《今一番欲しいもの》
「大好きな、愛しいあなたの声……とかかな」
そう嘯いた彼は、電話を、また掛けた。
トゥルルルル、トゥルルルル。
規則的なコール音に耳を傾けながら言葉を紡いでいく姿は、月下の世界でどこか儚げに映る。
「そうだな、この前失敗した話を話すから、それに笑い声を立ててくれたらいいや」
トゥルルルル、トゥルルルル。
一人静かに公園のベンチに、夜でも暑いこの季節に、水のひとつも持たずに座っている彼。
「ああ、笑わなくってもいいんだけど。ただ声が聞きたくなったからさ」
トゥルルルル、トゥルルルル。
繰り返されるコール音に、飽きれるほど聞いた音に彼は声を続ける。
「……だからさ、いつか」
何度目のコールでだろうか、おかけになった電話番号は……という自動音声に変わる。
彼は、ため息を零す。
「声を聞かせてくれよ、なあ」
真っ暗なスマートフォンの画面は声を立てない。
親友の声は——想い人の声は、二度と聞こえない。
7/21/2024, 3:18:45 PM