誰にも言ったことはないけれど、私はずっと死にたかった。理由は忘れた。多分、生きるのが面倒になったのかもしれない。ひどいときは、家にいながら帰りたいと思っている。私は、いったいどこに帰りたいというのか。仕事から、ようやく家に帰ってきて、夜ご飯を食べて。だらだらスマホをいじって、冷蔵庫にしまった割り引きのケーキを思い出して食べてちょっとしあわせを感じて、どうにか生きている。
「まだ続く物語」
道を歩いてると、飛行機が上空を飛んでいくのを見た。私は、飛行機など滅多に乗らないが、私の友人はあれに乗って海外に居たり、いつの間にか日本に帰って来ていたりする。そんな友人に、「大変じゃないのか」とたずねると、友人は「楽しいよ」とあっけらかんと答えた。友人と私は正反対だ。定住しない友人が渡り鳥なら、私は定住する留鳥。友人ほどフットワークは軽くはないけれど、そろそろ環境を変えたいと迷っていたところだった。小鳥の愛らしい鳴き声がした。上を向くと、建物の幹下にツバメの巣があった。すると、いまこの瞬間、巣立ちを迎えたツバメが私のすぐそこを「お先に」と通り抜けていった。
「渡り鳥」
ひと目見たときからきれいな人だと思っていた。そんな彼女は、僕よりひとつ上の先輩だ。顔だって、スタイルだっていい。多分、一目惚れだった。先輩が動くたびに弾んで揺れる、指通りの良さそうな黒い髪が特に僕は好きだ。どんなさわり心地なんだろう。どんな香りがするんだろう。ある日、彼女の彼氏らしき男が彼女の頭を撫でているのを見かけた。あんなふうに気軽に触れ合う二人は、恋人に違いない。きっと毛先までさらさらなんだろうな。触れられないあの人の髪の感触を想像するしか出来ないことが、くやしかった。
「さらさら」
街を歩いているとかわらしい雑貨屋を見つけたので、吸い込まれるようにふらふらと入店した。すると好みの商品がいくつも並んでいた。ひと目で、すっかりこのお店のことが気に入ってしまい、わくわくしながら店内を見て回る。あっ、これ良いかも。そこへ、お店の雰囲気にぴったりの店員さんがやって来て、私が手に取った小物を見るとにこっと笑って言う。私は、それを聞いて気が付けば商品を持ってレジへ向かっていた。
「これで最後」
ひとは石。ちいさな石ころ。名前なんて無いにひとしい。二度と会うことも無い。ただの通りすがり。もしかしたら、一生知ることのないかもしれない。それらが、巡り合って関わることでひとの形になっていく。顔を知り、名を知ることになる。「この人」を知りたいと思ったときに、もっとあなたの名を呼びたくなるのだ。あなたは、いつしか石ころではなくなった。
「君の名前を呼んだ日」