一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・彼女の横顔、ニヒルな口元に甘い思い出。
 
 友人と飲み屋に集合した。
 彼女は数年ほど海外で働いていたのだが、突然に日本に戻ってきたところだった。久しぶりの飲み会に誘ったのは私。彼女の現地生活を聞きたかった。とりあえずのビールの話題は仕事や同僚の話題。そこから杯を重ねて、恋愛話に突入。
 現地で彼女は1人の現地男性と親密な関係を結んだ。全く違う文化風習を波乗りするような恋愛だったらしい。しかし彼女は日本に帰国を決めた際、彼との関係を終わらせた。
 アルコール度数の強い甘いカクテルを彼女は飲み干し、彼女はその恋愛譚をこう締め切った。
「これが私のsweet memories」
 彼女は舌の先を転がすように、その甘い単語を発音した。話のオチをお笑い芸人のような話し方で締める友人に、私は「流暢な発音だなぁ、おい!」と乗っかった。会話はキャッチボールである。ノリは大事だ。
 さぁ、2人で笑おうぜ。
「ね、笑えるよね」
 彼女はふっと顔を横に向けた。
「英語の単語だってだけで、ちょっと距離感じるよね」
 そう続けた彼女は、落ち着いた冷静な瞳で居酒屋の他の客たちを観察するように見ている。
 その横顔が、昔の彼女とは違うことに私は気がついた。彼女の口角が少し上がる。口元にとても薄い三日月が現れる。冷めているけれど艶やかな三日月。
 私が想像もしない世界の生活から彼女が帰ってきたことを、私は実感した。

テーマ; sweet memories

5/3/2025, 8:39:55 AM