〘誰よりも〙
「あなたにはどんな良い所がありますか」そう聞かれたら君はなんて答える?
『誰よりも早く走ることができます。』
『誰よりも料理が得意です。』
『誰よりも努力を怠らないことに自信があります。』
『誰よりも負けず嫌いです。』
『誰よりも………』
『誰よりも…………』
『誰よりも…………………』
----果たして誰もがそんな"個性"を持っているのだろうか。放課後、居残らされた教室で机に顎をついて考えた。手元には丸められたしわくちゃの紙が無理に広げられている。無論、自分が提出したくなくて格闘した痕が残っているのだが、粗方母親が掃除中に見つけ出して先生に問い合わせたのだろう。本当に余計なことをする。せっかく誤魔化せたのに。それで、話題を戻すけれど問題はこの紙だ。
『あなたにはどんな良い所がありますか』
これは道徳の授業中に出された課題だった。みんなが口々に「えぇ、自分じゃ分かんないよ〜」と言っていたので、自分だけではないのだと安心しきっていたのが、それが運の尽き。みんな、提出日には出していて、自分だけが赤っ恥をかいた。出してないことが恥ずかしくてたまらなかった。けれど、それ以上に答えなんか見つかりそうにもなくて、自分だけがのうのうとしたモラトリアムに取り残された感じが苦しかった。「他人と何が違うんだろう?」見当もつかなくて。所詮人間は要素の括りで区別されているから、知らない人からしたらある程度同じで、あえて違うとしたら経験。しかし、その経験すらも似たようなことは存在する。結果、たった一つの自分だけなんて難しい。あっても思い込みかもしれない。そうなると全てが詰みだ。目の前は真っ暗.........
結論的に、こんなことを聞く世の中は何を求めているのか?それが自分の最大の命題だった。自分としては社会が人間に夢を諦めきれないから。そしてその社会を構成するのは人間、つまり人間が人間自身を苦しめている、だ。
だから、相変わらずプリントの余白は埋まらないまま、日は沈んでいく。他の奴らは馬鹿だよな、それっぽいこと書いて理解した気で満足しちゃってるんだからさ。自分でも異常なのかもしれないとは思った。けれど、「果たして今日、無事に家に帰ることはできるのか」今はそう思えるぐらいには一周、回って非常に愉快だ。あ〜あ、こうやって自分みたいなやつが増えていけばいいのになぁ。そんな馬鹿すら考えた。
さあさあ、ここまで見てくれた諸君!君はどう思う?
〘10年後の私から届いた手紙〙
帰ってきたら、机の上にはシンプルな手紙が置いてあった。白地に鉛筆で俺の名前が記してある。
「Dear ◯◯君」
やけに見慣れたような文字。手紙書く奴なんて、知り合いにいたっけなぁ、そう思いながら少々乱雑に封を切る。中身は二枚綴りの紙だけで一見普通に見えた。けれど、宛名を見て俺は頭を抱えた。それは外装とは違うように書かれている。曰く、
『10年前の俺へ』
疲れ切った自分が悪ふざけで書いたのだろうか、笑えもしない冗談で、俺は思わず一度、紙を丸めて捨ててしまった。
あれから、数日。手紙は届き続けている。毎日、毎日、懲りずに気がつけば色々な所に挟まって存在を主張している。ドアの隙間、天井、枕の下、弁当袋の中。そんなに見てほしいのか、遂に根負けして捨てた手紙を読み始めた。
----初日の手紙
『 10年前の俺へ
やぁ、元気?と言ってもおまえのことだからこんな気
持ち悪い手紙、誰かのいたずらに違いないとか考えて捨
てるに違いないから十分元気だね。ところでこの手紙を
書いた理由、知りたいかもしれないけど、教えませ〜
ん。強いて言うなら当てつけ?ま、将来、出世街道まっ
しぐらのおまえには分かんないかもね。
10年後のおまえより』
----2日目の手紙
『 〃 へ
やっほ〜 ! ついでだから今日も書いといた。今日、何
があったか、知りたい?……やっぱ知りたいか!あの
な、キャバであった美人に本気告白されたんだ。「連絡
先交換してくれませんか?」だって。羨ましいだろ。そ
の子にメール送るついでにこの手紙書いてる。金つぎ込
みすぎて今月、死んでるけどな。大人って楽しいな!』
仄かにきつい香水の匂いがした。
しばらくは似たようなことが書いてある。
︙
︙
︙
----N日目の手紙
『 〃 へ
………今さ、本当に辛くてさ、借金取りも日中問わ
ず外にいて、ドア叩いてるし。怖すぎる。どこにも出れ
ない。そもそも、人様に迷惑かけてる時点で生きんなっ
て感じだし、本当もう、死にたい。あ、でもあの女だけ
は道連れにする。俺のこと、騙して笑ったし、殺す、殺
す、殺す、刺殺刑。』
----N+1日目の手紙
『 〃 へ
昨日の手紙、誤解だったわ。あの子、めっちゃいい
子だった。殴られてる俺見て、庇ってくれたし、病院
連れてってくれたし、料理もつくったくれたし、最高
に可愛い。本気天使。地上最後の俺の女神。愛して
る。
p.s. お前も彼女つくっとけよ 』
情緒不安定に彼女について述べられている。
︙
︙
︙
読んでいて思ったのは、手紙の自称・俺が大変自堕落た人間で、碌でもないということだけだ。しかし、彼からの手紙はこうしているうちにも視界の端で積もっている。そんなにして何が言いたいのか。
「もう十分だ、こんなの。」
彼が伝えたい言いたいことなんて俺はとっくに知っていた。だって、彼は"俺"だから。妄想でも現実でも違いなく、同じことを欲しているのだろう。遠回しな言い方だって、おまえにしないためなんだろう。なぁ?
じゃ、やることは決まっている。
俺は筆を手に取った。
その後、手紙はぱったりと途絶えた。保管していたはずの手紙たちもいつの間にか消えていた。結局、彼が誰だったのかを俺は知らない。俺自身の弱さから生まれた存在だったのか、はたまた本当に未来の自分だったのか。でも、今はどちらでもいいと思う。だって、彼が俺に(本当に欲しい未来を)教えてくれたことに違いはないから。
ただ、感謝を伝えたい。
『こちらこそ、ありがとう』誰かが囁いた気がした。
〘待ってて〙
『ずっと待ってるから。』
君はそう言ってくれたけど、私が帰ることができる保証はなくて返事はできなかった。気がつけば、1、2、3、……年、長い間君を縛っている。
「では、◯◯さん、ゆっくり腕を上げてください。はい、そうです。痛くないですか?では、今度は同じ速度で下げて........」
一旦の帰宅後も病院での生活は相変わらず単調だった。白い壁面に、白いカーテンに、白いベッド、白の包帯、白一色で統一された四角い箱はかつて私から感情を奪い去ったので、一時は恨んだこともある年代物だ。それに悔いがあるわけではないけれど、最近はどこか物足りなくて堪らない。近い表現でいくと欲がないで、けど唐突に欲しくなる瞬間もあって、悲しいはずではないのに急に涙が出たり、気がついたらひとりで話していたり、笑いが止まらなかったり、いきなり同様する私は明らかに挙動不審だ。
単純な話、私の病気が治ることはなかった。なのに、生きたい、君の隣にいたいと思ってしまった。だからこんなにつらいのだ。神様がいれば、笑うだろうか、花ともいえぬ雑草が人に恋したなど。
外には雪が降っている。
病室には誰も訪れない。渡り廊下に音の響かないのとは対照に私の息は粗くなるばかりだった。誰か呼ばないと、誰か呼ばないと、だ..れか....ナースコールに手を伸ばすも届くことはなかった。
最期に君の幻覚が見えた。必死に私の手を握ってなにかをいって....い..る...。ね、泣かないで。あの日みたいに笑ってほしいのです。
〘伝えたい〙
君に伝えたいことがまだたくさんあって、もう喉の奥から音も出かけていて、つい何度もこの部屋を訪れてしまう。窓から桜の入り込む清潔感のあるさっぱりとした、むしろ何も無い部屋。俺は床に座りこみ、話をした。
「今日はな……」
………、他に誰もいない部屋にはやけに声が響く。誰もいない、そう君はもういなかった。それは理解っていた。それでも俺は語った、今日何があって、どんなに可笑しかったか、どんなに悲しかったか、いつか一緒に行こう、なんて。知っている、君がここにいない理由さえも。俺は知らないふりをした。だって、まだ桜は散っていないから。
−−−全て習慣だ。
俺たちは家が隣同士の幼馴染でいつも一緒に遊んでた。楽しいことも悲しいことも喜びでさえ共有している俺たちは一心同体と言ったほうが正しかったかもしれない。けれど、ある日君だけが病気になって、普通が普通じゃなくなってしまった。何日かたって会わせてもらったとき、俺は戦慄した。ベッドに繋がれている君は俺の知っている子じゃなかった。顔色は白どころか青に近く、線の細いまるで幽霊みたいだった。思わず逃げてしまいそうだったけど、
「…◯◯…君……?」
そう悲しそうな声で呼ばれて我にかえった。俺の前にいるのはいつもの君だ。
「何かあった?」
いつも通りに聞きかえせたはずだ。それから君は泣きながら病気のことを話してくれた。現代では治療可能なものだが、如何せん発見段階が遅すぎたということ、医者はそれでも可能性があると励まし程度に憐れんでいたこと、両親に迷惑をかけてしまうということ。それと、
「私、きっと桜が散る頃には死んじゃってるんだ。」
縁起でもない。俺は一瞬怒鳴りそうになってやめた。君は諦めた顔をしていたから。生きていける俺には到底想像もできないことなんだろう。けれど
「あと、もう来なくていいよ。」
その一言だけは頂けなかった。だって俺らは運命共同体だ。いつだって一緒にある。流石に死後の世界まではついていていけないけど、それまでは傍にいさせて。俺が君の目となり耳となり伝えるから。今まで通りだから。お願い。そう言うと君は驚いたようにしてそれから俺が泣いてるのに気がついて「そこまで言うなら…」と許してくれた。死にゆく間際でのうのうと生きていってる人間を見るのなんてつらかったはずなのにね。ほんと、お人好しだよ。
あれから、ずっと俺は君の部屋に通い続けた。毎日、毎日話すもんだから似たような話ばっかでつまんなかったかもだけど、笑ってくれた。何よりだった。むしろ君より、俺のほうが救われてたのかもしれない。1、2、3……年
、思ったより長い闘病生活だったね。けど、その分つらかったはずだ。安らかな眠りについていますように。
冬が終わりに近づくと、君の言葉を思い出す。「私、きっと桜が散る頃には死んじゃってるんだ。」いいや、違う。君は戦い抜いて、頑張って生きたんだよ。それを合図に俺はあの部屋に向かうのだ。
〘誰もがみんな〙
「あの子になりたい。」
小学生の頃、彼女といっしょのクラスになった女の子たちは口々にそんなことを言った。当時、私だけその子を知らなかったので、「あの子ちゃんって、誰?」と聞いたしまったのは苦い思い出ではあるが、とりあえず彼女はみんなの注目の的だったらしい。
曰く、かつての天才ピアニストの子供で全国コンクールで最優秀賞をとったとか、模試も上位の成績を修めているだとか、ハリウッドの映画監督が彼女を見初めたとか、はたまた武道の心得があり、不審者を撃退しただとか、私たちとは世界線が違うレベルの優等生だった。それだけでも、へぇ~と感心したものだけれど、女子の眼中にあるのは別のことらしかった。当時、クラスにK君という(周りとは格が違う)イケメン優男がいたのだが、彼がその子(仮にNちゃんとしよう)を一頭気に掛けていたらしい。
それが羨ましいのだとか、綺麗でお似合いだけど気に食わないのだとかよくそんなことばかり言い続けられるな、と密かに考えていたのは覚えている。
数日後、宿題を取りにに教室へ戻ろうとすると、中にNちゃんの姿を見かけた。声をかけようとしたけど、いつもと違う鬼気迫るような表情をに恐怖に感じて、私は思わず後ずさって逃げた。途中の廊下でK君にぶつかってしまった。彼は謝罪の後にNちゃんの場所を聞いてきた。私は疑問に思いながらも答えた。その後のことは知らない。宿題は忘れた。
次の日からNちゃんはいつも通り、ニコニコした優等生だった。彼女の身体に傷は一つも見当たらない。
人はみな、誰しも言えないことがあるのだと思った。