《これまでずっと》
あの日、私の彩の無い世界は壊れた。
屋上で出会ってしまったから。
——フウカ。
それが、破壊神の名前だった。
幼少期から、友達というものが殆どなかった。
それでも、ずっと同じだったから、不思議と悲しくもなかった。
淋しくともなかったし、寧ろ一人遊びは好きだった。
誰も私を傷付けない世界。
矛盾など存在せず、ただあたたかで優しい世界。
それが私を満たしていた。
なのに、たった十七年でその世界は終わりを知る。
「ここで何してるの?」
放課後、立ち入り禁止のテープの剥がれた屋上へと続く扉を開いたのは、髪を二つに結んだ彼女。
彼女はフウカと言った。
そして、彼女は私の友達となった。
後から知ったことだが、フウカは向かいの棟の教室で、同学年の生徒だった。
廊下ですれ違っても、私たちは会話をしない。
挨拶も、目を合わせることさえしない。
「暇なの? また空なんか眺めて」
「だったら、話し相手にでもなれば」
放課後、約束もせずに出会えた時だけ、声を交わすのだ。
きっと少し変わっている関係性。
それでも、丁度いい距離感だった。
そんなフウカと過ごす日々が、特別だった。
一年経って、フウカは突然現れなくなった。
そして私の世界はまた、彩をなくした。
けれど、戻っただけだ。
「これまでずっと、独りだったじゃないの」
私は涙が出る理由がわからなくて、ひたすらに目を擦った。
そして、認めた。
フウカは、たった一年の付き合いで、私の世界を壊したんだと思っていた。
でもそうじゃない。
フウカは、破壊神なんかじゃない。
「私を孤独な世界から、救ってくれたんだ……」
救世主なんだろうね。
今更、そう思う。
《七夕》
愚かな女。
愚かな男。
恋に溺れた、愚かな結末。
慈悲を零されたが故に、尚更その愚かさは強調されているのだろうか。
慈悲が故に、その苦しみはより一層募るばかりか。
ロマンティックに捉える誰かも。
嘲笑う誰かも。
今宵一つの、出遭いとなるか。
ディスティニーか、フェイトか。
《この道の先に》
迷ってばかりで。
答えなんて分からなくて。
それでも。
僕は信じている。
大丈夫だと、言ってくれた人がいて。
なんとかなると、励ましてくれた人がいて。
頑張ってみようと思わせてくれた人がいて。
僕は、大切な言葉を知った。
僕は、大切な想いを貰った。
だから。
せめて、格好付けられるくらいには。
頑張ってみたいんだ。
がむしゃらに頑張ったことはあるか。
他の何をも犠牲にしたことはあるか。
時間を捧げるだけ、捧げたことはあるか。
そう自分に問うたときに答えはでた。
否。
一度もない。
ならば、やってみようと思えた。
音が、声が、文字が。
物語が、文章が、表情が。
今の僕に与えてくれたものは沢山あるのだから。
わからなくなっても。
失わないで居られた理由があるのだから。
この先の道から見える景色は、きっと。
僕にとって最高の景色なんだろう。
そう成るように。
そう在るように。
僕は僕を信じて、進みたい。
病んでもいい。
挫けてもいい。
傷ついたって。
なんでもいい。
それが、僕の選んだ道だと。
そう、胸を張って言えるようになれれば。
正しさなんて要らない。
僕が認められる僕で在ればいい。
この道の先に、僕は。
全力で生き続ける自身の姿を、望みたい。
……そう思いながら、涙が出るのはどうしてだろ。
《夏》
夏祭り。
アイス。
風鈴。
スイカ割り。
花火。
海。
蚊取り線香。
かき氷。
暑さ。
扇風機。
その全てに、君がいた。
譬えばハンバーグの付け合せの野菜の様に。
当然にして、馴染んで、そこに君はいた。
だけど。
そこだけ。
たった100日の世界にだけだ。
毎日シャッターを切っても、100枚で尽きてしまう。
それっぽっちの時間に、景色に、君はいた。
「林檎飴って最後に買うものじゃないの、普通」
やっぱり硬いって、笑って。
「流石に直ぐ溶けちゃうね、美味しいけど」
早くないって、笑って。
「チリーンってこの音、涼やかで好きなんだよね」
わかるいいよねって、笑って。
「もうちょっと前かな、いや、後ろ……?」
下手じゃんって、笑って。
「この音って笛の音らしいよ、花火師さんの」
風情がないなあって、笑って。
「うわ、しょっぱい! 水、掛けないでよ」
仕返しだって、笑って。
「この線香の香り、なんだかんだ好きだよね」
落ち着くよねって、笑って。
「冷たっ! え、こんな味だったっけ、美味っ」
もう無いじゃんって、笑って。
「いや、外歩くだけで疲れるよ。家に篭ってたい」
疲れるよねって、笑って。
「ああぁ〜……ってする人いるけど、君もかよ」
嗚呼一緒だねって、笑って。
それで良かったのに。
君のいる景色が、日々が。
その世界だけが。
夏だった。
想い出になった世界が。
夏の、全てだった。
だけど。
「いい? 夏は、楽しむ季節だからね!」
向日葵が咲いたみたいな君の表情が。
「私がいない夏だって、楽しんでよ」
淋しそうに、惜しんで見えた君の表情が。
「約束! 絶対絶対の約束!」
それでも励まそうとしてくれる君の声が。
「夏は、私だけじゃないから。みんなと楽しんで!」
君との日々を、夏の総てにした。
全てじゃなくなったことを、君は笑って。
赦してくれるだろうか。
……褒めてくれるんだろうな。
完全に君とのものだった季節。
少し他のモノとの季節になって。
それでも、存在し続ける季節が。
——夏。
《繊細な花》
野花ほど、その言葉の似合うものはないだろう。
何故って、理由は簡単。
道端に咲いている小さな花なんぞ、人が一瞬で踏み荒らすことができる。
摘んでしまえば尚更、一瞬にして世界から『野花がそこに咲いている』という事実を消し去る事ができる。
誰かの何気ない行動で花弁を散らす、その繊細さは言うまでもない気がするのだ。
けれど、繊細なだけかと言われればそうでもない。
寧ろ、強かな花であるとも言えるだろう。
また、か弱い少女というのもまた、それと似ている。
細腕で思わぬ剛力を発揮するやもしれない。
つまりは、繊細に見えるだけの花もそうでない面を持ち合わせている、と思うのだ。
「今回の話はまあまあね」
「お気に召されませんでしたか……」
「まあまあ、と言ったのよ。聞こえなかったかしら?」
「申し訳ありません、陛下」
「次はきっと、面白い話であって頂戴ね」
「……必ずや」
「語り部」
「はい? いかがなさいましたか、陛下」
「楽しみにしているわ」
「……ありがたきお言葉」
知を、想いを、好む不可思議な女王が居る。
その噂の真偽や、如何に。