地面が水玉模様に濡れている。
じんわりと香り立つ雨の匂い。
通り雨が降ったのだ。
あなたへの想いは溢れて止まらないのに
涙が乾いたあとでもあなたに思いを馳せる。
諦めの悪い私だ。
「雨の香り、涙の跡」
父の運転で揺られる車の中。
反抗期真っ盛りのわたしと、口下手な父は会話らしい会話はしない。助手席でケータイをいじる、車に搭載されたカーナビが、時々道案内をする。画面をなんとなく見てみると、この車を示す矢印が青い部分を通過している。
「これ海の上を走ってる」
「ここはな、何年か前に埋め立てられて出来た道なんだよ」
「ふーん」
わたしは再びケータイに視線を戻す。
「買い替えないの?」
「まだまだ走れるからな」
父は、それから何年も同じ車に乗っていた。わたしが、小学生の高学年から大学へ入学する頃まで。
そして、わたしは高校を卒業してから車の免許を取得した。手入れされた車は、長年乗っていた割にはきれいだ。わたしは運転席に乗り込んだ。助手席には、父が乗っている。わたしは、車を走らせた。
「この道変わったんだね」
返事が無くて助手席を見遣れば、父はぐっすり眠っていた。そう言えば、子供の頃のわたしも父の運転している車の中で、眠気を誘われて家に着く頃には眠ってしまっていた。
父娘を乗せた車は海の上を走る。この先も、こうして道は変わるのだろう。カーナビは、相変わらずのへんてこな道案内をする。古いカーナビは、今年で引退する。さびしい気もしたけれど、二人きりのドライブを忘れることはないだろう。
「記憶の地図」
コーヒー、紅茶、ココア、ミルク。たまにスープ。
いろんな飲み物を注いだマグカップ。そこまで高価なものでもなく、割れないようにと大事にしていた訳でもない。しかし、ずっと手元にあって長い間使ったことを物語るように、底に茶渋がびっしりこびり付いている。
「マグカップ」
あなたには、あなたの生活があって良い。
休日に遊びに行くような、友人が居て構わない。
趣味だって度が過ぎない程度なら。
ただ、少しだけわがままを言うのなら
わたしは、あなたが今日の活動の全て終えた後。
最後に会う人でありたい。
忙しい日々に、疲れ果てて
今にも眠ってしまいそうな
ゆるゆるにゆるんだ顔を見つめながら
「おやすみなさい」と言い合いたい。
たった数秒でも良い。出来るだけ長い間。
あなたとそう言い合いながら、一日を終えたい。
「I Love」
世界は音で溢れている。
うるさいだけで、意味のない雑音を聞いているくらいなら無音が良い。
俺は、喧騒が嫌いだ。
それらを塞ぐためにイヤホンや、ヘッドホンを着けて過ごしている。大学への通学や、バイトでの外出では当たり前。
家に居ても、外すことはほとんどない。曲を聴いている時もあれば、何も流さずに耳栓代わりにしている。
今日も、バイトから帰って来て飯を食ってから、シャワーを浴びた。それから課題に取り掛かる。パソコンに向かう前に、ワイヤレスのヘッドホンをする。時刻は、午後の10時過ぎ。明日も早い。とっとと終わらせてしまおう。
一時間が過ぎた頃、少し集中力が途切れてしまった。充電が無くなってきたことを知らせるアラームが鳴る。イヤホンに変えようと、ヘッドホンを外した。そこで、雨が降っていることにはじめて気がついた。
もう、外は夜中に近いせいか雨音だけが鮮明に聞こえてくる。
ぴちゃぴちゃ。水が跳ねる音。
こつこつ。ガラスを叩く音。
コトコト。ベランダの柵に当たる音。
雨音を聞きながら再びパソコンに向かった。
「雨音に包まれて」