一尾(いっぽ)in 仮住まい

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8/31/2024, 3:45:54 PM

→短編・24―TWENTY FOUR ―

13:00―
「やり切れねぇな」
 目の前の無残な現状に彼はため息を吐き出した。状況を吹っ切ろうとするニヒルな笑みさえ浮かべてしまう。
 それくらい、事態は取り返しのつかない様相を呈していた……――。
「イヤ、やり切れよ」
 即座に友人から冷静な指摘が入った。
 先程までのクールさを捨て去り、彼はモゴモゴと口を動かした。
「でも今日8月31日だしぃ」
「だから?」と、さらに鋭いツッコミ。
「あー、っと……。ニンゲンって完璧じゃないしぃ」
「俺、完璧とか関係なく終わってるけど?」 と厳しい友人の絶対零度に近い視線が刺さる。
 目の端に映る、国語、算数、その他諸々の手つかずの宿題プリント。
「夏休みって『休み』なんだから、宿題出すのマジで意味不明!」

 2学期最初の登校時間まで、残り19時間。
 
〜次回予告〜
 14:00。
 戦慄のマザー・サンダー。
「お母さん、何度も訊いたよね!? ちゃんと宿題やってんのかって!!」
 絶体絶命の主人公! さらに白紙の絵日記が背後から忍び寄る! 彼はこの難局を乗り越えることができるだろうか!? 

テーマ; 不完全な僕

8/30/2024, 2:57:30 PM

→名作探訪 第101回
  水精植物庭園の洋墨『香水(かおりみず)』

『香水(かおりみず)』は、水精植物庭園で採取される花々から色素を取り出したインクである。
そのインクは、まさに香水のような花の香を持つ薄黄蘗色をしており、硝子ペンととても相性が良い。インクの適度な粘度は、硝子ペンの溝にうまい具合に留まり、かなりの文字数を書くことができる。
しかしこのインクの真骨頂は、記された文字の経年にある。直後は枯葉のような黄蘗色をしているが、日毎年毎に色を変えてゆく。あまりの変わり様に100年後には虹色になっていると噂されることもある。
こういった浮評も、庭園管理者が水の精霊であるという神秘性に由来するのだろう。

併設のスーベニアショップにて数量限定販売

テーマ; 香水

8/30/2024, 1:49:41 AM

→短編・リンドー夫妻の冒険記〜序章〜

「言葉はいらない、ただ……」
 夫は私の手を取ってそう言った。
 しかし後に続く言葉は、私たちのあいだに割り込んだつむじ風に攫われてしまった。
「つむじ風の言葉不明」と昔から言われるように、攫われた言葉は本人すら覚えていない。読者の方にもお馴染みの経験だろう。これが微風なら言葉を捕まえるのも苦ではないが、つむじ風は言葉を分解して方々に単語を撒き散らすものだからタチが悪い。
 自然のいたずらにヤレヤレと肩を竦めて諦めるのが大方の反応だろう。
 しかし私は愛する夫の言葉を一言でも失いたくなかった。咄嗟に私は彼の手を取ってつむじ風を追いかけた。今思えば、彼の「言葉はいらない」という一言に矛盾する行為だったと苦笑を禁じ得ない。
 ともあれ、これが私たち夫婦の驚嘆すべき冒険旅行の始まりとなった。
 振り返ってみると、一筋縄では行かない冒険ばかりだった。
 第一章に詳細を記したが、単語「手」発見に至る序盤の冒険がなければ、私たちはとっくに挫けてしまっていたに違いない。
 あの不思議でコミカルな一連の出来事!! この顛末は読者の方々を勇気づけ、シニカルな笑いをお届けできると確信している。ぜひ、ご一読いただきたい。
 
 あまりに長い序章は興を削いでしまうだろう。最後に、私たちの求めた言葉の全容を先にお知らせしておきたい。
 賢明な読者の方々はすでにお気づきかと思う。そう、夫の一言は「君と手を繋いでいたい」という、シンプルにして愛に溢れた言葉だったのだ!
 冒険の始まり、つむじ風を追いかけたその日に、彼の望みは叶っていたのだ。
 この種明かしをしたのには理由がある。この記録はクイズ本ではなく「冒険譚」である。魅力あふれる風土や風景を読者の方々に心置きなく楽しんでいただきたいと考えた次第だ。
 訪れた場所や文化について、できる限り詳細に本質を失わないよう注力して認めたつもりなのだが、拙い部分はどうか皆様の想像力を持って補っていただきたい。

 世界は広く、常に好奇心をくすぐる宝箱だ。
 私たち夫婦の手に手を取った冒険の記録が、皆様の心に小さな探究心の火を灯すことを願ってまやまない。

テーマ; 言葉はいらない、ただ……

8/28/2024, 6:42:56 PM

→インスピレーション、求不得苦

突然の君の訪問。
僕はずっと君を待っていた。
それなのに逸る気持ちで空回り。
いつだって開けるべき扉を間違えてしまう。一つは君の待つ玄関ドア、もう一つは迷路……。
四苦八苦、右往左往。
五里霧中、前後不覚。
悪戦苦闘の末、ようやく迷路を抜け出し扉を発見する。

さぁ!! いらっしゃい! 待ち焦がれたよ! 
扉を開けて君を迎え入れようと手を広げる。
しかしそこに、君はもういない。君の温もりだけが残っている。
君は留まることを嫌う、幸運な神様のような存在。イヤと言うほど経験しているのに、また逃してしまった。

僕は途方に暮れる。 
「あぁ、アイディア、戻っておいでよ」

こうして、僕たちが織りなすはずの名作は、未だ日の目を見ないでいる。

テーマ; 突然の君の訪問。

8/28/2024, 1:47:51 AM

→短編・雨に別かつ。

雨に佇む。
天を仰ぐ。
曇天の緞帳は大粒の雨。
高校時代からの友人が消えた日のこと。

あの日、お前を連れて海に行ったのは、俺。あいにく空は曇天。降り出しそうな雲の下、二人で浜辺に座った。
お前の沈んだ様子が気になって。何か話してくれるかなって。
なのに、お前が話題にするのは俺の最近できた彼女のことばっかりだった。彼女は元気か? お前には勿体ないくらいにいい子だよな。大事にしろよ。
お前は妙にはしゃいでそんな話をした。
お互いフリー期間が長くて、ようやく二人して彼女ができたところだった。俺が先、お前がそのすぐ後だった。
気分転換になるかと思って、4人で遊びに行こうと誘ったら、「別れた」と静かに呟いた。
「そりゃあ、辛いな。俺で良けりゃ、いつでも付き合うぜ?」
一瞬お前は何かを言いかけ、その言葉を飲み込んだ。俺、何か良くないことを言ったっけ? 怖気づいて俺は黙り込んだ。高校時代からの何でも知ってるお前の、何もかもがわからなくなった。
そんな俺を気遣うようにお前は言った。
「やっぱりお前もいい奴だよ。彼女とお似合い」
雨が降ってきた。大粒の雨だった。二人で立ち上がった。俺は雨宿りできる場所を探そうとしたが、お前は浜辺へと歩いて行った。
「……俺みたいなヤツに構わず、彼女を大事にしろよ」
振り向いたお前は、よそよそしい笑い顔を浮かべていた。
あんな顔、初めて見た。
降りかかる何千何万何億もの雨が幕を引いてゆく。
何故だか「こっちとあっち」とかイヤな言葉が浮かぶ。
「俺のことは気にするなよ」
何かを断ち切るような冷静なアイツの声は、まるで知らない人ようだった。
それが、最後にあった日。

雨の日、後悔ばかりが心に積もる。

テーマ; 雨に佇む

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