだったもん。
しかも夜に乗るなんて初めてだったし...」
語り部シルヴァ
『ひそかな想い』
「ただいまぁ」
「おかえり!ご飯丁度できたよ!」
「あ、あぁ。ありがとう。」
普段やってないことをしてるせいか
動揺を隠しきれていない。
ふふ、作戦は大成功だ。
「ねえ、今日はお風呂も豪華にしたから楽しみにしてね!」
「そんな贅沢するなんて珍しいな...
あれもしかして俺記念日とか忘れちゃってる?」
「毎日が記念日みたいに大切にしてくれると嬉しいな...」
「そういう意味ね。
俺たち付き合ってから毎日が記念日みたいなもんだろ!」
大きい声で笑いながら上着と仕事カバンを
ぽいっと捨て椅子にどかっと座る。
一瞬自分の目がピクっと反射的に動いたのを感じたが
バレないよう平静を装う。
手を後ろで組んでぎゅっと握る。
「ん?どうかしたか?」
「んーん、なんでもないよ!
あ、お風呂上がったらプレゼントがあるから
楽しみにしてね!」
離婚届。浮気してるあなたにぴったりだよね。
語り部シルヴァ
『あなたは誰』
"あなたは誰?"
こう返信するとすぐに既読がついて
"私は私。それ以外の何者でもないよ"
と返ってくる。
少し前から匿名で使えるSNSから
相談に乗ってくれる人が現れた。
趣味が似たようなもんだからすぐに打ち解けたものの
後から気になってきた。
そりゃあ匿名で使えるからこそここにいるわけで
正体を明かせば意味が無い。
けれどあまりに自分に都合が良すぎる。
趣味が合って、相談に乗ってくれて、
いつでもタイミングがいいのかすぐ返信が来る。
気になる。別に話す間隔を開けても返信は来る。
けれど不気味に感じないのも不思議だ。
「あなたは...誰?」
相手のプロフィールをタップしても
"相手のプライベートは表示できません"と
表示されるだけだった。
語り部