→短編・馴れ初め
大学の講義、私はいつも君の斜め後ろに座る。名前も知らない君。
ホワイトボードに集中するふりをして、君の背中をちょっと見る。ウソ、結構ガッツリ見る。
広い背中、細い首、うなじ、耳、髪をかき上げる手。手首の骨……、あぁ眼福。
講義そっちのけで、うっとりと彼を見つめる私を、友人のささやき声が現実に引き戻す。
「見てるだけじゃ何も始まんないよ」
「始まってるよ」
「それは、ただの片想い。テレビ観てんのと一緒。行動しなきゃ、このまま終わるよ」
「……」
友人の忠告が、私の背中を押した。
名前も知らなかった彼が、今の私の夫である。
テーマ; 君の背中
→短文・寂寥
目深に被った帽子の下、陰気な影を顔に貼り付けた男の、落ち窪んだ瞳の、いや増しに光る鋭い眼光が、駅を出てゆく蒸気機関車を追う。
いつまでも執拗に、遠く遠く……。
低く垂れ込める灰色の雲とヒースの草原が重なり、地平の彼方で溶け合う。
もうもうと尾を引く機関車の蒸気が、ぼやけた曇天の一部となる。
何もない荒涼とした風景が、のんべんだらりと広がっている。遠く遠く遠く……。
駅員の姿すらない、賑わいの消えた駅に、無人の沈黙がベールを落とす。
陰気な男は去ってゆく。
誰とも挨拶もせず、誰からも顧みられず、男は来た道を戻ってゆく。
遠く遠く遠く遠く……。
テーマ; 遠く……
→短編・トップシークレット
誰も知らない秘密は、
誰も知らないので、
誰にも注目されず、
今日も銀座の真ん中に居座っている。
テーマ; 誰も知らない秘密
→短編・寝ぼけ眼の微考察
夏の夜明けは、何処となくボヤケている。すべてが湿度という薄い布地を通すからかもしれない。
その点、冬の夜明けには、そういった遮蔽物はない。断罪的な純水を含んだ空気が、余計なものをすべてそぎ落としてしまう。
未明と早朝の淡い、ベッドの中でそんなことを考えて、極に振れない春と秋の夜明けが好きだと、シーツを手繰り寄せた。
静かな部屋にシーツの布擦れの音が妙に大きく響いたように感じた。
テーマ; 静かな夜明け
→短編・Oh my gosh! What should I do?
I'm so scared.
My girlfriend just sent me a message saying,
'We need to talk heart to heart.'
I have a bad feeling about this. I'm really really freaking out! What should I do?"
テーマ; heart to heart