→『彼らの時間』3 〜一時的〜
中学校に上がる前、両親が離婚した。
高校生のとき、友人たちと学生起業した。初期メンバーはあまり会社に残っていない。
ずっと一緒にいようと約束した初めての彼氏は姿を消した。
人間と信頼と恒久的って相性悪いんだな、と教訓を得るには十分な教材たち。
だから……――。
「コウセイ」
好きな人に名前で呼ばれるのは怖いんだよ。名前ってパーソナルど真ん中なんだもん。嬉しさに胸が高鳴って、この恋が永遠に続くと勘違いしてしまう。
「ワタヌキって呼んでってば」
「俺のことはヒロトって呼ぶのに。それにさ、苗字って恋人感薄くない?」
並んで座るソファで、ヒロトくんは拗ねたように僕の肩に顔を押し付けてきた。しかも上目遣いにこっちを見てる。止めてよぉ。塩顔イケメンと可愛い素振りは混ぜるなキケンのあざとさだよ、ヒロトくん……。胸の鼓動がムラムラに変わる一歩手前。
「名前で呼ばれるの苦手だって説明したじゃん」と、彼を肩から引っ剥がす。
ヒロトくんは切れ長の目を大きく見開いた。あー、これ、何か閃いたときのヤツだ。「もしかして! コウセイにとって、名前呼びって倒錯的プレイに近い感じ?」
ほらほら、変なことを言い出した。
「は? な、何言ってんの? どうしてそうなるの?」
「俺のことを優しいってやたらと褒めるのも、そういう願望の裏返しとか?」
「もー! いい加減にしないと怒るよ!」と話を終わらせようと立ち上がった僕の手を、ヒロトくんは強く引いた。
態勢を崩した僕は片手を彼に取られたまま、ソファのヒロトくんを囲うように片手で背もたれを掴む。壁ドンならぬソファドンの状態で、僕はヒロトくんを見下ろした。
彼の手が僕の頬を触れる。顔が熱い。「コウセイは怒っても可愛いよ」
彼の優しい眼差しが、僕の教訓を揺るがせる。もう少し人を信じてもいいのかな、なんて気にさせる。
「コウセイ」
「……ごめん」
それでも思い切れない自分の弱さが謝罪を口にさせる。この関係が一時的なものではないと、信じられたらどれほど幸せだろう。
「ムリは駄目だし、今日はここまで! これからもずっと二人の時間は続くんだから、ゆっくり攻略してやる」
いたずらっ子のようにニヤリと笑って、彼は僕の頬にキスをした。
テーマ; 胸の鼓動
→『彼らの時間』2 〜時よ、進め。〜
(改稿 2024.9.8)
踊るように手を動かしたワタヌキ昴晴は、階段の手摺を掴んだ。階段の踊り場で、彼の繊細で美しい手の動きに目を奪われた。
何とか友だちになりたくて、次の授業中に声を掛けた。国語だった。なぜだか心臓が跳ね上がるように速く打った。
「時を告げるって、なんか大層な言葉だよね」
急に話しかけられた彼は驚いた顔で何度も小さく頷いた。
その日の夜、なかなか寝付けず、「時よ、進め」と朝を待った。新しい友だちと早く会いたかった。それが友情とは違う、焦がれるという感情だと知るのは、もっと先の話だ。
あれから十年。偶然の再会を経て、ワタヌキと一緒に暮らしている。
「おかえり」
「ただいま。あれ? もしかして夕食作ってくれたの?」
「まぁね」
「ヒロトくんは優しいね」
ことある事に、ワタヌキは俺を優しいと言う。褒められている気がせず、彼を遠くに感じることがあるのは、何故だろう?
スーツ姿のワタヌキがネクタイに指をかけた。彼の美しい手が神経質にネクタイを解く。とても絵画的だ。何度も見ているのに、つい目で追ってしまう。
「ワタヌキ、生姜焼き、好きだろ?」
食べたかったやつだーと嬉しそうな声を残してワタヌキは着替えに行った。
ワタヌキは名前で呼ばれることを嫌がる。コウセイと呼びかけても返事をしない。
そう言った垣間見える問題を、いつか二人で乗り切りたい。
そしてずっと一緒に暮らすのだ。笑ったり、喧嘩したり、コウセイと手を取り合って。
二人の時間が今よりもっと絆を強くしますように。「二人の時よ、進め」と生姜焼きを盛り付けながら、呟いてみた。
テーマ; 踊るように
→『彼らの時間』1 〜時よ、止まれ。〜
「時を告げるって、なんか大層な言葉だよね」
小学3年生の国語の時間、隣の席の但馬ヒロトくんがそう言った。
大層という単語を初めて聞いた。僕はその意味をわかっていないくせに、彼の整った横顔に見惚れて「うん」と頷いた。ずっと見ていたいと思った。時間が止まればいいのになと思ったら、チャイムが鳴った。
「あっ、時、告げられたね」と彼は笑った。
あれから十年が過ぎた。時は止まらず、その波にのまれて、僕は大人になった。
朝、スマホのアラームが鳴る。慌ててそれを止めて横を見る。キレイな横顔が健やかな寝息を立てている。良かった、起きなかった。
「ヒロトくん、朝だよ」
僕はたっぷりと彼の横顔を堪能して声をかける。小学生の時も格好良かったけど、今は大人の色気でさらに尊い。
「おはよう」
ヒロトくんは大きく伸びをして、僕にキスをした。
「うん、おはよう」
二人だけの世界。なんて素晴らしい朝だろう。
あぁ、ヒロトくんに朝を告げる、その時間が少しでも長く続いてほしい。
この関係に多くを望んではいけないのは解ってる。優しい彼が僕に付き合ってくれてるだけだから。
それでも、僕はことあるごとに「時よ、止まれ」と願ってしまう。
終わりが告げられる、その時に怯えながら。
テーマ; 時を告げる
→短編・恋の始まる日
風が通り抜けて、人々にいたずらをした。
少年は風に押され、少女はオカッパの髪を乱された。
「貝殻みたい」
少年の一言に、少女は慌ててヘルメットのような髪を撫でつけ耳を隠す。他の人よりも大きな耳は彼女のコンプレックスだった。
「どうして隠すの?」
顔を赤くして耳を押さえる少女に驚いたのは少年だ。少女のひらひらと薄い大きな耳はとても美しい。巻き貝そっくりで、自分なら見せびらかすだろう。隠す理由が少年には一つも思い浮かばなかった。
「だってカッコ悪いもん」「キレイなのに」
少女の呟きに少年の賞賛が重なった。
「し、知らない!」
少女は逃げ出した。恥ずかしいのとは別の熱が彼女の頬を朱く染めていた。心がムズムズとこそばゆい。
「明日! 図鑑持って来るよ!」
少年は少女の背に誘いかけた。少女と同じように少年の頬も染まっている。
きっと明日も明後日もその後も、二人は顔を合わせる。二人の小さなハート型の時計が動き出す。
テーマ; 貝殻
→思い出・真夜中の太陽
15年ほど前、ヨーロッパのとある国に住んでました。
夏のバカンスに浮かれて、何処か旅に出ねばと勢い込みノールカップという場所に決めました。白夜って単語が醸し出す雰囲気、ヤバくないですか?「沈まぬ太陽と白む夜空」なんて、ねぇ? 雰囲気言葉ヲタクの心にズキュン☆ですよ。
ノールカップはノルウェー北部の岬でヨーロッパ最北端に位置する、らしいです。夏は白夜、冬はオーロラで賑わう観光地です。
飛行機を乗り継ぎ長距離バスに乗って、ホニングスヴォーグという街に到着。そして最後の難関、ノールカップ行きバスの3時間待ち! 時間つぶしに入ったカフェで、眠りそうになると店員さんに何度も起こされ、仕方なく街を彷徨うも夜中なので店も開いておらず途方に暮れ、歩いてるうちに見つけたホテルのロビーで待たしてもらうことに。カフェでの失敗を繰り返すまい、ホテルだから他の客にも失礼だと思い「絶対に寝ないから」と宣言した矢先に寝落ち、慌てて起きる、を何度も繰り返しました。ロビーの人、笑ってたな。まぁ、笑うわな。
「沈まない太陽と白む夜空」の旅程まで美しくしたいと思ってたんですけど、ムリでしたわ。
兎にも角にも、バスに乗ってノールカップに到着。
第一印象、ノールカップの空は淡かったです。薄雲がかかってました。白い夜ってのがピッタリだなぁと思いました。その幻想的な様子は、まさしく北欧神話の原産地だとニンマリ。
ノールカップは展望台になっていて、先に進むと巨大なオブジェが現れます。地球儀の骨組みみたいなヤツ。アイツ、写真映えしますよ。雰囲気バッチリですわ。
そして太陽。
朝日でも、夕日でも、真昼のものでもない、私の知らない色の太陽。
あぁ、このきらめきは忘れたくないなぁ、とぼんやり見てたことを覚えています。そしてほとんど写真を撮らなかった。
夏の終わり、そんなことを思い出したりしましたよ。
テーマ; きらめき