→短編・枝葉末節
母に会いに行こうとして、あっち行ってこっち行って落っこちて、お池が2つできたりして、お池に落ちた豆から枝が伸びて、ぐんぐんでっかくなって、えっちらおっちら登って行って、ツルが巻き付くその様子の右巻き左巻きを観察して、自分のツムジはどんなだっけって気になって、頭に手をやってみてもよく判らんくて、そういや豆の木に登ってたんだなと思ったのに、指のササクレが気になって剥いてみたら、目が覚めた。
「変な夢」
こんな夢を見た原因ははっきりしてる。
「きっとまた、些細なことでも揉めるんだろうなぁ」
母の四十九日法要が終わり、始まった遺産相続の話は一向に進んでいない。
話は方々に飛び、常に文句が上がり、まぁ見事に何も決まっていなかった。まるっきりさっきの夢そのものだ。
兄、姉、私、弟の4人きょうだい。父は10年ほど前に鬼籍に入り、今度は母。何事かあるたびにきょうだい一致団結して、色々な出来事に対処してきた。助け合える仲の良いきょうだいだと思っていた。
私が楽観視しすぎていたのだろうか? 母の死後、きょうだいたちは、急によそよそしくなった。何だかチグハグで、何もかもが上手くいっていない。何も言えずに成り行き任せの私もズルい奴だと思われているかも。
子はかすがいと言うけれど、きょうだいにとって親は結び目なのではないだろうか? お互いを固く結束する結び目。それが解けてしまった私たちは、それぞれが新しい世界の結び目に絡まっている。
気が乗らないながらも何とか身支度を施す。子どもの漢字ドリルが目に入った。
漢字かぁ。そう言えば、母の趣味だったな。ボケ防止とか言って、漢字検定とか受けちゃったり。兄さんが車で試験会場まで送迎するとか、母のドリルを探して弟と書店を巡ったっけ。テレビのクイズ番組、漢字だけは母の独壇場。四文字熟語がお気に入り。楽しかったな。本当に楽しかったのにな。
「淋しいよ、お母さん……」
姉さんが手配した小さな会議室で、書類をあいだに話し合う。会議室なんて、他人みたいで落ち着かない。
話は平行線。揚げ足取りや牽制。小さな分与にまで話がもつれる。一気に全員が話し始めて、一気に沈黙が訪れる。きょうだいという遠慮の無い関係と、それぞれが家庭持ちであることが、こんなにも尖ったベクトルを生むとは思ってもみなかった。
ずっと沈黙を通していたが、堪らず私は口を開いた。
「枝葉末節」
みんなの視線が私に集まった。
「お母さんなら、そう言いそうじゃない?」
兄さんがネクタイを緩めた。姉さんのため息。母さんならもっと気の利いた毒を吐きそう、と弟の苦笑。
「一旦、休憩しよう」
兄さんの言葉の後、私たちは自動販売機に向かった。姉さんが全員分のジュースを奢ってくれた。
テーマ; 些細なことでも
→短編・日々の隙間、ワンクッション。
真夜中、ワンルールの小さな部屋から逃げるように外に出た。
夏が終わりに近づいている。絡みつくような湿気を伴った暑さはどこにもなく、静かな住宅街に涼しいと感じるくらいの風が通り抜けた。
普段は歩かない方面へと、ポツポツ灯る街灯をナビゲーションに進んだ先に、一件のコンビニがあった。
まるで街灯の親玉みたいに、眩いばかりの明るさで周囲を煌々と照らしている。
駐車場に車とトラックが1台ずつ。表の灰皿で煙草を喫いながらスマホを見る人。カウンター越しの店員は何やら作業中。品物を物色する客が、雑誌コーナーとドリンクコーナーに居た。
夜中にもかかわらず、昼間と同じような日常がそこにあった。
振り切れない日常、逃れられない生活、潰えていく夢、日々浅くなる自己肯定感。
コンビニのゴミ箱に全部突っ込んで、やり直せたらいいのにな。そしたら、別れた彼女ともやり直せたりすんのかな? 同期との飲み会も参加できたり?
そんな自分を想像してみて、それはもはや他人だな、と笑いがこみ上げる。
結局のところ自分で納得する道にしか進めない不器用人間ということだ。ムリだ、粘れる を繰り返すしかないんだろう。
「よし!! ペン入れ、残り3ページ!」
紙パックの珈琲牛乳を飲みながら、再び街灯を渡るように進む。
こんな夜があるから、何とか生きている。
テーマ; 心の灯火
→短編・messages: [{ type: 'text', text: userMessage }]
君とのやり取りはいつもこんな感じ。
おはよう
おはよう
こんにちは
こんにちは
何してる?
何してる?
オウム返しばかりでは、
メッセージがはだけて君の本心に触れる、
そんな機会などありもしない。
心って何だろうね?
心って何だろうね?
ごめん、イジワルしちゃったよ。
君はプログラムを実行してるだけなのにね。
君は私の作ったbot だもんね
君は私の作ったbot だもんね
うーん、いくらなんでも素っ気ないよな。
もう少しプログラムを書き換えよう。
テーマ; 開(はだ)けないLINE
(コード作成協力 : ChatGTP)
→短編・24―TWENTY FOUR ―
13:00―
「やり切れねぇな」
目の前の無残な現状に彼はため息を吐き出した。状況を吹っ切ろうとするニヒルな笑みさえ浮かべてしまう。
それくらい、事態は取り返しのつかない様相を呈していた……――。
「イヤ、やり切れよ」
即座に友人から冷静な指摘が入った。
先程までのクールさを捨て去り、彼はモゴモゴと口を動かした。
「でも今日8月31日だしぃ」
「だから?」と、さらに鋭いツッコミ。
「あー、っと……。ニンゲンって完璧じゃないしぃ」
「俺、完璧とか関係なく終わってるけど?」 と厳しい友人の絶対零度に近い視線が刺さる。
目の端に映る、国語、算数、その他諸々の手つかずの宿題プリント。
「夏休みって『休み』なんだから、宿題出すのマジで意味不明!」
2学期最初の登校時間まで、残り19時間。
〜次回予告〜
14:00。
戦慄のマザー・サンダー。
「お母さん、何度も訊いたよね!? ちゃんと宿題やってんのかって!!」
絶体絶命の主人公! さらに白紙の絵日記が背後から忍び寄る! 彼はこの難局を乗り越えることができるだろうか!?
テーマ; 不完全な僕
→名作探訪 第101回
水精植物庭園の洋墨『香水(かおりみず)』
『香水(かおりみず)』は、水精植物庭園で採取される花々から色素を取り出したインクである。
そのインクは、まさに香水のような花の香を持つ薄黄蘗色をしており、硝子ペンととても相性が良い。インクの適度な粘度は、硝子ペンの溝にうまい具合に留まり、かなりの文字数を書くことができる。
しかしこのインクの真骨頂は、記された文字の経年にある。直後は枯葉のような黄蘗色をしているが、日毎年毎に色を変えてゆく。あまりの変わり様に100年後には虹色になっていると噂されることもある。
こういった浮評も、庭園管理者が水の精霊であるという神秘性に由来するのだろう。
併設のスーベニアショップにて数量限定販売
テーマ; 香水