一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・恋の始まる日

 風が通り抜けて、人々にいたずらをした。
 少年は風に押され、少女はオカッパの髪を乱された。
「貝殻みたい」
 少年の一言に、少女は慌ててヘルメットのような髪を撫でつけ耳を隠す。他の人よりも大きな耳は彼女のコンプレックスだった。
「どうして隠すの?」
 顔を赤くして耳を押さえる少女に驚いたのは少年だ。少女のひらひらと薄い大きな耳はとても美しい。巻き貝そっくりで、自分なら見せびらかすだろう。隠す理由が少年には一つも思い浮かばなかった。
「だってカッコ悪いもん」「キレイなのに」
 少女の呟きに少年の賞賛が重なった。
「し、知らない!」
 少女は逃げ出した。恥ずかしいのとは別の熱が彼女の頬を朱く染めていた。心がムズムズとこそばゆい。
「明日! 図鑑持って来るよ!」
 少年は少女の背に誘いかけた。少女と同じように少年の頬も染まっている。

 きっと明日も明後日もその後も、二人は顔を合わせる。二人の小さなハート型の時計が動き出す。

テーマ; 貝殻

9/5/2024, 8:29:48 PM