『繊細な花』
あたたかくて、やわらかい春風にも
ハラハラと散っていく
桜の花
できたての綿菓子を
小さくちぎったみたいな
かすみ草
春に粉雪が積ったみたいな
ユキヤナギ
みんなきれいで、優美でしょう?
だけども私は思うのよ
幼いあの日に私らが
花輪作りや占いで遊ぶときに摘んでいた
野原に咲いてる名も知らぬ花たちこそが
実は私の知る中で、
いちばん繊細な花なんじゃないだろかって
私、今頃になって思うのよ
『日常』
いつか、どこかの道端に
小さな祠がありました。
朝日が祠を照らすころ、
犬を連れたおじさんが、祠の前を通ります。
「早く帰って朝飯にしよう」
犬もおじさんも、早足で帰ります。
夕日が祠を照らすころ、
カバンを背負った子供達が、列をなして通ります。
「今日の夕飯なんだろな」
黄色い帽子の子は、早足で帰ります。
月が祠を照らすころ、
スーツ姿のお姉さんが、通ります。
「今日は頑張ったから、おつまみも奮発しちゃおう」
ヒールのお姉さんは、早足で帰ります。
祠の中の神様は、
誰も言葉にしなかった
日々に溶けてる願い事を
どれほど聞き届けてくれたのだろう。
『好きな色』
ちょっと歪んだ紺色のちょうちょ。
端が少し破けた紙で組んである灰色と白色の手裏剣。
しわしわのシッポの茶色の鶴。
「ソレ。今日、あの子が家で作ってみせてくれたの。保育園で作り方を教えてもらったんだって」
眠る娘に配慮したのだろう。
テレビ台に並んだ沢山の折り紙の作品を眺めるボクに、夕飯の支度をしながら、妻が小声で説明した。
「なんか、地味な色紙ばっかりだな」
ボクはスーツのジャケットを脱ぎながら言う。
「あの子、こんなシックな色が好みだっけ?」
「好きな色とか、かわいい色の紙は、使うのがもったいないんだって」
妻が苦笑いした。
「あの子の色紙のケースを見てごらん。ほら」
促されるままに、娘の色紙のケースの蓋を開けて、ボクは納得した。
目に飛び込んできたのは、鮮やかな赤にオレンジ色。柔らかいピンク色や淡い水色の折り紙もある。
どの折り紙もシワひとつない。きっちりとケースの中に仕舞われていた。
「あれ? 黄色が無いな」
ボクは折り紙の束をパラパラめくりながら言う。
「あの子が一番好きな色だろう?」
「それは、ホラ。ここに」
妻が食卓を指差した。
「父の日だもんね? あの子、『今まで黄色の色紙を貯めててよかった』って言ってたよ」
食卓のボクの席には、温めなおされた夕飯。
それと、黄色い色紙で作ってある、少しヨレヨレの花束があった。
『相合傘』
わ、びっくりした!
突然教室の戸が開くもんだから……全く、ノックくらいしてよね。
……え? まぁ確かにね。自分のクラスの教室の戸をノックするヤツはいないわね。
アタシ、テンパってるのかも。アハハハ、ゴメンゴメン。
それにしても、なんでキミはこんな朝早くに登校してるの?
……なるほど、部活の朝練。野球部、もうすぐ大会だもんね。
アタシ?
決まってるでしょ。今日の日直、アタシなんだ。
ほら、黒板の日付を変えたり、学級日誌を準備したり。朝から面倒だよねぇ。
ま、キミは部活がんばってね。
……え? アタシがどうして黒板に張り付いているかって?
別に。特に理由はないわよ。
アタシの背中が黒板に当たってるって?
……なるほど、制服がチョークの粉まみれになる。確かに。
でも、大丈夫。それくらい、アタシが自分で払うから。
え? キミが払ってくれるって?
あー、大丈夫大丈夫。自分で……
ってうわ!
いきなり手を引っ張ったら……
……あー……
……キミも見ちゃった? その小さな落書き。
全く、誰が描いたのかしらね。勝手にアタシ達の名前を書かないで欲しいわよね!
アタシの声がうわずってる?
そ、そうかな? いいから、キミは早く部活行きなってば!
『未来』
「あなたの未来、みてあげようか?」
ファミレスのボックス席で向かい合った親友が唐突に沈黙を破った。
「なにそれ……占い?」
私は腫れぼったい瞼を瞬かせて問いかけた。
親友はピエロのような奇妙な笑みを浮かべて頷いた。それは、私をからかっているようにも、照れ隠しのようにも見える、本当に奇妙な笑みだった。
「占いなんて、できたっけ?」
私の問いに、親友は「まぁ、まぁ」などと言いながら私の手を取った。
どうやら手相占いらしい。
「なるほど」
親友は私の手のひらを撫でながら呟く。
「あなたは今、とても辛いでしょう。昨晩も涙がこぼれるほどに」
「そりゃ、まぁ、彼氏と別れたばっかりだし。……って、それ占いじゃなくて、さっき私が愚痴らせてもらった話じゃん」
私は口ごもった。
「からかってるならやめてよ。惨めになる」
「でも、あなたは1人じゃない」
親友は突然、凛とした声で告げた。
そして、笑みを消し、真面目な顔で私の手を握る。
「あなたから離れた人もいるけど、あなたのそばから離れてない人も、ちゃんと居る。
そして、いつか、あなたの側に寄り添う人と新たに出会う可能性もある。
それを忘れないで」
親友からのお告げに、私はすっかり毒気を抜かれた。
私は、ほとんど無意識にコクリと頷き「ありがと」と呟いた。
親友は、へへっとイタズラっぽく笑って、陽気な声で続けた。
「ちなみに、今日のラッキーメニューはジャンボパフェです。親友とシェアして食べるとなおラッキーでしょう」
「じゃ、お告げどおりにしようかな」
私は苦笑いしながら、テーブルの上の注文ボタンを押した。