タイトル【幻想】
子どもの賑やかな声が聞こえてくる。
夏の蒸し暑い昼下がり、子ども達が通う学校はすでに夏休みに入っているようだ。
古びたアパートの向かいには、これまた古びた平屋の駄菓子屋が商いをしていた。
そこに子ども達の集団が賑やかに入って行ったのが見える。
「くださいなー!」
元気な声で奥にいるおばあちゃんを呼ぶ声。
少し無愛想なおばあちゃんが店の奥から出てきて、子ども達に人気のくじ引きをさせた。
中々当たりが出ないという噂があるくじ引きだ。
当たれば一個タダで好きなお菓子やオモチャをくれるという、ラッキーくじだった。
子ども達は、四角い箱に入ってある紙を一枚引いていく。
みんな神妙な顔つきで紙を開いた。
全員ハズレかと思いきや、ひとりの少年だけが『当たり』を引いた。
「おばあちゃん! 当たったよ!」
少年はようやく引けた当たりくじをおばあちゃんに見せた。
少し無愛想なおばあちゃんの顔に少しだけ笑顔が溢れる。
当たりくじよりも珍しい光景に少年は、目をまんまるくさせた。
おばあちゃんから「好きなの一つ持っていきな」と、ぶっきらぼうに言われた。
少年は当たりくじをおばあちゃんに渡し、店内に置いてある駄菓子やオモチャを見て回る。
ハズレを引いた子ども達は、「いいなー」や「これなんてどう?」とか言っていた。
少年はそんな声を無視して、気になるオモチャへ手を伸ばした。
そこで、急に目の前が暗転した。
* * *
次に目を覚ますとベッドの上だった。
身体を起こすと、隣には大好きな妻がクゥクゥ眠っている。
「懐かしい夢だったな……」
少年時代の懐かしくて輝かしい記憶。
何も考えずその日が楽しめれば楽しい日々。
それは、少年時代の幻想的な日々の生活。
青年は隣に眠る妻の頭を起こさないように撫でた。
今の青年の生活は、大変な日々もあるけど少年時代とは違った楽しい日々を送っている。
妻と一緒に楽しい日々を過ごすという現実だ。
初めからわかっていたんだ。
叶わない恋ということに。
初めからわかっていたんだ。
自分が傷ついておしまいということに。
わかっていたことだけど、この思いは伝えたかったんだ。
言わずに後悔するくらいなら、言って後悔したほうが幾分かマシだから。
あたしは、先輩へ声をかけた。
「話しがあります。放課後、美術室へ来てくれますか?」
先輩は優しい。優しい先輩だから来てくれると、確信はついていた。
「わかったよ。放課後行くね」
先輩は、優しい声でそう言った。
美術室は、あたし達が使う部室だ。
他の空いている教室でも良かったけど、いつ誰が来るかわからないから、使い慣れた場所を指定させてもらった。
天井の高い美術室にあたたかい陽の光が差し込む。
そして、美術室の扉が開いた。
あたしは、これから叶わないとわかっている【告白】をする。
たとえ、振られたとしても、あたしは告白できたことに誇りを持ちたい。
たまには、何か美味しいものでも食べに行こう。
たまには、どこか楽しい場所へあそびに行こう。
たまには、一緒にゆっくりと家でのんびり過ごそう。
たまには……。
たまには……。
たまには……。
『たまには』、キミの場所へいくのも悪くないな。
「結婚することになったんだ」
ずっと思いを馳せていた君からそんな言葉を聞かされた。
一瞬、頭が働かなくなったけどすぐに笑顔を作ってみせる。
「そうなんだ。おめでとう! いやぁ、結婚とはビックリだね……で、いつ式をあげるの? お祝いしなきゃね!」
「ありがとう。これもミサのおかげだよ。あの子に会わせてくれてありがとう」
そう、あの子を会わせたのは私だ。
君と私は幼稚園の頃からの幼馴染。そしてーー片思いであり、初恋の人。
好きな人が幸せになってくれるのは嬉しい。
だけど、それと同時に汚い感情も湧き出てくる。
その汚い感情を殺すため、私は笑顔で祝福の言葉を告げる。
「じゃあ、結婚式の日が決まったら教えるね」
君はそう言って、あの子の元へ帰って行く。
手を振って「またね」と送る。
本当は行かないで欲しい。
そばにいてほしい。
だけど、割り切らないといけない。
割り切らないといけないのに……どうして?
「どうして……泣いちゃうんだろうなぁ」
大好きだったよ。ずっと前からーー
3月3日は女の子にとってとても縁起の良い日。
【桃の節句】、【ひなまつり】と世間では言われている特別な日。
女の子がいる家庭では、ひな人形を飾ったり、美味しい豪華なご飯を食べて祝う。
女の子の成長を祈願する。
特別な日なのだ。
3月4日
ひな祭りが終わり日付けが変わった零時。
和室に飾ってあるひな人形から『カタカタ』と音が鳴る。
この家の者たちは寝息をたてて、ひな人形の異変に気づいていない。
ひな人形からは変わらず、『カタカタ』と音が鳴り続いている。小さな音から次第に大きな音へ変わっていく。
ひな人形の周りだけ激しく揺れて、綺麗に並んでいた人形たちがバタバタと畳へ落ちていく。
一番上のお大理様も畳へ落ちた。
揺れがおさまった。
ひな壇にはお雛様しか残っておらず、残りは畳に転がっている。
飾ってあるお雛様の無表情の口元が、にんまりと笑った。
すると、『ケタケタ、ケタケタ』と壊れた機械音みたいな音を鳴らしだす。その音に共鳴するかの如く、落ちた人形たちもケタケタ笑い出した。
笑いながら人形たちの首がボトボトと取れていく。
お大理様だけは、静かに血の涙を流していた……。
月日が経ち。
あのひな人形を飾っていた家の娘は、死んだという。
死因は、首を切断されていた。そしてその首は今も行方不明のままだと囁かれている。