一尾(いっぽ)in 仮住まい

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9/6/2024, 9:26:22 PM

→『彼らの時間』1 〜時よ、止まれ。〜

「時を告げるって、なんか大層な言葉だよね」
 小学3年生の国語の時間、隣の席の但馬ヒロトくんがそう言った。
 大層という単語を初めて聞いた。僕はその意味をわかっていないくせに、彼の整った横顔に見惚れて「うん」と頷いた。ずっと見ていたいと思った。時間が止まればいいのになと思ったら、チャイムが鳴った。
「あっ、時、告げられたね」と彼は笑った。

 あれから十年が過ぎた。時は止まらず、その波にのまれて、僕は大人になった。
 朝、スマホのアラームが鳴る。慌ててそれを止めて横を見る。キレイな横顔が健やかな寝息を立てている。良かった、起きなかった。
「ヒロトくん、朝だよ」
 僕はたっぷりと彼の横顔を堪能して声をかける。小学生の時も格好良かったけど、今は大人の色気でさらに尊い。
「おはよう」 
 ヒロトくんは大きく伸びをして、僕にキスをした。
「うん、おはよう」
 二人だけの世界。なんて素晴らしい朝だろう。
 あぁ、ヒロトくんに朝を告げる、その時間が少しでも長く続いてほしい。
 この関係に多くを望んではいけないのは解ってる。優しい彼が僕に付き合ってくれてるだけだから。
 それでも、僕はことあるごとに「時よ、止まれ」と願ってしまう。
 終わりが告げられる、その時に怯えながら。
 
テーマ; 時を告げる

9/5/2024, 8:29:48 PM

→短編・恋の始まる日

 風が通り抜けて、人々にいたずらをした。
 少年は風に押され、少女はオカッパの髪を乱された。
「貝殻みたい」
 少年の一言に、少女は慌ててヘルメットのような髪を撫でつけ耳を隠す。他の人よりも大きな耳は彼女のコンプレックスだった。
「どうして隠すの?」
 顔を赤くして耳を押さえる少女に驚いたのは少年だ。少女のひらひらと薄い大きな耳はとても美しい。巻き貝そっくりで、自分なら見せびらかすだろう。隠す理由が少年には一つも思い浮かばなかった。
「だってカッコ悪いもん」「キレイなのに」
 少女の呟きに少年の賞賛が重なった。
「し、知らない!」
 少女は逃げ出した。恥ずかしいのとは別の熱が彼女の頬を朱く染めていた。心がムズムズとこそばゆい。
「明日! 図鑑持って来るよ!」
 少年は少女の背に誘いかけた。少女と同じように少年の頬も染まっている。

 きっと明日も明後日もその後も、二人は顔を合わせる。二人の小さなハート型の時計が動き出す。

テーマ; 貝殻

9/4/2024, 4:45:28 PM

→思い出・真夜中の太陽

 15年ほど前、ヨーロッパのとある国に住んでました。
 夏のバカンスに浮かれて、何処か旅に出ねばと勢い込みノールカップという場所に決めました。白夜って単語が醸し出す雰囲気、ヤバくないですか?「沈まぬ太陽と白む夜空」なんて、ねぇ? 雰囲気言葉ヲタクの心にズキュン☆ですよ。
 ノールカップはノルウェー北部の岬でヨーロッパ最北端に位置する、らしいです。夏は白夜、冬はオーロラで賑わう観光地です。
 飛行機を乗り継ぎ長距離バスに乗って、ホニングスヴォーグという街に到着。そして最後の難関、ノールカップ行きバスの3時間待ち! 時間つぶしに入ったカフェで、眠りそうになると店員さんに何度も起こされ、仕方なく街を彷徨うも夜中なので店も開いておらず途方に暮れ、歩いてるうちに見つけたホテルのロビーで待たしてもらうことに。カフェでの失敗を繰り返すまい、ホテルだから他の客にも失礼だと思い「絶対に寝ないから」と宣言した矢先に寝落ち、慌てて起きる、を何度も繰り返しました。ロビーの人、笑ってたな。まぁ、笑うわな。
「沈まない太陽と白む夜空」の旅程まで美しくしたいと思ってたんですけど、ムリでしたわ。
 兎にも角にも、バスに乗ってノールカップに到着。
 第一印象、ノールカップの空は淡かったです。薄雲がかかってました。白い夜ってのがピッタリだなぁと思いました。その幻想的な様子は、まさしく北欧神話の原産地だとニンマリ。
 ノールカップは展望台になっていて、先に進むと巨大なオブジェが現れます。地球儀の骨組みみたいなヤツ。アイツ、写真映えしますよ。雰囲気バッチリですわ。

 そして太陽。
 朝日でも、夕日でも、真昼のものでもない、私の知らない色の太陽。
 あぁ、このきらめきは忘れたくないなぁ、とぼんやり見てたことを覚えています。そしてほとんど写真を撮らなかった。
 夏の終わり、そんなことを思い出したりしましたよ。

テーマ; きらめき

9/4/2024, 2:50:38 AM

→短編・枝葉末節

 母に会いに行こうとして、あっち行ってこっち行って落っこちて、お池が2つできたりして、お池に落ちた豆から枝が伸びて、ぐんぐんでっかくなって、えっちらおっちら登って行って、ツルが巻き付くその様子の右巻き左巻きを観察して、自分のツムジはどんなだっけって気になって、頭に手をやってみてもよく判らんくて、そういや豆の木に登ってたんだなと思ったのに、指のササクレが気になって剥いてみたら、目が覚めた。
「変な夢」
 こんな夢を見た原因ははっきりしてる。
「きっとまた、些細なことでも揉めるんだろうなぁ」
 母の四十九日法要が終わり、始まった遺産相続の話は一向に進んでいない。
 話は方々に飛び、常に文句が上がり、まぁ見事に何も決まっていなかった。まるっきりさっきの夢そのものだ。
 兄、姉、私、弟の4人きょうだい。父は10年ほど前に鬼籍に入り、今度は母。何事かあるたびにきょうだい一致団結して、色々な出来事に対処してきた。助け合える仲の良いきょうだいだと思っていた。
 私が楽観視しすぎていたのだろうか? 母の死後、きょうだいたちは、急によそよそしくなった。何だかチグハグで、何もかもが上手くいっていない。何も言えずに成り行き任せの私もズルい奴だと思われているかも。
 子はかすがいと言うけれど、きょうだいにとって親は結び目なのではないだろうか? お互いを固く結束する結び目。それが解けてしまった私たちは、それぞれが新しい世界の結び目に絡まっている。
 気が乗らないながらも何とか身支度を施す。子どもの漢字ドリルが目に入った。
 漢字かぁ。そう言えば、母の趣味だったな。ボケ防止とか言って、漢字検定とか受けちゃったり。兄さんが車で試験会場まで送迎するとか、母のドリルを探して弟と書店を巡ったっけ。テレビのクイズ番組、漢字だけは母の独壇場。四文字熟語がお気に入り。楽しかったな。本当に楽しかったのにな。
「淋しいよ、お母さん……」

 姉さんが手配した小さな会議室で、書類をあいだに話し合う。会議室なんて、他人みたいで落ち着かない。
 話は平行線。揚げ足取りや牽制。小さな分与にまで話がもつれる。一気に全員が話し始めて、一気に沈黙が訪れる。きょうだいという遠慮の無い関係と、それぞれが家庭持ちであることが、こんなにも尖ったベクトルを生むとは思ってもみなかった。
 ずっと沈黙を通していたが、堪らず私は口を開いた。
「枝葉末節」
 みんなの視線が私に集まった。
「お母さんなら、そう言いそうじゃない?」
 兄さんがネクタイを緩めた。姉さんのため息。母さんならもっと気の利いた毒を吐きそう、と弟の苦笑。
「一旦、休憩しよう」
 兄さんの言葉の後、私たちは自動販売機に向かった。姉さんが全員分のジュースを奢ってくれた。

テーマ; 些細なことでも

9/3/2024, 2:13:51 AM

→短編・日々の隙間、ワンクッション。

 真夜中、ワンルールの小さな部屋から逃げるように外に出た。
 夏が終わりに近づいている。絡みつくような湿気を伴った暑さはどこにもなく、静かな住宅街に涼しいと感じるくらいの風が通り抜けた。
 普段は歩かない方面へと、ポツポツ灯る街灯をナビゲーションに進んだ先に、一件のコンビニがあった。
 まるで街灯の親玉みたいに、眩いばかりの明るさで周囲を煌々と照らしている。
 駐車場に車とトラックが1台ずつ。表の灰皿で煙草を喫いながらスマホを見る人。カウンター越しの店員は何やら作業中。品物を物色する客が、雑誌コーナーとドリンクコーナーに居た。
 夜中にもかかわらず、昼間と同じような日常がそこにあった。
 
 振り切れない日常、逃れられない生活、潰えていく夢、日々浅くなる自己肯定感。
 コンビニのゴミ箱に全部突っ込んで、やり直せたらいいのにな。そしたら、別れた彼女ともやり直せたりすんのかな? 同期との飲み会も参加できたり?
 そんな自分を想像してみて、それはもはや他人だな、と笑いがこみ上げる。
 結局のところ自分で納得する道にしか進めない不器用人間ということだ。ムリだ、粘れる を繰り返すしかないんだろう。
「よし!! ペン入れ、残り3ページ!」
 紙パックの珈琲牛乳を飲みながら、再び街灯を渡るように進む。
 こんな夜があるから、何とか生きている。

テーマ; 心の灯火

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