(注)長めです。展開が暗めです。
《変わらないものはない》
ずっと、変わらないと思っていたのに。
君だけは、ずっと俺の友達だと思っていたのに。
「お父さんを返してよ! この嘘吐き!!」
涙を伴った悲痛な叫びが、応接室に響き渡った。
どうして、そんなことを言うんだ。
そんな言葉が出かかったけど、ああそうか、彼女は結果しか知らないのだろうと思い口を噤んだ。
彼女の父親は商人で、売れ行きが伸びず生活に困っていた。そこで彼女と親しかった俺が、商品価値を上げる為家の名前を貸してやったのだ。
由緒正しき名家である俺の家は、彼女たち平民と違って貴族だ。そんな家のお墨付きの商人とあらば、誰だって買い付けをそこでしたいと思うだろう。
その狙いは正しかったと言えよう。
あらゆるものが、相場の倍以上の価格で飛ぶように売れたのだ。
だが、それを己の努力の結果だと勘違いした彼女の父親は驕ってしまった。
そして、商人仲間に恨みを買い続けた末に借金を妻と娘に残し失踪したという。
「……たしかに、君のお父さんが失踪した理由は俺の行動にある。感情論で、軽々しく一介の商人に家の名前を貸した俺が悪かった。でもな、しっかりやっていれば問題なかったんだ」
「何言ってるのよ! お父さんは、ずっと地道に頑張って——」
「じゃあなんで、ギャンブルに手を出したんだよ。挙句、借金を作って逃げ出したのはなんでだ。おかげでお前たちは二度と商いなんてできなくなったぞ」
「っ! それ、は」
身に余る権力を得て、おかしくなったのだろう。
持たざる者が力を急激に得て呑まれるというのは、よくある話だ。
「っでも、あなたがお父さんにやったくせに!」
「俺が? 何を」
「とぼけないで! 一生を掛けたって払えない額の借金を背負わせたのはあなたでしょ!? 助けるって言ったのに、嘘吐いて!」
冗談じゃない、俺が、借金を負わせただなんて。
道理で憎そうに俺を睨むなと納得するが、捏造も甚だしい。私財がギャンブルに溶けたからと商人仲間から少しずつ借金をして行った結果だろうに。
とはいえ、今更俺が真実を口にしたところで信じては貰えないだろう。
「……あなたのせいで、お母さんだってっ……!」
「待て、母親の死まで俺のせいにするのか」
「何その言い方! だってお父さんがいなくなったから、頑張って稼がないとって……それで体壊して、風邪を拗らせてっ……!! あなたのせいでしょ!!」
経緯は知らないが、母親が倒れたことは知っていた。家の者に見張らせていたからだ。
なるほどたしかに、間接的だが俺のせいかも知れない。だがここまで責められる謂れはない筈だ。
「俺が仕事を斡旋すると言ったのに、断ったのはそっちだろ。自業自得だ」
「当たり前でしょう!? 誰が、お父さんを追い詰めた奴から仕事を紹介するって言われて頷くのよ。危ない仕事に就かされるに決まってるわ!」
ここまで俺は信用がないのか。
何を言っても無駄だな、と判断した俺はソファから立ち上がる。
「もういい、出て行け」
「せめて謝って! お母さんのお墓の前で」
「俺は出て行けと言った筈だ、聞こえなかったのか」
喚く彼女を回収しに、使用人を呼ぶ。
扉の近くで待機していたのか、直ぐに現れた。
「いいか、よく聞け」
「うるさいっ! 嘘つきな奴の言葉なんて私は、」
「黙れ」
幼馴染で、仲の良かった唯一の少女の首を掴む。
腕は使用人に拘束されている為身動きが取れない彼女に、俺は笑んだ。
「お前の父親は愚かだったんだ。権力に呑まれ、金の亡者となりどこかで野垂れ死んでいるだろう」
漸く恐怖を覚えたのか、表情を強ばらせる彼女。
「お前の母親もまた、愚かだったんだ。俺の誘いに乗っていれば今頃、お前と幸せに暮らせたものを。俺の慈悲を蔑ろにしたのだから、死も当然だ」
怒りなど消え失せ、血の気が引いたその顔。
「そんな愚か者共の娘のお前に、俺が慈悲をくれてやろう」
腰を抜かして立っていられなくなったか、俺を見上げるその瞳に映るは絶望。
「今すぐここを出れば、命の保証と僅かだが金をくれてやろう」
一瞬映った希望は。
「だが、今後謝罪を求めたり俺と関わる様なことがあれば命はないと思え」
震え頷くことで成立した。
後のことは使用人に任せ、俺は手を離し応接室から立ち去る。
「国を出る資金と馬車の手配、追加で平均年収一年分の貨幣、借金返済、父親の捜索隊に増員をしろ」
すれ違い様に使用人に命令を下し、俺は自室へ戻った。ベッドに倒れ込む。
「きっついなぁ……これは……」
はは、と乾いた笑いが漏れるのも仕方がないだろう。まさか、そんなシナリオができあがっているとは思わなかったのだ。
使用人から、幼馴染の少女が俺に会わせろと言って聞かない、と聞いた時は何事かと思ったが。
真面目な彼女のことだ、聞いた話を鵜呑みにしてしまったのだろう。
「言い過ぎたかなぁ……言い過ぎたよなぁ……」
流石に言葉がきつかったかもしれない。
だが、ああでも言わないと俺が彼女を突き放せないのだ。国内にいると借金取りが来るだろうと見越して、早く国を出てもらう必要があるというのに。
「……でも、まあ。変わったのは俺かも知れないな」
昔の関係が、幼馴染だったのに。
今では、方や憎しみを募らせ。
方や、それに甘んじているのだ。
笑って過ごしてくれれば、それでいいのに。
変わらないものはないのだと、理解させられた。
《クリスマスの過ごし方》
——あなたとは、初めてのクリスマスね。
親友は、家族と過ごすと言っていた。
私も当然そのつもりだったのだが、両親から久しぶりに二人きりで過ごしたいと聞いたのだ。
元より姉は、彼氏と過ごすつもりだったのだとか。
だから、私は一人になるところだったのだが。
——あなたと出会えたから、二人きりね。
私が笑うと、それに合わせてか嬉しそうだ。
この温もりが傍にあってくれてよかった。
そう思う程度には、今日は寒い。
ホワイトクリスマス程ではないが空気も冷たい。
「さぁ、もう今日は寝ましょう?」
私が頬に手を伸ばすと、あなたは。
にゃあ、とかわいらしく鳴いた。
《イブの夜》
「あ、知ってました? クリスマスは家族と過ごす日で、クリスマスイブは恋人と過ごすらしいですよー」
へらへらと月下で笑う青年に、
「それは日本での傾向の話だ。私たちはそんな間柄でもないし、第一互いに嫌い合っている」
影に隠れた少女が返す。
「別にそんなこと俺は一言も言ってませんよー? ただ、せっかくクリスマスが近いというのに、仕事三昧とは面白みがないなぁと」
そう嘯き得物をホルダーに仕舞う青年。
「クリスマスイブ、というのはクリスマスの夜という意味らしいがな。日没で一日を区切っていたことからそう呼ばれるようになり、今では一日の区切りが違うから前夜と捉えられることが多いんだとか……つまりお前は、私とクリスマスの夜を迎えてる訳だ、喜べ」
「急に語り出して気持ち悪いかと思えば、更にゾッとするようなこと言い出しましたね! 頭でも打ったんですか、あんた」
青年は怪訝そうに少女を見た。
「悪いが頭は打ってないんだ。ただ、こう言えばお前は嫌がるだろう?」
「……なるほど、嫌がらせ目的ですか」
「ふん。そういうことだ」
「なら、是非俺から嫌がらせされて下さいよ!」
笑顔で何を言っているのか。
「断る。誰が好んでお前にされるというのだ」
「まあそう言わずに! つっても、あんたの許可なんて関係なく勝手にするんですけど——」
やめろ、と口にする時間すらなかった。
「ね?」
「……っ! おいやめろ! 離せ!!」
嫌いなくせに、嫌がらせの為にここまでするのか。
少女がそう動揺してしまったのも無理は無い。
「いわゆるお姫様抱っこです♪ 嫌でしょ」
「ッッ!! 離せって言ってるだろ! 馬鹿!」
「いやでーす。離したら嫌がらせにならないんで」
にたにたと笑みを浮かべる青年から逃れようともがくが、流石に同輩の青年には膂力が負ける。身長も負けているし、腕の可動域も狭められているし。
目算で五メートルはあったというのに、一瞬で背後に立たれたばかりか抱き上げられた。
その無駄な実力の使い方に苛立ちつつ、少女は怒鳴る。
「嫌がらせされてやっただろ! もう満足しろ!!」
「ハイハイ、耳元で叫ばないで下さーい」
どうせ言っても聞かないのだろうと放った言葉に、果たして、青年は従った。
「……いや、下ろすのかよ」
呆気に取られて口にした少女の言葉に、
「え? 下ろしてほしかったんじゃないんですか?」
「以外に素直で驚いただけだ、他意はない」
早口でそう言い捨てて、少女は歩き出した。
そんな少女の背中に青年は零す。
「……だって、あんたに心の底から嫌われちゃったら、どうするんですか」
風が強く吹き、少女は振り返る。
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもないですよー、というか俺を置いてかないで下さいよ——お嬢様」
「うるさいわね、あなたは従者らしく全て私の行動に従いなさいよ」
「……全てはお嬢様の御心のままに」
偽りの主従は夜を行く。
この街を、守る為に。
クリスマスイブだからどうした、悪はイベントだからと待ってくれないのだから。
「さあ、悪人を裁く私たちの、聖夜の始まりよ」
《プレゼント》
緊張した面持ちで扉の前に立つ青年——真矢の手の中にあるのは、真新しい鍵だ。
つい先日作ったばかりの、家の合鍵である。
ややあって、真矢は鍵を握り締め深呼吸をして扉を開く。
「おはようございまーす。先輩いますか?」
挨拶と共に室内を見ると、まだ誰も来ていないようだった。
この部署は組織の中でも、特に優秀な者が集まっていると言っても過言では無い。ただ意図的にそうされたのではなく、自然とここに集ったのだ。
その理由は上司にある。
強く、恐ろしく、冷徹で、裏社会においても音に聞く存在。誰もが恐怖の対象とする男。
それが、真矢たちの上司だ。
ともあれそんな上司もおらず、ただ一人デスクに着いた真矢は安堵の息を吐いた。
「……いやいや、今更緊張なんて……私は……」
そう独りごちる真矢は、気配を察知し扉を見やる。
果たして、扉を開いたのは、
「……おはようございます、先輩」
「お、朝から早いじゃん。おはよー」
来てほしかったような来てほしくなかったような、そんな曖昧な視線で真矢は彼を見た。
「なんだよ、ちょっと嫌そうな顔して」
「いえ、なんでもないですよ。それより、珍しいですね? 先輩いつも遅いのに」
「たまにはいいじゃん。偉いだろ?」
「はいはい、偉い偉い」
「適当! もっと褒めて真矢ー!」
「わかりましたって……」
頭を撫でてやりながら、真矢は内心焦っていた。
二人きりの方が都合がいいが、これはこれで困る。
そう思っていたからか、彼の行動に気が付かなかった。
「なあ、真矢。これって?」
「……はい? なんです?」
仕事のことかと顔を向ければ、差し出された彼の手にあったのは、鍵だった。
それも、真矢の手にあったはずの、家の合鍵だ。
「あ、それは……えーっと……」
手にあったのを忘れていたからか、落としていたようだ。それを拾って、聞かれたのだろう。
「家の鍵? こんなとこに落とすなよ、はいこれ」
「あぁ、いや……すみません——」
このまま話を流してしまえば、また鍵のことを話題にあげることは無いだろう。
それでは、せっかく合鍵を作った意味が無い。
「……あの、先輩」
「ん? 受け取らないの?」
不思議そうにこちらに差し出された手を、真矢は両手で包んだ。
「この鍵は、先輩が持っていてくれませんか」
「……俺が? 真矢の家のじゃ、」
「私の家の合鍵で、合ってます」
「……ならなんで」
当然だろう、困惑する彼の目を見れず真矢は俯いたまま続ける。
「だって、先輩この前も仕事ばっかりして家に帰るの忘れてたでしょう? それで家賃払うのも忘れて、電気もガスも水道も止められたとか。そろそろ三ヶ月経つのにまた組織で寝泊まりしてるし」
「……それは」
「なので、私が住んでる家に来ればいいと思うんですよ。電気代とか諸々折半にすれば安いですし、仕事で忙しいときも私の家の方がここから近いのでまだ帰る気になるでしょう?」
「……たしかに」
「だから、その、……俺と一緒に住めば楽だと思うので! 家事とかしますし……先輩が嫌でなければ、」
「——俺の方こそいいの!?」
「え」
思わず顔を上げると、嬉しそうな彼の顔がそこにあった。
「俺の方こそお願いしたい! 真矢となら楽しそうだし、よろしくなー!」
「……はい」
予想に反して、いい反応の彼に動揺を隠せない真矢は呆然として、
「……緊張してた俺が馬鹿でしたねぇ。先輩、」
「んぁ?」
鍵を持ってご機嫌になった彼が、振り返る。
「それ、俺からのプレゼントです」
「ありがとう、真矢!」
最高のプレゼントだよ、と言った彼の表情は、
——とても眩しかった。
勇気を出して、よかったと思う。
《ゆずの香り》
あたしはこの香りが好きだ。
小さい頃、両親に連れられてスケートリンクに行ったことがある。
初めてで、上手く滑れなかった。
結局、滑るよりも歩く方が上達してスケートリンク上で走って遊んだ。
二、三時間経って寒さと疲れを覚えたあたしは、スケートリンクからでて近くのベンチに座った。
そんなあたしを見た両親が、買ってくれたのだ。
温かくて、ほんの少しゆずが苦くて、はちみつの甘さが沁みたのを覚えている。
だからか、大人になった今でも冬の時期はこれを飲むのだ。
思い出を懐かしむように、また行きたいなと思いながら。
大人になったからか、苦みはあまり感じなくて甘みだけが広がった。けれど、後味はさっぱりしていた。