ずっと、ずっと、後悔していたことが一つだけある。
身分も家柄も違うーーあの子の顔を声を忘れたときは一度もない。
街でたまたまお互いに見かけて、互いに一目惚れをした。あの子とは、夜ナイショの逢瀬を繰り返していたのは一度や二度ではない。
数えきれないほど夜のナイショのデェトをしてきた。
ただ、あの子には生涯伝えられなかった言葉がある。
伝えるべき言葉だった。
ある日、あの子のほうから『もう、会うことはないでしょう』と告げられたのだ。
すぐに理解した。
あの子は、【嫁】に行くのだと。
わたし自身も国から赤紙が届いていた。
この子とは一生会うことはないだろうと……。
だから、わたしはあの子へーー『そうですか。楽しい時間をありがとうございました』と笑顔で見送ったのだ。
あの子の顔を声を今でも覚えている。
この煩い戦闘機の音に掻き消されないほどにあの子の顔を鮮明に覚えている。
わたしは、このあとお国のために消える。
天皇陛下万歳! と叫びながら死ぬなんてーーそんなのは嫌だ。逆賊なんて思われるかもしれないが、自分の気持ちには嘘を付きたくない。
せめて、最期に、あの子へ伝えたい。
『愛していました(I love)』とーー
【終わり】
何もない田舎から都会の街へ出たかった。
いつも変わらない殺風景な田園のなかを歩きながら、人数の少ない学校へ向かう。
中学を卒業後、本当ならたくさん学べる高校へ進学をする予定だった。だけど、両親の離婚で必然的に地元の高校へ通う羽目になってしまった。
地元の高校なのだからみんな顔見知りばかりで、高校生になっても子供じみた言動や行動する男子たち、それを止める女子たちを見て、『みんな、大人になりたくないのかな?』なんて思う日々に嫌気がさす。
窓から見える景色は、都会の街並みじゃない。
田舎ののどかで退屈な田園風景。
本当なら今頃、都会の街を歩きながら新しい友達と学校へ向かっていたはずだ。
それで、帰りには流行りの服や流行りの化粧品を見て帰るのだ。
そんな楽しい都会ライフを楽しみたかった。
私は教室にいる子供のままのクラスメイトたちを眺める。
男子は廊下でチャンバラ遊びをして、女子はどこかのクラスの子とどこかのクラスの子が付き合っているって話しで盛り上がっている。
退屈な教室。退屈な日常。早く、卒業してこの何もない田舎から出て行きたい。
【終わり】
タイトル【幻想】
子どもの賑やかな声が聞こえてくる。
夏の蒸し暑い昼下がり、子ども達が通う学校はすでに夏休みに入っているようだ。
古びたアパートの向かいには、これまた古びた平屋の駄菓子屋が商いをしていた。
そこに子ども達の集団が賑やかに入って行ったのが見える。
「くださいなー!」
元気な声で奥にいるおばあちゃんを呼ぶ声。
少し無愛想なおばあちゃんが店の奥から出てきて、子ども達に人気のくじ引きをさせた。
中々当たりが出ないという噂があるくじ引きだ。
当たれば一個タダで好きなお菓子やオモチャをくれるという、ラッキーくじだった。
子ども達は、四角い箱に入ってある紙を一枚引いていく。
みんな神妙な顔つきで紙を開いた。
全員ハズレかと思いきや、ひとりの少年だけが『当たり』を引いた。
「おばあちゃん! 当たったよ!」
少年はようやく引けた当たりくじをおばあちゃんに見せた。
少し無愛想なおばあちゃんの顔に少しだけ笑顔が溢れる。
当たりくじよりも珍しい光景に少年は、目をまんまるくさせた。
おばあちゃんから「好きなの一つ持っていきな」と、ぶっきらぼうに言われた。
少年は当たりくじをおばあちゃんに渡し、店内に置いてある駄菓子やオモチャを見て回る。
ハズレを引いた子ども達は、「いいなー」や「これなんてどう?」とか言っていた。
少年はそんな声を無視して、気になるオモチャへ手を伸ばした。
そこで、急に目の前が暗転した。
* * *
次に目を覚ますとベッドの上だった。
身体を起こすと、隣には大好きな妻がクゥクゥ眠っている。
「懐かしい夢だったな……」
少年時代の懐かしくて輝かしい記憶。
何も考えずその日が楽しめれば楽しい日々。
それは、少年時代の幻想的な日々の生活。
青年は隣に眠る妻の頭を起こさないように撫でた。
今の青年の生活は、大変な日々もあるけど少年時代とは違った楽しい日々を送っている。
妻と一緒に楽しい日々を過ごすという現実だ。
初めからわかっていたんだ。
叶わない恋ということに。
初めからわかっていたんだ。
自分が傷ついておしまいということに。
わかっていたことだけど、この思いは伝えたかったんだ。
言わずに後悔するくらいなら、言って後悔したほうが幾分かマシだから。
あたしは、先輩へ声をかけた。
「話しがあります。放課後、美術室へ来てくれますか?」
先輩は優しい。優しい先輩だから来てくれると、確信はついていた。
「わかったよ。放課後行くね」
先輩は、優しい声でそう言った。
美術室は、あたし達が使う部室だ。
他の空いている教室でも良かったけど、いつ誰が来るかわからないから、使い慣れた場所を指定させてもらった。
天井の高い美術室にあたたかい陽の光が差し込む。
そして、美術室の扉が開いた。
あたしは、これから叶わないとわかっている【告白】をする。
たとえ、振られたとしても、あたしは告白できたことに誇りを持ちたい。
たまには、何か美味しいものでも食べに行こう。
たまには、どこか楽しい場所へあそびに行こう。
たまには、一緒にゆっくりと家でのんびり過ごそう。
たまには……。
たまには……。
たまには……。
『たまには』、キミの場所へいくのも悪くないな。