望月

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7/26/2024, 10:17:23 AM

《鳥かご》

 祐希と怜斗はいつも二人だった。
 母親同士が高校生の頃からの親友とあって、同じ病院で一日違いで産まれた二人は産まれる前から一緒だった。
 幼馴染というより、殆ど家族に近かったのもそれが理由だろう。
 人見知りの怜斗が輪に入れず寂しい思いをしないようにと、祐希が傍から離れなかった為でもある。
 誰にでも優しく穏やかな態度を取り、老若男女問わず好かれる祐希は友達が多い。
 人見知りなうえ口数も少ない方で、初対面の人など緊張して上手く言葉も紡げなくなる怜斗は友達がそう多くはなかった。
 本来であれば、幼稚園、小学校、中学校で友達の一人もできなかったのではないか。
 怜斗がそう思うのは、一重に祐希が傍にい続けてくれたからだ。
 誰からも好かれる祐希と仲が良いからこそ、他のクラスメイトも怜斗に話し掛けやすくなっているのだろうと。
 一人であれば、きっと、もう少し静かな学校生活になっていたのではないかと。
 そうして、高校生活までもを共にできると知ったのは一ヶ月前の話だ。
 二人はまた、クラスメートとして新生活を開けたのだった。
 いつものように、怜斗は祐希の家のドア前で彼を待つ。
 今日は起きるのが遅かったのか、隣の部屋からは慌ただしい音がしていた。
 当然、祐希がドアを開けて出てくるのもいつもより少し遅い。
「待たせてごめん! おはよう、怜斗」
「気にしてない。……祐希、おはよう」
「あっ、そうだ! 今日あるらしい数学の小テストの勉強ってやった?」
「うん」
「どう、難しかった?」
「そこまで。祐希なら余裕」
「なんだよそれ〜! でもまぁ、怜斗がそう言うならそうなんだろうね」
 家は変わらず隣同士、適当に会話を続けながら徒歩十分のところにある最寄りの駅へ向かう。
 毎日顔を合わせていて話すことはなくならないのか、と母親から聞かれたことがある。
 話すことがなくても、祐希となら無言の時間すら心地良いから問題ない。
 そう答えた時、呆れているのかわからない笑い声を返された。
「祐希」
「ん? どした、怜斗」
「いや、なんでもない」
「……そっかー。なんかあったらいつでもなんでも言ってね!」
 無邪気に笑う祐希に、怜斗の心は苦しくなる。
 果たして祐希と怜斗の心は、同じなのだろうか。
 そう疑問に思っても、祐希に聞くことなどできない。
 違っていたとき、どうすればいいのかわからないだろうから。
 この友情の先を、まだ、見たくないのだ。
 かけがえのない唯一と言っていいだろう友達を、心友を、親友を、幼馴染と離れるなど考えたくもない。

          ***

 いつも静かで、隣にいることが心地好い。
 冷静に物事を捉えられて、誰よりも先を見ている。
 冷たい印象を受ける彼の瞳が、嬉しそうに、楽しそうに細められると心が踊る。
 白くキレイな彼の手はややひんやりとしていて、意外と骨張った大きな手で驚く。
 落ち着いた声が、心を蕩けさせる。
 数センチ高い彼の膝に乗ったときは、いつもより至近距離で見つめられて心が早鐘を打った。
 時折一緒になってふざけて、時折縋るように甘えて、時折泣き虫になって。
 堪らなく愛おしくて、大好きで、かっこいい。
 それでいて、誰よりもかわいい大切なトモダチ。
「唯一無二の存在」
 それが祐希にとっての、怜斗だった。
 だから、これでいい。
 物心着いたときから傍にいてくれたから、怜斗は祐希の一部のような存在なのだ。
 幼稚園では常に二人きりで、殆ど誰かと関わりを持つことがなかった。
 小学校や中学校では、クラスが違っても毎日顔を合わせて話すことも容易だった。
 高校の志望校を合わせることも、祐希にはわけなかった。
 同じクラスになって、運命だと信じた。
 そうして、強く想うようになった。
 これからもずっと、怜斗と二人きりがいい。
 祐希は二人ぼっちの、カゴの中を望んでいる。
 それが一方的なものであっても、優しい彼のことだ、最後には必ず赦してくれるだろうから。
 

7/21/2024, 3:18:45 PM

《今一番欲しいもの》

「大好きな、愛しいあなたの声……とかかな」

 そう嘯いた彼は、電話を、また掛けた。
 トゥルルルル、トゥルルルル。
 規則的なコール音に耳を傾けながら言葉を紡いでいく姿は、月下の世界でどこか儚げに映る。
「そうだな、この前失敗した話を話すから、それに笑い声を立ててくれたらいいや」
 トゥルルルル、トゥルルルル。
 一人静かに公園のベンチに、夜でも暑いこの季節に、水のひとつも持たずに座っている彼。
「ああ、笑わなくってもいいんだけど。ただ声が聞きたくなったからさ」
 トゥルルルル、トゥルルルル。
 繰り返されるコール音に、飽きれるほど聞いた音に彼は声を続ける。
「……だからさ、いつか」
 何度目のコールでだろうか、おかけになった電話番号は……という自動音声に変わる。
 彼は、ため息を零す。
「声を聞かせてくれよ、なあ」
 真っ暗なスマートフォンの画面は声を立てない。

 親友の声は——想い人の声は、二度と聞こえない。

7/20/2024, 8:20:44 AM

《私だけ》《視線の先には》

 君は誰にでも優しい、あたたかな人だった。
 だからこそ、誰にでも愛されたし、誰でも愛すことのできたんだろうと思う。
 ただ、勿体ないことに、君は誰の気持ちも悟ることができてしまって、慮ることも、解ることもできてしまった。
 だから、何をすることもできていなかったんだよ。
 皮肉? ああ、そうかも知れないね。
 だって、誰からも愛されるということは、誰からも愛されないことときっと同義だから。
 それに気付けたのは、君が襲われてから。
 昨日の話だよ、本当に、呆れるよね。
 怨恨からの事件だったんだって?
 今思うと、動揺しすぎてて笑っちゃうけど。

『うそ、ひどい、さした、どうして、ああ、だれが、じょうだんだよね、いやだ、ねえ、なんで、君は、だれに、君を、さされたって、君が』

 脳裏に浮かんだ言葉は、ただ思考を滑って行くだけで取り留めもなかったし、生産性も何もなかった。
 それくらいびっくりしたんだよ?
 でも、そうだな、うん。
 割と仕方ない状況だったんでしょう、聞いたよ、お医者さんじゃなくてご両親から。
 ほら、守秘義務? ってやつがあるから言えないらしくってさ。
 暗かったんだよね? でもって周りに誰もいなくて、そこで襲われたんだって?
 でも良かったよね、発見して通報と救急車を呼んでくれたサラリーマンがいて。
 感謝しないとだよ、本当に。
 ま、目を覚まさない君に代わってご両親と一緒にお礼は言っておいたからいいよね。
 ねぇ、君はさ、刺された時どう思ったの?
 自業自得だって思ったのか、それとも、どうしてあなたがっていう失意の中で刺されてたのか気になるなあ。
 いや、君のことを心配してないからこんなことを聞いている訳じゃなくて、寧ろ心配だからこそ聞いてるんだよ。
 だって、答える為に目を開けてくれるかも知れないじゃない、なんてね。
 まあ、それは置いといてだよね。
 泣かないよ、泣くだけが死を悼む行為ではないし、それはご両親の特権だと思ってるから。
 うーん、そろそろ日も暮れてきたからね、もう帰らないとだ。
 そうだな、また会いに来るよ。
 今度会ったときは、目を覚ましててくれるといいな。
 またね、ダーリン。

    ✿.•¨•.¸¸.•¨•.¸¸❀✿❀.•¨•.¸¸.•¨•.✿

「またね、ダーリン」
 そう言って彼女は立ち上がる。
 最後にそっと真新しい花を撫でて、石の上にある、彼の大好きだったチョコレートをハンカチで包んで鞄に入れた。
 沢山の四角い石に囲まれながら砂利道を歩いて、また、雑草の生える道を進んで低いフェンスを飛び越えた。
 本日、725回目にして初めて気が付いた、大通りまでの近道なのである。
 そうして彼女は日常へと——自然と流れている時の流れへと、帰るのだ。
 彼女だけが、この場所に囚われているのやも知れない。
 低いフェンスには、ある看板が掲げられていた。
 ——これより、◯◯霊園。
 彼女の視線の先には、きっと、在りし日の「君」がいたのだろう。

7/17/2024, 8:56:13 AM

《空を見上げて心に思ったこと》

 きっと、今も同じ場所にいたならば。大好きな彼女が傍に居てくれたんだろうな。
 雨の日は、外で遊べないからね。

7/15/2024, 2:02:37 PM

《手を取り合って》

 国の中央に位置する水上の監獄。
 犯罪都市、ルキストン。
 年間数万件に及ぶ事件の殆どが解決に導かれている功績の所以は、この地で制裁を下す警察の存在に他ならないだろう。
 ルキストン本部に所属する警察官らは、他の都市に勤務する者達とは格が違う。警察内でも、上位数%の実力者のみが所属しているのだ。
 その理由は、単純に警察官の数が多ければ犯罪を取り締まれる、という訳ではないからだ。
 ギャングからの脅しに屈しない心の強靭さ、手に入る金額だけで状況を判断しない冷静さ、市民を守る強い意志。
 強欲にはならず、されど貪欲になれ。
 そんな掟がまことしやかに囁かれる警察本部の駐車場に、その男の姿はあった。
 青みがかった黒髪はやや長く、切るのが面倒で伸びたままになっている、といった風だ。空色の瞳は月を映す。
「……行くか」
 警察官の制服に身を包んだ男は、愛車のパトカーを起こし事件現場へと急行した。
 十分もあれば停車している二台のパトカーが見えた。近くに停め、弾倉の残りを確認しながら人だかりの方へ向かう。
「……あっ、来て下さったんですか、クロウ先輩!」
「おー……立て籠りだって?」
 男は——クロウは、後輩から事件の概要を聞くことにした。立て篭りということ以外、これと言って情報を得ていないのだ。
 要約すると、こうだった。
 犯人は三人の少数グループ。
 銀行泥棒をしようとしたが、金庫破りの途中で役員に見つかった。咄嗟に威嚇用に手にしていた拳銃で射殺。銃声で警察に通報されたが、泥棒未遂ではなく殺人として捕まることを恐れた。
 結果、こうして三十分程立て篭っているらしい。
「中に役員含め市民は何人いるんだ?」
「十二人です。そのうち役員は七人です」
「んー……多いなぁ。俺以降応援は来ないだろうし、現場の五人で何とか……なるな、うん」
 酷い時は二人で事件に当たることもあるのだ、寧ろ今は味方が多い。
 事件発生から一時間も経っていないし、人質の命も多くが無事だろう。
「っていうか、詳しくないか? 咄嗟に殺したとか、なんでわかってるんだよ」
「犯人が叫んでました。殺す筈じゃなかったんだ、と仲間にでも言っていたんですかね」
「間抜けな奴等だな……」
 計画性のなさに呆れ、クロウは銃弾を装填する。
「突撃しますか?」
「表に二人、裏に二人まわってくれ」
「先輩はどうするんですか」
「俺は上から」
 怪訝な表情を隠そうともしない後輩に背を向け、クロウは銀行の裏手へとまわった。
 そのまま壁を蹴って跳躍し、屋上に着地。
 衝撃を殺したからか、足元で鈍い音が鳴るが無視して立ち上がる。
 後輩が指示通り動いている様子を確認してしゃがみ、手近かにある窓を開けた。
 外からでも開けられる窓でなければ割るつもりだったのだが、その手間がなくて良かった。
 難なく暗い屋内に侵入し、壁を背に拳銃を構え周囲の安全を確認する。
 どうやら職員の更衣室のようだ。
 周囲に人の気配は感じられない為、クロウは躊躇なく扉を開く。
 廊下は明るく、声のする方へ進めば犯人らと思しき会話が行き止まりの扉越しに聞こえてきた。
「……どうすればいいんだよ、なぁ!?」
「うるせぇなぁ、わかるかよ!」
「元はと言えばお前が……!!」
 誤射による射殺で仲違いをしているようだ。
 周囲への警戒が緩んでいるだろう今が好機と見て、銃を一度下ろし、通信機を付ける。
「——こちらクロウ。準備はできたか?」
「行けます」
「はい」
「できました」
「こちらも」
 四人からは気持ちのいい返事だ。
「俺の合図で行くぞ…………三、二、一、GO!」
 合図とともにクロウは扉を開け、拳銃を向ける。
 予測していた通りそこには、犯人らしき三人の覆面と一箇所に集まっている市民の姿があった。クロウが開けた扉の傍にも、七人の役員が声を殺している。
 全員で同時に突撃する理由は簡単だ。
 状況にもよるが、人質の生存率を上げる為。
 殺人に後ろ向きな犯人のことだ、咄嗟に出れば射撃もしてこないだろうと見越しての行動だった。
「武器を捨てて投降しろ!!」
 クロウがそう言うと、慌てて犯人らは逃げ出した。
 人質をとろうにも、先に表から侵入した警察官二人が銃を構えて待っている。また、役員側にはクロウがいてどうしようもない。
 となれば裏口から逃げ出すだろうが、
「武器を捨てろ!」
「逃げ道はないぞ!」
 先に待っていた裏口から侵入した二人が、その行く手を阻んだ。
 クロウの読みが当たったのだ。
 動揺に身を強ばらせる犯人らを背後から捕縛するなど、難しくなかった。
 結果的に犯人らは、再度銃を撃つこともなく捕まった。
 最初に殺された役員以外、かすり傷ひとつなく事件は幕を閉じたのだった。
「クロウ先輩、流石です! 先輩がいると死傷者数が圧倒的に少ないの、本当に凄いです!」
 人質となっていた市民や役員を解放した後、クロウの後輩は興奮冷めやらぬ様子でそう言った。
 まだルキストンに来て二ヶ月だったか、新鮮な目のままだ。
「たまたまだろ。……それに今回俺は何も特別なことはしてない。ただ突撃しただけ、そうだろ?」
「先輩があっちの方向から来なかったら今頃、役員の誰かは人質となっていたでしょうから」
 たまたまそこに役員がいただけだ。
 幸運だった、とクロウは残して、後輩に後処理を任せて現場を離れた。
 車を走らせること三十分。
 犯罪都市らしく薬の漂う路地近くに、クロウはパトカーを停める。
 積んでいた黒いコートを制服の上から羽織り、路地へと入っていく。
 十数歩進んだ所で、ドラム缶の上に座る男と目が合った。
 鴉のような黒い髪、濁っているものの美しさを感じる翡翠の瞳。右目にある泣きぼくろが特徴的な彼は、ニヤリと口元を歪ませる。
「犯人、捕まえたんだろ? おめでとさん」
「祝福してくれるのか、ありがとうな」
 意味のない会話に乾いた声を返し、クロウは煙草を取り出す。
 ライターで火をつける。
「オレに感謝とかねぇの?」
「……まぁ、そうだな。オウルのお陰でいつ事件が起こるかわかったからな」
 オウルと呼ばれた男は、クロウに無言で手を出した。
 情報の対価を求めているのだろうか。
「えーっと……この煙草、美味いからやるよ」
「はぁ? その程度の感謝なのか?」
 そう文句を言いながらもクロウから煙草を受け取って、オウルは口に咥えた。
「んじゃ、火も貰ってくぜ」
「ライター出すから待っ——」
 クロウの返事も待たず、その口にある煙草の先と自身の口にある煙草の先とを押し付け、火をつける。
 少し呆気にとられたクロウだったが、取り出しかけたライターを仕舞う。
「……煙草一本は冗談だ。また金は渡す」
「そりゃそうだろ!」
 満足気に吸ったオウルは、しかしして、やや不満げに煙を吐く。
「この汚職警察官がよぉ」
「お望みなら、いつでも捕まえてやるぞ?」
「はっ……!」
 ごちそーさま、と適当に言うとオウルは立ち上がった。
 煙を燻らせながら、闇に消える様子をクロウは眺め、ため息と煙を吐き出す。
「……あの野郎とシガーキスして、何が楽しいんだよ」
 大方嫌がらせだろうが、クロウはそれでもオウルを頼らない訳には行かなかった。
 犯罪都市で犯罪の検挙率が高い理由。
 それは、犯罪者の中に一定数協力者を持つ警察官が多いからである。
 情報という価値の決めきれないモノを間に置く関係性は、やや歪なものだ。
 ある者は愛を対価とし、ある者は金を対価として警察官側に要求したりする。
 オウルは後者の男だ。
 だからこそ、相手が犯罪者とわかっていてもこの関係を切れないのだ。
 犯罪者とも手を取り合って行かねば、事件の殆どが警察の手から零れてしまうだろうから。
「……でもまあ、横領とかバレないからいいけどな」
 その金で犯罪者と繋がっている警察官の、なんと多い都市なのだろう。
 皮肉にも、ここ、ルキストンは警察官の犯罪も共に多い都市だろう。
 そんなことを考えながら、クロウは愛車の元へと戻る。
 オウルと会う時だけ着るコートを脱ぎ捨て、また、警察本部へと車を走らせた。
 犯罪都市はまだ、眠らないのだから。

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