《たとえ間違いだったとしても》
「どうしてその女を庇う……!? わかっているだろう、これは命令だ、」
「はぁ〜?」
それがどうしたのさ、俺は。
「——“正義の味方”じゃないんだよ?」
力はあっても、お前らの為に使うと思うな。
大切な人は、あんたじゃない。
「この際だから教えてあげるけどね、俺はあんたら如きの命令に従ってあげてた訳じゃないの。ただ、彼女が一緒にやろうって言うからやってるだけ」
肩を竦めてみせると相手は、理解ができない、とでも言うかのように頭を振った。
「いい? よく聞け」
一息吸って、声を張る。
「この世界で一番大切なのは彼女なの。二番目が親友で、三番目が友達で……でも何よりも大切な彼女の為なら、俺は他の全てを捨てられる。邪魔をするなら斬って捨てる」
にこりと笑って、腕の中で気絶している彼女の髪を一房掬う。
口付けを落として、上着の上に寝かせる。
「つまりお前達も、邪魔で、俺が斬って捨てるべき雑魚なんだよ。わかった?」
「……っ、ふざけるな! そんな道理が通るとでも思っているのか!!」
「通るわけないじゃん、通すんだよ? もしかして馬鹿なのかな?」
「このっ、」
話しながら接近し、何事か口を開こうとしたその頭ごと剣で縦に裂く。
血飛沫が舞うが、既にそこからは離脱しているので問題ない。
「雑魚は雑魚らしくさっさと退場しな」
笑みをしまって、俺は剣を振るった。
当然、彼女に血が掛からない場所で、だ。
たかが五十六人で、俺に勝てるとでも思っていたのだろうか。
「……起きてよ、眠り姫」
当然返り血も浴びていないし、怪我もしていないから俺は彼女を抱き起こす。
ぴくりと瞼が動いて、その瞳が俺を映す。
「——……ん……あら? ごめんなさい、少し寝ていたみたいね」
「気にしないでいいよ、あーちゃん」
「……リク、申し訳ないのだけど運んでくれるかしら? 足が動かなくて」
「お易い御用だよ、お姫様」
彼女がいる限り、俺は大丈夫。
「……たとえ間違いだったとしても、俺は、君の為に生きるから」
「何言ってるのよ、わたしが、あなたの選んだ道を間違いになんてしないわ」
「……俺よりかっこいいわ」
お互いに笑って、そのまま血溜まりから反対方向に足を進める。
彼女の目に、映らぬように。
たとえ知っていても、俺は、いや——誰だって好きな人にはかっこつけたいから。
「……愛してるよ、あーちゃん」
「私もよ、リク」
俺の最高の彼女が歩む道はきっと、正しいだろう。
その光の道を、歩いて生きたい。
《何もいらない》
剣を振る度に呼吸が乱れ、姿勢が崩れる。
「はぁっ……はあ……ッ……!」
観客の声が五月蝿い。
その姿も全部、五月蝿い。
相手の剣とがぶつかって、金属音が嫌に響く。
——いなくなれ。黙れ。
苛立ちを隠せない自分に呆れすら抱きながら、そう、ふと思う。
すると、呼吸を重ねるにつれ、観客の姿が空に解けていく。
そういう感覚に陥っているだけだろうが、今はそれでよかった。
今度は、呼吸が邪魔だった。
自分の息が荒くて、それが鬱陶しい。
風の唸る音が呼吸の間に聴こえて、勘で攻撃を躱す。
また一合と切り結び、離れた。
——相手のも全部、邪魔だ。
繰り返される呼吸が、酷く煩わしい。
「はっ……はぁっ……ふー、ふッ……」
呼吸もまた、空に、解ける。
彼我の差は五メートルほどだろうか。
けれど、今はその距離すらも、いらない。
——これが最後だ。
剣先が動いて、自然に吸い寄せられる。
体も、まるでいらない。
何もいらない。
ただ一心にそこを斬るだけだ。
相手を殺す為の剣を。
「————」
果たして、彼の者の剣は相手に届いた。
無我のそれには、“生”の気配が感ぜられなかった。
それ故に、呼吸も置かず、瞬きもなく行動を起こせたのだろう。
「——ッはぁ、はあっ……はッ……!!」
大量の血飛沫を浴びて漸く、荒く呼吸を吐いた。
そうして彼は、後に剣聖として語られるまでに成るのだ。
誰かを殺すまで知れぬ境地など、知りたくもなかったろうが。
その境地こそが剣を殺し、生むのである。
《もしも未来を見れるなら》
窓枠に体を預け、少女は溜息を吐いた。
この国はどうなって往くのだろうか。
唯一無二の存在を喪ってしまえば、この国は崩壊してしまうのだろうか。
知りたいようで、知りたくない。
魔法使いという存在が世界を牛耳るようになって幾星霜、人々は彼らを畏れ敬ってきた。彼らを至上の者として扱ってきたのだ。
而して、時が経つにつれ畏れは変化を遂げた。
何故魔法使いよりも圧倒的に数の多い“ヒト”らが、彼らに媚びへつらうばかりなのか、と疑念に変わったのだ。
かつての魔法使い達は、その力を国やヒトの支配へと及ぼした。けれど、最近はどうだ、魔法を使ったところさえ見たことがないではないか、となったのだ。
それをきっかけにヒトらの疑念は畏怖の影で募り、やがて、一人の魔法使いが命を落とすまでに表面化されるようになった。
これ以降の歴史は、語る程のものでもない。
魔法使い達による、血祭りが始まったのだ。
国の何処を見ても血が流れており、断末魔が聞こえる。
後に魔法使い達の暴走として扱われるこの時代は、ヒトがヒトとして生きてはいけない時代であった。
だが、ヒトの歴史にとって地獄の時代は、ある男の存在によって終焉を迎える。
「ヒトは弱く脆い。だが、数多の同種を伴って何度も立ち上がる生き物だ。今こそ、我らの力を世界に示すときではないか」
そう唱えた男が一人、国の守護者となってヒトらの指導者となったのだ。
魔法使い達は彼を主軸としたヒトの群れを侮っていたが、気が付けば彼らによって魔法使いの数は減少していた。
一人二人と数は減って往く。
既に手を打つ時間もなく、魔法使い達は、狩られる側へと堕ちていたのだ。
これらの全てが、ヒトが覇者となる時代の黎明期となった。
けれど、魔法使いが全滅した訳ではない。
今度は国の守護者として、あるいは戦力としてヒトは彼らを囲うようになったのだ。
協力を拒む者には恐れを与え、死を与え、共に手を携える者には奇跡を与えろと。
それはヒトでも魔法使いでも同じだった。
時に同族を殺しながら、魔法使い達は各国で名を轟かせるに至った。
そんな存在の彼らがいなくなった世界とは、どのようなものか。
少女はそれを考えて、知ろうとしているのだ。
「もしも未来を見れるなら——」
ヒトも魔法使いも、幸せに過ごせる世界でありますように。
そう願って未来を見るだろう、と少女は思う。
もう二度と、仲間である筈の同族を殺したくはないのだから。
だが残念なことに、そんな魔法はない。
だから今日も、少女は一人で王城の塔の最上階に囚われているのだ。
《桜散る》《無色の世界》
世界の中心には、大きな桜の木が据えられていた。
樹齢千年は有ろうかという大樹だ。
それを取り囲む桜の木々は、それよりかは些か歳若い木である。それでも、何本も並ぶその様は一本の大樹に劣るとも限らない。
けれど、矢張り、気が付けば大樹に目が移るのだ。それほど美しく、魅せられる。
それだけに、大樹に咲いていた花が散ると、世界は色を喪った。
実際は、大樹の他に花は咲いているというのに。
「君がいなくちゃ、僕にとっては誰も同じだよ」
《届かぬ思い》
「これ、あんたにってさ」
手紙? なんだ、いつものか。
「酷いこと言うなぁ、本当に」
や、合ってるだろ。
「まー確かに……うん、そうだわ」
捨てといて、それ。
「せめて読め。返事はさておき」
面倒……じゃなくて、気まずいから。
「本音出てるし。はーいはい、渡せなかったって言っとけばいいんだろ」
お願いします。今度なんか奢る。
「んじゃ、それでいいよ」
ちなみにそれの差出人、誰?
「なんでそんなこと、」
聞いとかないと、会っちゃったら困るだろ。
「あー、うん」
なんだよ、友達?
「…………」
……そういう話か。なるほどなあ?
「ばーか」
見てやるよ、かせ。
「……私の入る隙なんて、ないね」