『どこにも書けないこと』
隠ぺいしたはずの不祥事やもみ消した後の不始末すら
何かの拍子に表沙汰になってしまう昨今
壁に耳あり障子に目あり、とはよく言ったもので
情報社会となった現代に置いて真に閉じられた場所など
何処にもありはしない
故にそれが悪いことだと自覚があるならば
やっぱりするべきでは無いのだろう
私は白紙のノートを見つめ、溜め息をつく
なんの変哲も無いノートは日記帳代わりに使っているもので
買い換えてからずぅーっと白紙のまんま
昔は些細な日記だったそれも気付けば愚痴と嫌味の溜まり場に
誰に見せるものでも無いけれど、
連日の不祥事報道に臆病風を吹かれた私はピタリと書けなくなった
もやもやとする気持ちを温かいカフェオレで飲み込み、
きっと今日も白紙のままのノートを静かに閉じた
『時計の針』
秒針が時を刻む音だけが室内に響いている
机上のノートPCは白紙のままのページを絶え間なく映していた
急かすようにカチカチと響く機械音に
若干のイラつきを覚えながらもキーボードに指を伸ばし、
適当な文字を打ち込んでゆく
しかし、どれほど指を動かしても白紙は一向に埋まらない
波のように満ちては引きを繰り返し、ただ時間だけが過ぎてゆく
そろそろ足掛かりを掴んでも良い頃合いなのに、
どうにも上手く行かず、胸の内に燻る苛立ちは募ってゆくばかり
溜め息を一つ、虚空へと溢して天を仰ぐ
PCをスリープモードに移行させて、
先程綺麗にしたばかりのベッドに突っ伏した
目蓋を閉じて微睡みに意識を預ける
深く沈んでゆく意識の中に秒針の音だけが嫌味な程、耳に残った
『溢れる気持ち』
コップに絶え間なく水を注ぐとどうなるかなんて、
誰だって想像が付くだろう?
君が私に押し倒されているのもそういう事だよ
いつもいつも、君は思わせ振りな態度ばかり……
この気持ちはもう私自身にも止められないのさ
だからね、諦めて受け入れてくれると嬉しいな
『Kiss』
キスに味があるとはよく聞くけれど、
そのどれもが今一つ要領を得ない不安定な答えばかり。
甘いだの苦いだのならまだしも青春の味ってなんだ。
そんな幻想的で甘美な夢を見るような年頃でも無く、
ただ私は実在的な本物の味が知りたい。
そう私は熱弁すると、君は悩むように空を見上げていたが、
意を決したように煙草を灰皿に押し付け、
虚空へ紫煙を吐き出した。
手招きされるままに君の元へ歩み寄る。
辺りに漂う煙草の煙に思わず顔を顰めた。
手を伸ばせば触れられる距離まで近付いたその時、
ぐいと腕を引かれて君の元へと引き寄せられると、
そのまま唇を奪われる。
初めてのキスは苦い煙草の香りと、
フレーバーの甘ったるいバニラの味が混ざった何とも言い難く、
少なくとも青春の味とやらからは程遠い程にありふれた味がした。
どれくらいそうしていたのかまるで覚えていないが、
どちらとも無く唇を放す。
どうだった? と、何も無かったような顔で言う君に
何だか無性に腹が立って、胸ポケットに入っていた煙草を奪い取る。
こいつと同じだよ、私は舌を出して君にそう告げた。
『とりとめもない話』
実はさ、こういう何でもない話が好きなんだ
ただただ平穏の中で普通を享受しているなって感じられるから
この世は決して良いことばかりじゃないけれど、
今の瞬間だけは間違いなく良いって言える
希望とか絶望とか大逸れた未来なんかいらない
とりとめもない日常さえあればそれで