望月

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《イブの夜》

「あ、知ってました? クリスマスは家族と過ごす日で、クリスマスイブは恋人と過ごすらしいですよー」
 へらへらと月下で笑う青年に、
「それは日本での傾向の話だ。私たちはそんな間柄でもないし、第一互いに嫌い合っている」
 影に隠れた少女が返す。
「別にそんなこと俺は一言も言ってませんよー? ただ、せっかくクリスマスが近いというのに、仕事三昧とは面白みがないなぁと」
 そう嘯き得物をホルダーに仕舞う青年。
「クリスマスイブ、というのはクリスマスの夜という意味らしいがな。日没で一日を区切っていたことからそう呼ばれるようになり、今では一日の区切りが違うから前夜と捉えられることが多いんだとか……つまりお前は、私とクリスマスの夜を迎えてる訳だ、喜べ」
「急に語り出して気持ち悪いかと思えば、更にゾッとするようなこと言い出しましたね! 頭でも打ったんですか、あんた」
 青年は怪訝そうに少女を見た。
「悪いが頭は打ってないんだ。ただ、こう言えばお前は嫌がるだろう?」
「……なるほど、嫌がらせ目的ですか」
「ふん。そういうことだ」
「なら、是非俺から嫌がらせされて下さいよ!」
 笑顔で何を言っているのか。
「断る。誰が好んでお前にされるというのだ」
「まあそう言わずに! つっても、あんたの許可なんて関係なく勝手にするんですけど——」
 やめろ、と口にする時間すらなかった。
「ね?」
「……っ! おいやめろ! 離せ!!」
 嫌いなくせに、嫌がらせの為にここまでするのか。
 少女がそう動揺してしまったのも無理は無い。
「いわゆるお姫様抱っこです♪ 嫌でしょ」
「ッッ!! 離せって言ってるだろ! 馬鹿!」
「いやでーす。離したら嫌がらせにならないんで」
 にたにたと笑みを浮かべる青年から逃れようともがくが、流石に同輩の青年には膂力が負ける。身長も負けているし、腕の可動域も狭められているし。
 目算で五メートルはあったというのに、一瞬で背後に立たれたばかりか抱き上げられた。
 その無駄な実力の使い方に苛立ちつつ、少女は怒鳴る。
「嫌がらせされてやっただろ! もう満足しろ!!」
「ハイハイ、耳元で叫ばないで下さーい」
 どうせ言っても聞かないのだろうと放った言葉に、果たして、青年は従った。
「……いや、下ろすのかよ」
 呆気に取られて口にした少女の言葉に、
「え? 下ろしてほしかったんじゃないんですか?」
「以外に素直で驚いただけだ、他意はない」
 早口でそう言い捨てて、少女は歩き出した。
 そんな少女の背中に青年は零す。
「……だって、あんたに心の底から嫌われちゃったら、どうするんですか」
 風が強く吹き、少女は振り返る。
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもないですよー、というか俺を置いてかないで下さいよ——お嬢様」
「うるさいわね、あなたは従者らしく全て私の行動に従いなさいよ」
「……全てはお嬢様の御心のままに」
 偽りの主従は夜を行く。
 この街を、守る為に。

 クリスマスイブだからどうした、悪はイベントだからと待ってくれないのだから。

「さあ、悪人を裁く私たちの、聖夜の始まりよ」

12/24/2023, 12:01:40 PM