たまには
たまには
夜の窓をそっと開けて
風の声を聞いてみる。
いつもより少しだけ
ゆっくり歩いてみると、
街灯の下で影が
思いがけずやさしい形をしていたりする。
たまには
胸の奥の引き出しを
ひとつだけ開けてみる。
しまい込んだ言葉が
まだ温かいまま眠っていることに
気づくかもしれない。
たまには
誰にも見せない顔で
自分を撫でてやる。
今日を生きた重さを
そっと抱きしめるように。
そして
たまには
何も変えなくていい夜があってもいい。
ただ呼吸して、
ただここにいるだけで、
世界はちゃんと続いていくのだから。
眞白あげは
大好きな君に
大好きな君に
言葉をひとつ渡すなら
それは花よりも軽く
ため息よりもあたたかいものがいい。
君の笑顔が
朝の光みたいに
そっと世界を明るくするたび
胸の奥で小さな鐘が鳴る。
大好きな君に
触れられない想いがある。
名前をつければ壊れそうで
黙って抱けば溢れそうで
ただ、君の隣にある空気になりたい。
君が歩く道に
影が落ちる日があっても
その影の輪郭を
そっと撫でる風でいたい。
大好きな君に
届くかどうかもわからないまま
今日もひとつ、言葉を置く。
どうか君の心の片隅で
静かに灯りますように。
眞白あげは
ひなまつり
桃の香の
やわらぐ宵に
小さき灯りが
ひとつ、またひとつ
紙の肌を透かして揺れる。
段に並ぶひとびとは
遠い昔の息づかいを
そっと抱えたまま
微笑みをたたえ
春を待っている。
手を合わせるでもなく
祈るでもなく
ただ、静かに見つめるだけで
心の底に
あたたかな水脈がひらく。
春はまだ
戸口の向こうに立つばかり。
けれど、灯りの中で
わたしは少しだけ
やさしくなれる。
眞白あげは
欲望
胸の奥で、名もない獣が目を覚ます。
静けさを破らぬよう、そっと息を潜めながら、
それでも確かに、世界の輪郭を押し広げていく。
触れたいものは、いつも少しだけ遠い。
指先が届かない距離にあるからこそ、
光は濃く、影は深く、心は熱を帯びる。
欲望とは、欠けた部分の形をした灯火だ。
満たされるたびに姿を変え、
満たされぬたびに言葉を覚え、
やがて私の歩幅を決めていく。
逃げても追ってくる。
抱けば牙を見せる。
それでも私は、
この獣と共に生きていく。
なぜなら、
欲望のない私など、
ただの影にすぎないからだ。
眞白あげは
現実逃避
灰色の朝が窓を叩くたび、
私はそっと世界の音量をしぼる。
呼びかける声も、迫ってくる義務も、
遠くの海鳴りみたいにぼやけていく。
机の上の未開封の書類は、
触れれば現実が溢れ出す水風船。
だから今日も、指先ひとつで
別の景色へ逃げ込んでしまう。
目を閉じれば、
誰にも名前を呼ばれない場所がある。
時間は溶けて、境界はほどけ、
私だけが私のままでいられる空白。
戻るべき現実は、
いつだってそこに立ち尽くんでいるけれど、
せめて今だけは、
息をつける場所が欲しいのだ。
逃げているのではなく、
生き延びるために隠れているだけ。
そんな言い訳を胸に抱きしめながら、
今日も私は、静かに世界から身を離す。
眞白あげは