「結婚することになったんだ」
ずっと思いを馳せていた君からそんな言葉を聞かされた。
一瞬、頭が働かなくなったけどすぐに笑顔を作ってみせる。
「そうなんだ。おめでとう! いやぁ、結婚とはビックリだね……で、いつ式をあげるの? お祝いしなきゃね!」
「ありがとう。これもミサのおかげだよ。あの子に会わせてくれてありがとう」
そう、あの子を会わせたのは私だ。
君と私は幼稚園の頃からの幼馴染。そしてーー片思いであり、初恋の人。
好きな人が幸せになってくれるのは嬉しい。
だけど、それと同時に汚い感情も湧き出てくる。
その汚い感情を殺すため、私は笑顔で祝福の言葉を告げる。
「じゃあ、結婚式の日が決まったら教えるね」
君はそう言って、あの子の元へ帰って行く。
手を振って「またね」と送る。
本当は行かないで欲しい。
そばにいてほしい。
だけど、割り切らないといけない。
割り切らないといけないのに……どうして?
「どうして……泣いちゃうんだろうなぁ」
大好きだったよ。ずっと前からーー
3月3日は女の子にとってとても縁起の良い日。
【桃の節句】、【ひなまつり】と世間では言われている特別な日。
女の子がいる家庭では、ひな人形を飾ったり、美味しい豪華なご飯を食べて祝う。
女の子の成長を祈願する。
特別な日なのだ。
3月4日
ひな祭りが終わり日付けが変わった零時。
和室に飾ってあるひな人形から『カタカタ』と音が鳴る。
この家の者たちは寝息をたてて、ひな人形の異変に気づいていない。
ひな人形からは変わらず、『カタカタ』と音が鳴り続いている。小さな音から次第に大きな音へ変わっていく。
ひな人形の周りだけ激しく揺れて、綺麗に並んでいた人形たちがバタバタと畳へ落ちていく。
一番上のお大理様も畳へ落ちた。
揺れがおさまった。
ひな壇にはお雛様しか残っておらず、残りは畳に転がっている。
飾ってあるお雛様の無表情の口元が、にんまりと笑った。
すると、『ケタケタ、ケタケタ』と壊れた機械音みたいな音を鳴らしだす。その音に共鳴するかの如く、落ちた人形たちもケタケタ笑い出した。
笑いながら人形たちの首がボトボトと取れていく。
お大理様だけは、静かに血の涙を流していた……。
月日が経ち。
あのひな人形を飾っていた家の娘は、死んだという。
死因は、首を切断されていた。そしてその首は今も行方不明のままだと囁かれている。
夕方の公園。
防災放送からカラスの曲が流れた。
公園で遊んでいた子供たちは、自転車に乗って帰って行った。
公園に誰もいなくなり閑散となった。カラスの曲が流れ終わると、公園の入り口から親子が入ってきた。
父親と子どものようだ。子どもは一目散に誰も使っていないブランコへ駆け出した。
錆びついたチェーンが、ジャラジャラと鳴る。
子どもは父親を呼んだ。
父親はゆったりとした足取りで、ブランコのところへ来た。子どもは父親に『おして』と頼んだ。
父親はブランコに乗る子どもの後ろへ周り、背中を押してあげた。ユラユラと前後にブランコが動く。
子どもは楽しげに笑う。
父親の背中を押す力がどんどん強くなり、子どもが乗るブランコも天までいきそうなくらい高く揺れた。
子どもは、楽しく笑っている。
『もっと! もっと!』
父親は子どもの楽しげにしている姿を見て、微笑んだ。
父親の背中を押す力がさらに強くなり、ブランコは高く高く揺らいだ。
「カーカー!」
公園の木に止まっていたカラスが飛んだ。
同時に背中を押す手も止まった。
子どもはーー青年の姿になっていた。否、初めから青年だったのだ。
青年は自分を押していた後ろを振り向く。
そこには、誰もいなかった。
青年は、ブランコの手すりから手を離した。
青年は、くれない色に染まる空を見上げた。
「……ありがとう、父さん」
そう呟くと、青年は姿を消したのだった。
きまぐれに美術館へ足を運んだ日のことだ。
普段なら美術とか芸術とか興味の持たない自分だったが、この日は何故か、美術館へ行きたくなったのだ。
特に見たいものがあるわけではない。ただ、なんとなく行きたいと思った。
地元の駅から美術館がある街へと向かう。
最寄りの駅に着き、駅から歩いて十分のところに美術館がある。
普段なら見向きもしないし、用事がない時には来ない街だ。
美術館で入場料を払い中へ入る。
平日の昼下がりだから人はまばらだ。優雅な音楽が流れていた。
適当に絵画を見て回る。有名な絵からヘンテコな絵などが綺麗に飾らせている。美術好きの人なら感銘や感嘆を吐くような絵だろうが、自分は興味がない部類だ。
普通に綺麗な絵だな、と思うだけだ。
ぶらぶらと絵画を見ていると、一際スペースが広い場所に辿りついた。
広いスペースの中央の壁には、他のキャンバスの絵よりも大きな絵が飾らせていた。
立ち入り禁止の三角コーンにテープが貼られていた。
撮影も禁止になっているようだ。
この絵画の周りには誰もいない。何人か前を通ってチラッと見るが、素通りしていく。
たしかに人を選ぶような絵画だ。
だけど、美術好きの人ならどんなに醜悪な絵でも見てやるって気だと思っていたけど、違うみたいだ。
この絵が醜悪だとは言っていない。
大きな絵の中には、美しい女性が猛々しく描かれていた。勝利の女神という有名な絵ではなくて、もっと戦場の中で命懸けで闘う姿だ。
この女性の周りには、彼女を守るように三人の男性が武器を持って囲んでいる。
女性も彼らに守られてはいるが、女性自身も共に闘おうとする『意志』が伝わってくる。
まるで、『わたしもコイツらと共に闘ってやる』と言っているかのように。
女性の手にもライフルらしき銃が握られていた。
細かい部分を見ると、女性の手は闘ってきた証なのかーー守っている男性たちと同じーーボロボロの手をしていた。
その手を見た瞬間、自分の両目から涙が落ちた。
なぜか分からないけど、彼女たちの勇姿に悲しくなってきたのだ。
彼女たちの最期がどうなったのかは知らない。
知らないはずなのに涙が出てくるなんて……。
おかしな話しだ。