一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・馴れ初め

 大学の講義、私はいつも君の斜め後ろに座る。名前も知らない君。
 ホワイトボードに集中するふりをして、君の背中をちょっと見る。ウソ、結構ガッツリ見る。
 広い背中、細い首、うなじ、耳、髪をかき上げる手。手首の骨……、あぁ眼福。
 講義そっちのけで、うっとりと彼を見つめる私を、友人のささやき声が現実に引き戻す。
「見てるだけじゃ何も始まんないよ」
「始まってるよ」
「それは、ただの片想い。テレビ観てんのと一緒。行動しなきゃ、このまま終わるよ」
「……」

 友人の忠告が、私の背中を押した。
 名前も知らなかった彼が、今の私の夫である。

テーマ; 君の背中

2/9/2025, 2:39:01 PM