《優しくしないで》
みんなが僕を可哀想だと口々に言う。
僕は、可哀想なんかじゃないのに。
僕が僕を可哀想にしている、だなんて言い掛かりもやめてくれ。
僕は嫌なんだ、そうやって言われることも。
だからって理由で優しくしてくれる、誰も彼も。
何が可哀想なの?
僕の目の前で両親が殺されたこと?
僕の目の前にいたのに、両親を助けられなかったこと?
僕の目の前で死んだ両親のこと?
何が、誰が、可哀想なの?
それが僕は分からなくなる。
そうして与えられる優しさは、腫れ物に触るみたいで、何処か他人事で素っ気ない。
それを、ずっと与えられなきゃいけないのか。
誰かの自己満足を満たす為なのか。
僕の渇きを癒す為だとか、そんな御託は要らない。
だってそうだろう。
「君も、僕が『可哀想だから』優しくしてくれてるんだろ」
だから。
もう、要らない。
「優しくしないでよ! 僕は両親を見殺しにした——ただ勇気の出なかっただけの、子供なのに」
せめて君くらいは、僕に同情しないで、優しくしないでいてほしかった。
「何言ってるんだ? そんなことはどうだっていい。ただ俺が、お前を好きだから優しくするんだよ」
そう言って君は呆れて。
「……ああそうか」
僕は僕自身で、優しさを同情の証だと決め付けていたんだ。
そうして、自分自身で『可哀想な子供』に貶めていのか。
「……こんな僕なんかに、優しくしないでね」
君の優しさに、気付けなかった僕なんかに。
《楽園》
やりたいことが見つからない。
あれもこれも楽しいけれど、本当にずっと追いたいのかと聞かれれば違う。
絵も。歌も。劇も。創作も。
楽しいだけで、今後夢に変わるものではない。
そんな私は、そんな私には何が最高と思えるのだろう。
どこへも行けない思いを持て余して、どこにも行けないまま。
人としての欲求を枯らして生きる意味は。
その人生の先に、楽園は拡がっているのか。
わからない。
わからないが、信じていればたどり着けるのではないだろうか。
楽園とはそういうものでないのか。
誰か、教えてくれ。
そう、僕は、言葉を波に放った。
《善悪》《生きる意味》《刹那》
それを定めるのは、いつの時代も人だ。
神が定めたからでも無く、法が定めたからでも無い。
「殺人は善いことだ」
そう神が言ったとて、それをそのまま受け入れる人もいれば、否定する人もいるだろう。
それはそうだろう。
命を奪われるのは、人々であっても神々ではない。当事者になることすらない神がそう言っても、人はその決断を嗤う。
お前は何も知らないな、殺される人の気持ちがわからないからそう言えるのだ、と。
「お前は間違っている、殺人は罪であり悪しきことだ」
そう人は神を否定して、結局のところ善悪を自ら定めるに至るのだ。
法で殺人を善としたとて、同じことが起こるだろう。
法を定義した者は実際にそんな環境に至ったことがないからそう言えるのだ、と人々はそう考える筈だ。そうなれば矢張り、人によって殺人を悪とされるのではないだろうか。
生きる意味もまた、それと似たことだ。
誰かがその生を求めるが故に、生きる意味は生まれる。
その生を認めるが故に、生きることができる。
「お前なんていなくなってしまえ」
その言葉一つで死を望んでしまう人もいるだろうし、そんな言葉なぞ知ったことかと無視する人もいる。
つまりはそういう事なのだ。
たったその時に世界に発された言葉が、誰かの生の在り方を変えてしまうこともある。その一方で、たったその時の言葉なだけだとして生の在り方の変わらないこともある。
一刹那の気の有り様で人は変わることも選べるし、変わらないことも選べるのだ。
善悪というのもそれと似ているのではないだろうか。
そんなことを、夜眠る前に思うことがある。
《ルール》
悪魔には破ってはいけない禁忌がある。
対価のない願いの成就や、契約者のいない時に『野良悪魔』と呼ばれる者達の実力の行使など、複数存在する。
そんな中で生きる悪魔とは、果たして自由なものか。
神話にあるように、神々までもを誑かした存在なのだろうか。
神父は時折、聖典を開いてそう思うのだ。
聖都、シュヴァルデンの中央にある聖教会は聖都のどこからでも望む事ができる大きな教会だ。
また、聖都は聖教会の本山とも言える場所だ、そこで働いている誰よりも力のある神父と言えよう。
神父——イーオンはただ、疑問を深めるばかりである。
「……悪魔とは、神々を堕落させし唯一無二の天界の汚点である? 聖典は嘘ばかりですね」
そうは思わないか、とイーオンが振り返ると、そこには黒に染った男が一人。
「……悪魔よりも、それが似合うのは人であろうが」
聖教会の象徴たる十字架に、杭で打たれた四肢から血を流し続ける男はそう言った。
「おやおや、久しぶりに話したかと思えば面白いことを仰いますね。貴方がそれを言うんですか」
「フン、そっくりそのままお返ししよう」
人好きのする笑みを浮かべたイーオンは、男の前に立つ。
おもむろに手を伸ばし、杭を捻った。
「——ッ、く……っ、ぁ……!!」
血が酷く滴り、男は歯を食いしばって声を殺した。それでも、抑え切ることなど到底できなかった苦痛の声が漏れる。
「でもね、私思うんですよ。例えば悪魔とは、天界の汚点ではなく……契約のある限り死なない存在だと」
「……ふ、ふはははは! そんな訳が無いだろう! 悪魔とは永く命があるだけの種よ」
「そうでしょうか? ……いえ、貴方の言う通りかもしれませんね」
不敵——男にとってはそう見えた——に笑って、イーオンは言う。
「けれど、こうして十字架に杭で打たれ、血を流しながらも貴方は五千もの夜を過ごしている。それだけで十分だとは思いませんか?」
「……何が言いたい、神父如きが」
「悪魔とは、かくも愚かな者ということですよ。そして狡猾で長寿な種だと」
イーオンはただ、嗤う。
「気付かないとは中々、貴方も堕ちたものだ。いや、悪魔には昇ったという方が正しいのか」
「——まさか、」
「抵触してはならない禁忌の一つ、己より高位な悪魔の領域を犯してはならない」
男の目の前で、神父としての仮面をゆっくりと外す。
その瞳は、人に有るまじき金色の瞳だ。
「お、お許しくだッ——」
「聞かなければ、気付かずに生きていられたものを」
禁忌に抵触したものを罰するのは、高位の悪魔の仕事であり——悪魔を滅するのは神父の仕事だ。
こうしてまた、イーオンは——永遠の名を有する悪魔は教会で禁忌を諭すのだった。
《たとえ間違いだったとしても》
「どうしてその女を庇う……!? わかっているだろう、これは命令だ、」
「はぁ〜?」
それがどうしたのさ、俺は。
「——“正義の味方”じゃないんだよ?」
力はあっても、お前らの為に使うと思うな。
大切な人は、あんたじゃない。
「この際だから教えてあげるけどね、俺はあんたら如きの命令に従ってあげてた訳じゃないの。ただ、彼女が一緒にやろうって言うからやってるだけ」
肩を竦めてみせると相手は、理解ができない、とでも言うかのように頭を振った。
「いい? よく聞け」
一息吸って、声を張る。
「この世界で一番大切なのは彼女なの。二番目が親友で、三番目が友達で……でも何よりも大切な彼女の為なら、俺は他の全てを捨てられる。邪魔をするなら斬って捨てる」
にこりと笑って、腕の中で気絶している彼女の髪を一房掬う。
口付けを落として、上着の上に寝かせる。
「つまりお前達も、邪魔で、俺が斬って捨てるべき雑魚なんだよ。わかった?」
「……っ、ふざけるな! そんな道理が通るとでも思っているのか!!」
「通るわけないじゃん、通すんだよ? もしかして馬鹿なのかな?」
「このっ、」
話しながら接近し、何事か口を開こうとしたその頭ごと剣で縦に裂く。
血飛沫が舞うが、既にそこからは離脱しているので問題ない。
「雑魚は雑魚らしくさっさと退場しな」
笑みをしまって、俺は剣を振るった。
当然、彼女に血が掛からない場所で、だ。
たかが五十六人で、俺に勝てるとでも思っていたのだろうか。
「……起きてよ、眠り姫」
当然返り血も浴びていないし、怪我もしていないから俺は彼女を抱き起こす。
ぴくりと瞼が動いて、その瞳が俺を映す。
「——……ん……あら? ごめんなさい、少し寝ていたみたいね」
「気にしないでいいよ、あーちゃん」
「……リク、申し訳ないのだけど運んでくれるかしら? 足が動かなくて」
「お易い御用だよ、お姫様」
彼女がいる限り、俺は大丈夫。
「……たとえ間違いだったとしても、俺は、君の為に生きるから」
「何言ってるのよ、わたしが、あなたの選んだ道を間違いになんてしないわ」
「……俺よりかっこいいわ」
お互いに笑って、そのまま血溜まりから反対方向に足を進める。
彼女の目に、映らぬように。
たとえ知っていても、俺は、いや——誰だって好きな人にはかっこつけたいから。
「……愛してるよ、あーちゃん」
「私もよ、リク」
俺の最高の彼女が歩む道はきっと、正しいだろう。
その光の道を、歩いて生きたい。