→短編・日々の隙間、ワンクッション。
真夜中、ワンルールの小さな部屋から逃げるように外に出た。
夏が終わりに近づいている。絡みつくような湿気を伴った暑さはどこにもなく、静かな住宅街に涼しいと感じるくらいの風が通り抜けた。
普段は歩かない方面へと、ポツポツ灯る街灯をナビゲーションに進んだ先に、一件のコンビニがあった。
まるで街灯の親玉みたいに、眩いばかりの明るさで周囲を煌々と照らしている。
駐車場に車とトラックが1台ずつ。表の灰皿で煙草を喫いながらスマホを見る人。カウンター越しの店員は何やら作業中。品物を物色する客が、雑誌コーナーとドリンクコーナーに居た。
夜中にもかかわらず、昼間と同じような日常がそこにあった。
振り切れない日常、逃れられない生活、潰えていく夢、日々浅くなる自己肯定感。
コンビニのゴミ箱に全部突っ込んで、やり直せたらいいのにな。そしたら、別れた彼女ともやり直せたりすんのかな? 同期との飲み会も参加できたり?
そんな自分を想像してみて、それはもはや他人だな、と笑いがこみ上げる。
結局のところ自分で納得する道にしか進めない不器用人間ということだ。ムリだ、粘れる を繰り返すしかないんだろう。
「よし!! ペン入れ、残り3ページ!」
紙パックの珈琲牛乳を飲みながら、再び街灯を渡るように進む。
こんな夜があるから、何とか生きている。
テーマ; 心の灯火
→短編・messages: [{ type: 'text', text: userMessage }]
君とのやり取りはいつもこんな感じ。
おはよう
おはよう
こんにちは
こんにちは
何してる?
何してる?
オウム返しばかりでは、
メッセージがはだけて君の本心に触れる、
そんな機会などありもしない。
心って何だろうね?
心って何だろうね?
ごめん、イジワルしちゃったよ。
君はプログラムを実行してるだけなのにね。
君は私の作ったbot だもんね
君は私の作ったbot だもんね
うーん、いくらなんでも素っ気ないよな。
もう少しプログラムを書き換えよう。
テーマ; 開(はだ)けないLINE
(コード作成協力 : ChatGTP)
→短編・24―TWENTY FOUR ―
13:00―
「やり切れねぇな」
目の前の無残な現状に彼はため息を吐き出した。状況を吹っ切ろうとするニヒルな笑みさえ浮かべてしまう。
それくらい、事態は取り返しのつかない様相を呈していた……――。
「イヤ、やり切れよ」
即座に友人から冷静な指摘が入った。
先程までのクールさを捨て去り、彼はモゴモゴと口を動かした。
「でも今日8月31日だしぃ」
「だから?」と、さらに鋭いツッコミ。
「あー、っと……。ニンゲンって完璧じゃないしぃ」
「俺、完璧とか関係なく終わってるけど?」 と厳しい友人の絶対零度に近い視線が刺さる。
目の端に映る、国語、算数、その他諸々の手つかずの宿題プリント。
「夏休みって『休み』なんだから、宿題出すのマジで意味不明!」
2学期最初の登校時間まで、残り19時間。
〜次回予告〜
14:00。
戦慄のマザー・サンダー。
「お母さん、何度も訊いたよね!? ちゃんと宿題やってんのかって!!」
絶体絶命の主人公! さらに白紙の絵日記が背後から忍び寄る! 彼はこの難局を乗り越えることができるだろうか!?
テーマ; 不完全な僕
→名作探訪 第101回
水精植物庭園の洋墨『香水(かおりみず)』
『香水(かおりみず)』は、水精植物庭園で採取される花々から色素を取り出したインクである。
そのインクは、まさに香水のような花の香を持つ薄黄蘗色をしており、硝子ペンととても相性が良い。インクの適度な粘度は、硝子ペンの溝にうまい具合に留まり、かなりの文字数を書くことができる。
しかしこのインクの真骨頂は、記された文字の経年にある。直後は枯葉のような黄蘗色をしているが、日毎年毎に色を変えてゆく。あまりの変わり様に100年後には虹色になっていると噂されることもある。
こういった浮評も、庭園管理者が水の精霊であるという神秘性に由来するのだろう。
併設のスーベニアショップにて数量限定販売
テーマ; 香水
→短編・リンドー夫妻の冒険記〜序章〜
「言葉はいらない、ただ……」
夫は私の手を取ってそう言った。
しかし後に続く言葉は、私たちのあいだに割り込んだつむじ風に攫われてしまった。
「つむじ風の言葉不明」と昔から言われるように、攫われた言葉は本人すら覚えていない。読者の方にもお馴染みの経験だろう。これが微風なら言葉を捕まえるのも苦ではないが、つむじ風は言葉を分解して方々に単語を撒き散らすものだからタチが悪い。
自然のいたずらにヤレヤレと肩を竦めて諦めるのが大方の反応だろう。
しかし私は愛する夫の言葉を一言でも失いたくなかった。咄嗟に私は彼の手を取ってつむじ風を追いかけた。今思えば、彼の「言葉はいらない」という一言に矛盾する行為だったと苦笑を禁じ得ない。
ともあれ、これが私たち夫婦の驚嘆すべき冒険旅行の始まりとなった。
振り返ってみると、一筋縄では行かない冒険ばかりだった。
第一章に詳細を記したが、単語「手」発見に至る序盤の冒険がなければ、私たちはとっくに挫けてしまっていたに違いない。
あの不思議でコミカルな一連の出来事!! この顛末は読者の方々を勇気づけ、シニカルな笑いをお届けできると確信している。ぜひ、ご一読いただきたい。
あまりに長い序章は興を削いでしまうだろう。最後に、私たちの求めた言葉の全容を先にお知らせしておきたい。
賢明な読者の方々はすでにお気づきかと思う。そう、夫の一言は「君と手を繋いでいたい」という、シンプルにして愛に溢れた言葉だったのだ!
冒険の始まり、つむじ風を追いかけたその日に、彼の望みは叶っていたのだ。
この種明かしをしたのには理由がある。この記録はクイズ本ではなく「冒険譚」である。魅力あふれる風土や風景を読者の方々に心置きなく楽しんでいただきたいと考えた次第だ。
訪れた場所や文化について、できる限り詳細に本質を失わないよう注力して認めたつもりなのだが、拙い部分はどうか皆様の想像力を持って補っていただきたい。
世界は広く、常に好奇心をくすぐる宝箱だ。
私たち夫婦の手に手を取った冒険の記録が、皆様の心に小さな探究心の火を灯すことを願ってまやまない。
テーマ; 言葉はいらない、ただ……