〘10年後の私から届いた手紙〙
帰ってきたら、机の上にはシンプルな手紙が置いてあった。白地に鉛筆で俺の名前が記してある。
「Dear ◯◯君」
やけに見慣れたような文字。手紙書く奴なんて、知り合いにいたっけなぁ、そう思いながら少々乱雑に封を切る。中身は二枚綴りの紙だけで一見普通に見えた。けれど、宛名を見て俺は頭を抱えた。それは外装とは違うように書かれている。曰く、
『10年前の俺へ』
疲れ切った自分が悪ふざけで書いたのだろうか、笑えもしない冗談で、俺は思わず一度、紙を丸めて捨ててしまった。
あれから、数日。手紙は届き続けている。毎日、毎日、懲りずに気がつけば色々な所に挟まって存在を主張している。ドアの隙間、天井、枕の下、弁当袋の中。そんなに見てほしいのか、遂に根負けして捨てた手紙を読み始めた。
----初日の手紙
『 10年前の俺へ
やぁ、元気?と言ってもおまえのことだからこんな気
持ち悪い手紙、誰かのいたずらに違いないとか考えて捨
てるに違いないから十分元気だね。ところでこの手紙を
書いた理由、知りたいかもしれないけど、教えませ〜
ん。強いて言うなら当てつけ?ま、将来、出世街道まっ
しぐらのおまえには分かんないかもね。
10年後のおまえより』
----2日目の手紙
『 〃 へ
やっほ〜 ! ついでだから今日も書いといた。今日、何
があったか、知りたい?……やっぱ知りたいか!あの
な、キャバであった美人に本気告白されたんだ。「連絡
先交換してくれませんか?」だって。羨ましいだろ。そ
の子にメール送るついでにこの手紙書いてる。金つぎ込
みすぎて今月、死んでるけどな。大人って楽しいな!』
仄かにきつい香水の匂いがした。
しばらくは似たようなことが書いてある。
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----N日目の手紙
『 〃 へ
………今さ、本当に辛くてさ、借金取りも日中問わ
ず外にいて、ドア叩いてるし。怖すぎる。どこにも出れ
ない。そもそも、人様に迷惑かけてる時点で生きんなっ
て感じだし、本当もう、死にたい。あ、でもあの女だけ
は道連れにする。俺のこと、騙して笑ったし、殺す、殺
す、殺す、刺殺刑。』
----N+1日目の手紙
『 〃 へ
昨日の手紙、誤解だったわ。あの子、めっちゃいい
子だった。殴られてる俺見て、庇ってくれたし、病院
連れてってくれたし、料理もつくったくれたし、最高
に可愛い。本気天使。地上最後の俺の女神。愛して
る。
p.s. お前も彼女つくっとけよ 』
情緒不安定に彼女について述べられている。
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読んでいて思ったのは、手紙の自称・俺が大変自堕落た人間で、碌でもないということだけだ。しかし、彼からの手紙はこうしているうちにも視界の端で積もっている。そんなにして何が言いたいのか。
「もう十分だ、こんなの。」
彼が伝えたい言いたいことなんて俺はとっくに知っていた。だって、彼は"俺"だから。妄想でも現実でも違いなく、同じことを欲しているのだろう。遠回しな言い方だって、おまえにしないためなんだろう。なぁ?
じゃ、やることは決まっている。
俺は筆を手に取った。
その後、手紙はぱったりと途絶えた。保管していたはずの手紙たちもいつの間にか消えていた。結局、彼が誰だったのかを俺は知らない。俺自身の弱さから生まれた存在だったのか、はたまた本当に未来の自分だったのか。でも、今はどちらでもいいと思う。だって、彼が俺に(本当に欲しい未来を)教えてくれたことに違いはないから。
ただ、感謝を伝えたい。
『こちらこそ、ありがとう』誰かが囁いた気がした。
2/15/2024, 2:14:50 PM