《私だけ》《視線の先には》
君は誰にでも優しい、あたたかな人だった。
だからこそ、誰にでも愛されたし、誰でも愛すことのできたんだろうと思う。
ただ、勿体ないことに、君は誰の気持ちも悟ることができてしまって、慮ることも、解ることもできてしまった。
だから、何をすることもできていなかったんだよ。
皮肉? ああ、そうかも知れないね。
だって、誰からも愛されるということは、誰からも愛されないことときっと同義だから。
それに気付けたのは、君が襲われてから。
昨日の話だよ、本当に、呆れるよね。
怨恨からの事件だったんだって?
今思うと、動揺しすぎてて笑っちゃうけど。
『うそ、ひどい、さした、どうして、ああ、だれが、じょうだんだよね、いやだ、ねえ、なんで、君は、だれに、君を、さされたって、君が』
脳裏に浮かんだ言葉は、ただ思考を滑って行くだけで取り留めもなかったし、生産性も何もなかった。
それくらいびっくりしたんだよ?
でも、そうだな、うん。
割と仕方ない状況だったんでしょう、聞いたよ、お医者さんじゃなくてご両親から。
ほら、守秘義務? ってやつがあるから言えないらしくってさ。
暗かったんだよね? でもって周りに誰もいなくて、そこで襲われたんだって?
でも良かったよね、発見して通報と救急車を呼んでくれたサラリーマンがいて。
感謝しないとだよ、本当に。
ま、目を覚まさない君に代わってご両親と一緒にお礼は言っておいたからいいよね。
ねぇ、君はさ、刺された時どう思ったの?
自業自得だって思ったのか、それとも、どうしてあなたがっていう失意の中で刺されてたのか気になるなあ。
いや、君のことを心配してないからこんなことを聞いている訳じゃなくて、寧ろ心配だからこそ聞いてるんだよ。
だって、答える為に目を開けてくれるかも知れないじゃない、なんてね。
まあ、それは置いといてだよね。
泣かないよ、泣くだけが死を悼む行為ではないし、それはご両親の特権だと思ってるから。
うーん、そろそろ日も暮れてきたからね、もう帰らないとだ。
そうだな、また会いに来るよ。
今度会ったときは、目を覚ましててくれるといいな。
またね、ダーリン。
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「またね、ダーリン」
そう言って彼女は立ち上がる。
最後にそっと真新しい花を撫でて、石の上にある、彼の大好きだったチョコレートをハンカチで包んで鞄に入れた。
沢山の四角い石に囲まれながら砂利道を歩いて、また、雑草の生える道を進んで低いフェンスを飛び越えた。
本日、725回目にして初めて気が付いた、大通りまでの近道なのである。
そうして彼女は日常へと——自然と流れている時の流れへと、帰るのだ。
彼女だけが、この場所に囚われているのやも知れない。
低いフェンスには、ある看板が掲げられていた。
——これより、◯◯霊園。
彼女の視線の先には、きっと、在りし日の「君」がいたのだろう。
7/20/2024, 8:20:44 AM