一尾(いっぽ)in 仮住まい

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9/7/2024, 5:10:41 PM

→『彼らの時間』2 〜時よ、進め。〜
           (改稿 2024.9.8)

 踊るように手を動かしたワタヌキ昴晴は、階段の手摺を掴んだ。階段の踊り場で、彼の繊細で美しい手の動きに目を奪われた。
 何とか友だちになりたくて、次の授業中に声を掛けた。国語だった。なぜだか心臓が跳ね上がるように速く打った。
「時を告げるって、なんか大層な言葉だよね」
 急に話しかけられた彼は驚いた顔で何度も小さく頷いた。
 その日の夜、なかなか寝付けず、「時よ、進め」と朝を待った。新しい友だちと早く会いたかった。それが友情とは違う、焦がれるという感情だと知るのは、もっと先の話だ。
 
 あれから十年。偶然の再会を経て、ワタヌキと一緒に暮らしている。
「おかえり」
「ただいま。あれ? もしかして夕食作ってくれたの?」
「まぁね」
「ヒロトくんは優しいね」
 ことある事に、ワタヌキは俺を優しいと言う。褒められている気がせず、彼を遠くに感じることがあるのは、何故だろう?
 スーツ姿のワタヌキがネクタイに指をかけた。彼の美しい手が神経質にネクタイを解く。とても絵画的だ。何度も見ているのに、つい目で追ってしまう。
「ワタヌキ、生姜焼き、好きだろ?」
 食べたかったやつだーと嬉しそうな声を残してワタヌキは着替えに行った。
 ワタヌキは名前で呼ばれることを嫌がる。コウセイと呼びかけても返事をしない。
 そう言った垣間見える問題を、いつか二人で乗り切りたい。
 そしてずっと一緒に暮らすのだ。笑ったり、喧嘩したり、コウセイと手を取り合って。
 二人の時間が今よりもっと絆を強くしますように。「二人の時よ、進め」と生姜焼きを盛り付けながら、呟いてみた。
 
テーマ; 踊るように

9/6/2024, 9:26:22 PM

→『彼らの時間』1 〜時よ、止まれ。〜

「時を告げるって、なんか大層な言葉だよね」
 小学3年生の国語の時間、隣の席の但馬ヒロトくんがそう言った。
 大層という単語を初めて聞いた。僕はその意味をわかっていないくせに、彼の整った横顔に見惚れて「うん」と頷いた。ずっと見ていたいと思った。時間が止まればいいのになと思ったら、チャイムが鳴った。
「あっ、時、告げられたね」と彼は笑った。

 あれから十年が過ぎた。時は止まらず、その波にのまれて、僕は大人になった。
 朝、スマホのアラームが鳴る。慌ててそれを止めて横を見る。キレイな横顔が健やかな寝息を立てている。良かった、起きなかった。
「ヒロトくん、朝だよ」
 僕はたっぷりと彼の横顔を堪能して声をかける。小学生の時も格好良かったけど、今は大人の色気でさらに尊い。
「おはよう」 
 ヒロトくんは大きく伸びをして、僕にキスをした。
「うん、おはよう」
 二人だけの世界。なんて素晴らしい朝だろう。
 あぁ、ヒロトくんに朝を告げる、その時間が少しでも長く続いてほしい。
 この関係に多くを望んではいけないのは解ってる。優しい彼が僕に付き合ってくれてるだけだから。
 それでも、僕はことあるごとに「時よ、止まれ」と願ってしまう。
 終わりが告げられる、その時に怯えながら。
 
テーマ; 時を告げる

9/5/2024, 8:29:48 PM

→短編・恋の始まる日

 風が通り抜けて、人々にいたずらをした。
 少年は風に押され、少女はオカッパの髪を乱された。
「貝殻みたい」
 少年の一言に、少女は慌ててヘルメットのような髪を撫でつけ耳を隠す。他の人よりも大きな耳は彼女のコンプレックスだった。
「どうして隠すの?」
 顔を赤くして耳を押さえる少女に驚いたのは少年だ。少女のひらひらと薄い大きな耳はとても美しい。巻き貝そっくりで、自分なら見せびらかすだろう。隠す理由が少年には一つも思い浮かばなかった。
「だってカッコ悪いもん」「キレイなのに」
 少女の呟きに少年の賞賛が重なった。
「し、知らない!」
 少女は逃げ出した。恥ずかしいのとは別の熱が彼女の頬を朱く染めていた。心がムズムズとこそばゆい。
「明日! 図鑑持って来るよ!」
 少年は少女の背に誘いかけた。少女と同じように少年の頬も染まっている。

 きっと明日も明後日もその後も、二人は顔を合わせる。二人の小さなハート型の時計が動き出す。

テーマ; 貝殻

9/4/2024, 4:45:28 PM

→思い出・真夜中の太陽

 15年ほど前、ヨーロッパのとある国に住んでました。
 夏のバカンスに浮かれて、何処か旅に出ねばと勢い込みノールカップという場所に決めました。白夜って単語が醸し出す雰囲気、ヤバくないですか?「沈まぬ太陽と白む夜空」なんて、ねぇ? 雰囲気言葉ヲタクの心にズキュン☆ですよ。
 ノールカップはノルウェー北部の岬でヨーロッパ最北端に位置する、らしいです。夏は白夜、冬はオーロラで賑わう観光地です。
 飛行機を乗り継ぎ長距離バスに乗って、ホニングスヴォーグという街に到着。そして最後の難関、ノールカップ行きバスの3時間待ち! 時間つぶしに入ったカフェで、眠りそうになると店員さんに何度も起こされ、仕方なく街を彷徨うも夜中なので店も開いておらず途方に暮れ、歩いてるうちに見つけたホテルのロビーで待たしてもらうことに。カフェでの失敗を繰り返すまい、ホテルだから他の客にも失礼だと思い「絶対に寝ないから」と宣言した矢先に寝落ち、慌てて起きる、を何度も繰り返しました。ロビーの人、笑ってたな。まぁ、笑うわな。
「沈まない太陽と白む夜空」の旅程まで美しくしたいと思ってたんですけど、ムリでしたわ。
 兎にも角にも、バスに乗ってノールカップに到着。
 第一印象、ノールカップの空は淡かったです。薄雲がかかってました。白い夜ってのがピッタリだなぁと思いました。その幻想的な様子は、まさしく北欧神話の原産地だとニンマリ。
 ノールカップは展望台になっていて、先に進むと巨大なオブジェが現れます。地球儀の骨組みみたいなヤツ。アイツ、写真映えしますよ。雰囲気バッチリですわ。

 そして太陽。
 朝日でも、夕日でも、真昼のものでもない、私の知らない色の太陽。
 あぁ、このきらめきは忘れたくないなぁ、とぼんやり見てたことを覚えています。そしてほとんど写真を撮らなかった。
 夏の終わり、そんなことを思い出したりしましたよ。

テーマ; きらめき

9/4/2024, 2:50:38 AM

→短編・枝葉末節

 母に会いに行こうとして、あっち行ってこっち行って落っこちて、お池が2つできたりして、お池に落ちた豆から枝が伸びて、ぐんぐんでっかくなって、えっちらおっちら登って行って、ツルが巻き付くその様子の右巻き左巻きを観察して、自分のツムジはどんなだっけって気になって、頭に手をやってみてもよく判らんくて、そういや豆の木に登ってたんだなと思ったのに、指のササクレが気になって剥いてみたら、目が覚めた。
「変な夢」
 こんな夢を見た原因ははっきりしてる。
「きっとまた、些細なことでも揉めるんだろうなぁ」
 母の四十九日法要が終わり、始まった遺産相続の話は一向に進んでいない。
 話は方々に飛び、常に文句が上がり、まぁ見事に何も決まっていなかった。まるっきりさっきの夢そのものだ。
 兄、姉、私、弟の4人きょうだい。父は10年ほど前に鬼籍に入り、今度は母。何事かあるたびにきょうだい一致団結して、色々な出来事に対処してきた。助け合える仲の良いきょうだいだと思っていた。
 私が楽観視しすぎていたのだろうか? 母の死後、きょうだいたちは、急によそよそしくなった。何だかチグハグで、何もかもが上手くいっていない。何も言えずに成り行き任せの私もズルい奴だと思われているかも。
 子はかすがいと言うけれど、きょうだいにとって親は結び目なのではないだろうか? お互いを固く結束する結び目。それが解けてしまった私たちは、それぞれが新しい世界の結び目に絡まっている。
 気が乗らないながらも何とか身支度を施す。子どもの漢字ドリルが目に入った。
 漢字かぁ。そう言えば、母の趣味だったな。ボケ防止とか言って、漢字検定とか受けちゃったり。兄さんが車で試験会場まで送迎するとか、母のドリルを探して弟と書店を巡ったっけ。テレビのクイズ番組、漢字だけは母の独壇場。四文字熟語がお気に入り。楽しかったな。本当に楽しかったのにな。
「淋しいよ、お母さん……」

 姉さんが手配した小さな会議室で、書類をあいだに話し合う。会議室なんて、他人みたいで落ち着かない。
 話は平行線。揚げ足取りや牽制。小さな分与にまで話がもつれる。一気に全員が話し始めて、一気に沈黙が訪れる。きょうだいという遠慮の無い関係と、それぞれが家庭持ちであることが、こんなにも尖ったベクトルを生むとは思ってもみなかった。
 ずっと沈黙を通していたが、堪らず私は口を開いた。
「枝葉末節」
 みんなの視線が私に集まった。
「お母さんなら、そう言いそうじゃない?」
 兄さんがネクタイを緩めた。姉さんのため息。母さんならもっと気の利いた毒を吐きそう、と弟の苦笑。
「一旦、休憩しよう」
 兄さんの言葉の後、私たちは自動販売機に向かった。姉さんが全員分のジュースを奢ってくれた。

テーマ; 些細なことでも

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