→短編・言葉を花束に
そこの花をこちらへ、あっちの花はもう少し高く、
全体のバランスが、まだまだ甘い。
昨日要らないと思った花がやっぱり必要だったかも。
こんなの花束じゃない。不格好な花の寄せ集めだ。
私がやろうとしているのは、
誰もが賞賛する花束を作ること。
賽の河原で小石を積んでいるのではない。
もっと繊細に、もっと抒情的に、
感動でなくてもいい。
負の感情、怒りや嫌悪感でもいい。
強く人心を震わせる、
なんなら人以外の心にも訴えかけるような、
記憶に残るそんなモノを作りたいのだ。
大丈夫、まだやれる。
もう一度作り直そう。
私ならできる、そう信じる。
信じなきゃやってらんねぇよ。
テーマ; 永遠の花束
→短編・優竹温泉
優竹温泉の老舗旅館に新しい仲居さんが入りました。
「それじゃ今から旅館を案内するから着いてきてね」
女将さんの旅館案内が始まります。
「優竹温泉は起源はご存知?」
新人仲居さんは申し訳なさそうに頭を横に振りました。女将さんは「素直が一番!」と彼女を安心させて説明を再開します。「この温泉はね、ウチのご先祖様が源泉を見つけたのが始まりなの」
こじんまりした旅館のフロントやロビーを紹介しながら、女将さんは新人仲居さんを連れて縁側で足を止めました。
「あれを見て」
目を見張るほど美しい日本庭園の中央の、不自然な小熊ほどの岩を、女将さんは指し示しました。
「その昔、ご先祖様が優しく竹刀で岩を叩いたところ、あら不思議、温泉が湧き出したと言われているわ」
「やさしく、しないで?」
「えぇ、優しく竹刀で」
それ以上何も言わず、二人は顔を見合わせました。
テーマ; やさしくしないで
→短編・闇の組織の朝礼
どうやら我々の用意した数億通の手紙は、誰にも届かなかったようである。
人心を疑心暗鬼に陥れる強力な暗示文を仕込んであったというのに!
またしても彼らの暗躍により、我々の企みは頓挫してしまった……。
これまで3409回、我々はあの機関に負け続けてきた。
しかし!
諦めてはならない!
3410回目が悲願達成になるかもしれない!
常にベストを尽くそう!
負けるな、同志!
進め、同志!
世界を混沌の渦に陥れるのだ!!!
テーマ; 隠された手紙
→短編・バイバイ
「バイバーイ」
セーラー服の少女が私に手を振っている。独身社会人の私に、あの年頃の知り合いはいない。誰だろう? 彼女の人違いではなかろうか? でも、この声を何処かで聞いた記憶がある。
「バイバーイ」
土手の上の彼女は弾んだ高い声で繰り返す。
「バイバーイ」
河原を歩く私に親しげに手を降る彼女は、黄昏時の夕焼けを背後にしており、その顔は逆光で見えない。
「バイバーイ」
明るい堂々とした声に釣られて、私はおずおずと胸前で手を振った。「バイバイ……」
私の挨拶に納得したのか、もしくは人違いに気がついたのか、彼女はさっと身を翻し土手の向こうに消えた。
冬の川辺に冷たく鋭い風が、黒く薄い生地の私のスカートを揺らした。黒のストッキングの膝下が一気に冷え込む。
思えば、今日は寒かった。通年で使えるからと買った黒の礼服に貼り付けたカイロだけでは温まらなかった。何しろ心にポッカリと空いた穴が、身体を内から冷やした。急な別れが寂しかった。
死がこんなに身近に有ることを、初めて実感した。
「バイバーイ、バイバーイ、バイバーイ……」
耳の奥で少女の声がこだまのように繰り返している。
その声が友人に似ていることを、私は今さらながら思い出した。
テーマ; バイバイ
→旅の手引書
本の携帯をお勧めする。良い相棒になる。
ノートは必須である。方眼紙だと尚良い。
ペンの種類は問わない。使い慣れたものを。
旅の途中、現実の在り方を問わぬこと。
旅人のアイデンティティは、そこに居着かない他者であることだ。
日常から解き放たれて、風来坊よろしく右へ左へ気まぐれに。
だからといって、傍若無人は無粋である。「旅の恥はかき捨て」は反面教師にしておくが良かろう。
では、良い旅を。
テーマ; 旅の途中