→今はまだ……
今はまだ、デバイス越しにしかインターネットに介入できないが、遠い未来にはその電子世界と脳が直接繋がって、まるで現実世界のように自由に行き交うことができるかもしれない。
情報網という往来を、仮の体で探索する。現実世界のように、しかし誰とは知らない人と視線を交わし、もしくは瞳をすれ違わせる、そんな出会いと別れがあるかもしれない。
そんな物語を想像しながら、私は現実世界の電車に揺られている。
何となしに、私は手元のスマートフォンから視線を上げた。前に座っている人と目が合った。
お互いに何事もなかったかのように瞳をすれ違わせ、自分の手元に目を落とす。
小さな機械の画面を見る。
今はまだ、そんな世界。
テーマ; すれ違う瞳
→生命
下を向いているばかりの顔を上げた
その先に
空が
宇宙がある
青い青い
蒼い碧い
天がある
上を向いた瞳に映る
その先に
天がある
青い青い
蒼い碧い
涙が溢れる
空が
宇宙が
私に繋がる
生きていてもいいと
誰も言わないけれど
生きていてもいいと
私は思った
テーマ; 青い青い
(追記・05.03 22:55
酔っ払っていると発想は自由だ。
無様な万能感よ。私を虜にするな)
→短編・彼女の横顔、ニヒルな口元に甘い思い出。
友人と飲み屋に集合した。
彼女は数年ほど海外で働いていたのだが、突然に日本に戻ってきたところだった。久しぶりの飲み会に誘ったのは私。彼女の現地生活を聞きたかった。とりあえずのビールの話題は仕事や同僚の話題。そこから杯を重ねて、恋愛話に突入。
現地で彼女は1人の現地男性と親密な関係を結んだ。全く違う文化風習を波乗りするような恋愛だったらしい。しかし彼女は日本に帰国を決めた際、彼との関係を終わらせた。
アルコール度数の強い甘いカクテルを彼女は飲み干し、彼女はその恋愛譚をこう締め切った。
「これが私のsweet memories」
彼女は舌の先を転がすように、その甘い単語を発音した。話のオチをお笑い芸人のような話し方で締める友人に、私は「流暢な発音だなぁ、おい!」と乗っかった。会話はキャッチボールである。ノリは大事だ。
さぁ、2人で笑おうぜ。
「ね、笑えるよね」
彼女はふっと顔を横に向けた。
「英語の単語だってだけで、ちょっと距離感じるよね」
そう続けた彼女は、落ち着いた冷静な瞳で居酒屋の他の客たちを観察するように見ている。
その横顔が、昔の彼女とは違うことに私は気がついた。彼女の口角が少し上がる。口元にとても薄い三日月が現れる。冷めているけれど艶やかな三日月。
私が想像もしない世界の生活から彼女が帰ってきたことを、私は実感した。
テーマ; sweet memories
→思い出のようなもの
数年前、コロナというウイルスが全世界を席巻した。あれは令和2年だった。
マスクの効果のあるなし議論は、テレビから井戸端会議とあらゆるところでなされていた。一方で、対策は他にもあった。手洗い、消毒、パーソナルスペース、しかしマスクほど話題には上らなかったように思う。先の見えない閉塞感のアイコンとしてやり玉に挙げるのはちょうどよかったのかも知れない。
夏場はともかく、冬場のマスクは顔が暖かかった。加えて人嫌いの自己認識没落者にとって、ウイルスよりも人の視線の防御網を得た気分だった。マスクは味方だった。
そうした毎日を繰り返し、ちょっとウイルスの猛進が収まった頃、旅行割引というものが出始めた。それにあやかろうと車を使って旅行した。
もちろん車の中以外はマスク着用。もう、すっかりそれが当たり前になっていた。
浜辺に寄り添うように建つ道の駅に立ち寄った。観光客が結構多かった。
そこを抜けて浜辺へ出る。人が減った。目の前に海。あいにくの曇天。海岸線の海と空が交じり合う。白い波が浜辺を撫でるように何度も打ち返す。海へ近づくと、足元の白く乾いた砂が水を含んだ濃い灰色に変わっていた。所々に海藻と木っ端と貝殻の破片。
人の声は消え、波打ち際の水音だけが耳を打つ。振り返ると、道の駅のベンチに腰掛けて海を見る人がチラホラ見えた。誰も浜辺へ降りようとしない。
ふと思い立ってマスクを外した。途端に、鼻腔いっぱいに海の香り。磯臭い、生命の匂い。窒息しそうになるほど、久しぶりに自分以外の匂い。すっかり忘れていた「外」の匂い。
話は変わるが、昔から憧れているシチュエーションがある。夜景観光の際、目を閉じて、誰かに一番良い場所まで誘導されてからの、夜景がドーン!みたいなやつ。
ロマンチックすぎて一生できないだろうな、と思っていた。しかし、唐突にそれが叶った。目ではないけれど、鼻で。
視覚も嗅覚も五感だから、親戚みたいな感覚だろう。
耳元に風。急に全感覚が研ぎ澄まされたような気がした。五感の一つの機能に不備があれば、他がそれを補おうと鋭くなるというが、むしろ頬を叩かれて全身覚醒したように感じた。
海風と、波の音と、潮の香りと、目の前いっぱいに広がる曇天の海。
しばらくそこでじっとして、私は再びマスクという相棒と一緒に群衆の中に帰った。
あれから数年、マスクをあまりしなくなった。あれほど相棒だと思っていたが、夏の暑さがそれをはぎ取ってしまった。つくづく自分を軟弱者だと思う。
テーマ; 風と
→短編・閉塞感の醜い轍
必ず納得のいくものができるのだと、これはまだ完成ではないと、何度も僕は塑像を壊す。
繰り返す、制作と破壊。
いまさら引き返せない。完全な完成作を作るんだ、と。僕は今日も粘土を捏ね回す。
友人、知人は、日増しに僕から距離をとっていった。いや、僕が彼らを遠ざけたのかもしれない。想像に没入するために雑音は要らない。
最後に他人と話したのは、別れた恋人。悲惨な別れが嫌で僕はあまり話さなかった。彼女が別れの言葉を口にして、僕はそれに頷いた。ただ、それだけ。
去り際、僕の暗い部屋の扉を開け、外の光を背負った彼女は言った。
「ウロボロスみたい」
尾を噛む蛇。
あれは独り言だったのかな? それとも何もなさない僕へのあてつけだったのかな?
想像、破壊。
あの日からウロボロスが僕の横で輪転する。創造の神は、僕を急かすように鱗粉を振り撒く。
僕はできたはずの想像傑作を背負って、まだ見ぬ傑作創造に勤しむ。
できない、という逃げ場ははるか過去にしかない。
いまさら引き返せない。
僕の彫刻は完成しない。
テーマ; 軌跡