ヒトモドキ

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2/7/2025, 3:25:48 PM

二月の冬の空をコンクリートのような殺風景で分厚い雲が覆っていた

忙しなく粉雪が降り続けている

ふと気がついた頃には、踏み固められ圧雪となった冷たい地面にふわりとした雪の羽毛がかけられていた

変わらず厳しい寒さが体に染み入る

やはり冬はこの寒さ故に苦手だ

日が沈んだにも関わらずやや赤みがかったような空を見上げタバコでもふかすようにふぅと白息を吐き出した

凍りついた階段を慎重に上がりガシャガシャと音を立て鍵束の中から目当ての鍵を探す

小刻みに震える手のせいでいささかぎこちない手つきで鍵を開け、冷え切った部屋と対面する

ただいま

誰もいはしない空虚な空間に以前の思い出をなぞるかのように声をかける

そうするたびに彼女と過ごした日々を思い出す

冬の殺伐とした雪景色でさえ、あの生活の中では純白のドレスのように美しく映ったものだった

いつかドレス、いや白無垢も捨てがたいがそれを纏った彼女を見つめて綺麗だよなどとありきたりなセリフを言って、しばらくした後互いに吹き出すような日を夢想していた


彼女の纏う最初で最後の純白を見ることになったのも今日のような細かな雪が粛々と降り続く夜だった


覗き窓から覗く彼女の白い柔肌を降り積もる雪が隠してしまって彼女から音を取り去ってしまったかのように思えた

白と静寂に塗りたくられた暗闇が今までにないほど残酷に思えた

記憶の中の彼女の温もりがその冷気に奪われてしまうのではないかと恐ろしかったし、無情にすぎていく日々に彼女との思い出が埋もれていってしまいそうで悲しかった

寒さの厳しい冬の日にあの温かだった日々の生活をなぞるのは私だけの秘密だ

彼女の温もりを失わないように

2/3/2025, 3:23:49 PM

「やさしくなんてしないでよ」

空席が目立ち始めた店内で、あいつはテーブルに張り付くように突っ伏してぽつりとこぼした

無理矢理付き合わされた酒が視界を揺らし、それを誤魔化すように水を一息に煽る

吐き気と頭痛に悩まされる未来の自分を思い浮かべ、ため息をつきながら追加で二人分の水を頼む

しばらくも待たないうちに威勢の良い店員が結露で濡れたコップを二つ運んできた

「飲み過ぎ、いい加減やけ酒するのやめろよ」

半ばテーブルと同化しかけている毛束に声をかける

「どうせあんたも変な期待してるんでしょ、分かってるから」

こちらに一切目を向けず俺の手からコップを奪って飲み干すあいつにああそうかよと適当に相槌を打つ

「怒んないんだ?あんたにそんな度胸ないか」

ああ、めんどくせぇな
と口から飛びたそうとする言葉を飲み込み会計を済ませる

「貸しだからな、次は奢れよ」

ぶっきらぼうにつぶやいて、肩を組んであいつを店の外へと運ぶ

「あんたなんかに優しくされても嬉しくないから」

俯いたまま弱々しい声でそんなことを言っていた気がする

「そりゃ悪かったな」

下手くそな二人三脚でもしているかのようなふらつく足取りで朝とも夜とも言い難い青暗い道を歩く

静寂に口を塞がれたように会話はなくなって気がつけばあいつのアパートの玄関だった

「じゃあな、あんまり無茶すんなよ」

去り際、ドアの隙間にのぞく彼女の顔は儚げでどこか淋しさを感じさせるものだったように思える

「少しは優しくしてよ」
「少しくらい優しくしてくれてもいいだろ」

ドアを背に小声で呟いた

8/13/2023, 11:22:35 AM



一仕事終えた私はコーヒーを入れる。
焙煎され、その身に深いコクと香りを宿した黒い宝石たちをミルに納めハンドルを回す。ゴリゴリと気味いい音と感触が消えた頃にはミルの下にチョコレート色の粉末が現れる。
その粉末を砂金のように丁重にドリッパーに移し、グラグラと湧き立ったお湯を鉢植えに水をやるように丁寧優しく注いだ。

瞬間

鼻腔と脳を官能的に揺さぶる香りが辺りに湧き立つ。
ドリッパーからは、漆黒に染まった液体が黒真珠のように艶かしい雫をこぼし、星のない夜空を映す海を作っていく。
暫くして、その海を真っ白な陶器に収めた私はゆっくりと陶器を持ち上げ気品と芳しい香りを漂わせる水面に口づけをする。

ひとくち

水面を啜り流し込む。口内にはコク深い苦味の後、いささかばかりの酸味が生じた。コクリとそれを嚥下し吐息をひとつ吐く。それを皮切りに唐突響き渡る呼鈴の音、私はひどく穏やかな気持ちで家族の元に向かうのだった。


退屈な紙束が渦高く積まれたテーブルで目を覚ます。
未だボヤける視界とふらつく頭を奮い立たせようと棚から土気色をした粉の詰まった瓶を取り出す。
茶色くくすみがかったカップに乱雑に瓶の中身を振りかける。年季の入った古めかしいポットに水を注ぎ火にかける。
ポットから不快なかん高い悲鳴が上がるまでの間、凝り固まったバキバキと音を立てながら体をほぐし、水垢があちらこちらに散らばる世界の自分と向き合い、最低限の身なりを整えた。
ピーっとやけに頭に響きわたる音が耳に入り未だ叫び続けるポットを持ち上げる。褪せたカップにそれを注ぎどかりと固い椅子に身体を倒した。
胸焼けを悪化させる忌々しい液体を体に入れる事に忌避感を覚えつつそれを流し込む。口内には強い苦味とえぐみを残す酸味が広がりそれが嫌々頭を夢から現実の世界に引き戻す。疲れを少しでも吐き出そうとため息をひとつ吐き出し書類に目を移す。こちらが目覚めるのを待ち構えていたとばかりに電話が騒々しい声で喚き立った。
頭に届き頭痛を引き起こさんとしている音をいち早く止めるため受話器を取る。
受話器をとっても頭痛の種となる話を終えるととある町外れの一角に向かった。

「状況は?」

町外れにある一軒家、その玄関に突っ立っている黒服に挨拶もそうそう声をかける

「失敗です。私たちは遅すぎました。」

背の高さとピシリと音がしそうなほど真っ直ぐな姿勢のせいで柱のように玄関前に刺さっている男が答える。

「状況を言えってんだよ。できるのはお勉強だけか?」

タバコを咥え火をつけながら改めて答えを求める

「一家全員亡くなっています。」

悔しさを感じさせる声が絞り出される。
背をピンと伸ばして上がっているはずの男の肩は見た目では上がっているにも関わらず深く落ちているかのように見える。

「はじめからそう報告しろよ。お前も俺もできることはした。切り替えて言えなきゃやってけないってことを肝に銘じとけ」

タバコを吸い入れる。心地の良い香りと煙が荒れた心に染み入る。

「健康に悪いですよ。それに仕事中です」

「仕事だからこそだ。お前も今回無理心中なんてした馬鹿野郎も真面目過ぎんだよ。体の側がどれだけ健康でもな心が不健康でい続けりゃ人は殺すし盗むし死ぬんだよ」

「それでも死なない強さがあるのが人だと思います。飢えようが人に慈しみを持って与える人もいれば、正義を貫く人間もいます。」

「強い奴はそうかもな。でもな、この世には弱い人間が大勢いるんだよ。俺たちはそういう人間を相手に仕事をしていくんだ。それが認められないなら向いてねえからこの仕事はやめとけ。俺たちは人間の弱さと醜さに向き合っていくのが仕事なんだからよ」

「善処します。」

視線は下に落としているが未だ見事な直立をしている男をみてため息をつきそうになる。どこまで馬鹿真面目なんだコイツは

「頭が硬えんだよお前は。奢ってやるから飲みにいくぞ酒でも飲んで忘れろ」

煙をくゆらせながら男に話しかける

「仕事中です。あと飲み過ぎは体に毒ですよ」

「うるせえよ。ここは飲みにくとこだろ。そういうアホみたいに真面目すぎるところを直せってんだよ」


翌朝
灰色の紙束を山とばかりに抱えた男が朝の静寂を打ち消さんばかりの声で道ゆく人に紙束を売り付ける。
その灰色の片隅には、町外れで一家心中が行われたという記事が綴られていたという

4/20/2023, 5:17:57 PM

「何もいらない」夕刻の山で会った人に欲しいものを聞かれた時はそう答えるように
これが、大人達の言う「古くからの村のしきたり」の一つだ
僕たちの村の山には山神様が住んでいて、気に入られれば欲しいものと引き換えに連れて行かれてしまうからだとよく話をされたのを覚えている。
AIなんかが実際に登場し始めた現代の子供としては、こんなものは与太話にしか聞こえない。しかしながら、暗くなり始めた山や不審な人物に警戒を持たせるためにこういった話を子供にするのはよくある事なんだろう。
そう思い至ってしまう程、情報に対してのリテラシーを備えてしまったおませな現代っ子が僕である。
ネットで様々な情報に触れ、自分がまるで世の中の全てを知っているような、振り返ると顔から火が出るような愚かで微笑ましい全能感に似た何かを持て余していたのが僕と言う子供だった。
当時は、直接体験した事のない事柄をただ見ただけで知った気になり、様々な情報を精査して得たその知識は絶対に正しいものだと思い込んでしまうような、世間を知らないが故の傲慢さを持て余していた。

そんな僕の恥ずかしい思いを変えさせるきっかけとなったのが件の山神のしきたりだ。
ネットやゲームと同じく体を動かすのも好きだった僕はよく学校の同級生と田舎の広大な野山を駆け回って遊ぶこともそれなりにあった。
中学の頃には、いささかガキっぽく感じるかもしれないが探検や秘密基地にはまり山や林を探検したものだった。
そんな中で事件は起きた。
山に探検に向かった同級生3人の内2人が行方不明となった。村人総出で山狩を行ったが、身につけていたものはおろか山に入ってからの痕跡すら見つけることができなかった。
大人達は、その2人が山神様に連れて行かれたと口々に話し合っていた。全くバカバカしい、いい歳をした大人が何を言っているのだと遠巻きに騒動を眺めていた僕は、件の山に山神とやらが本当にいるのかを暴き、大人達にそんな愚かな事にかまけていないでもっと現実的な方法を取るべきだと言うことを示そうと夕暮れ時の山へ分け入った。
日が落ちかけ街灯が少ないがために山の中はかなり薄暗く見える。まるで大きな怪物が開いた口の中に入っていくような恐怖とワクワクした気持ちを抱えて山に入る。
通り慣れた山道を軽快に進み人に出会わないか注意深く辺りを見回していく。あらかたの道を巡り、やはりそんなものはいないと言う結論が改めて自分の中で出て山を出ようとした時にソレを見つけた。
黒い人形の影のようなものが夕日が形作る木陰の薄い影に更に濃い影を写すように揺れていた。
視線が影に吸い寄せられる。体が動かない。周りから音が消えて僕とソレだけがいる世界が形作られる。
木の下で揺れるそれは木の枝を胸に生やしそこから何かを垂らしている同級生の1人だった。
何が起きているのか理解が追いつかない。僕は今何を見ているのか目の前にある現実がなんなのかが分からない。
そんな逡巡を繰り返しているうちに不意に耳元で何かが囁いた

「あなたは何がいるの?」

何人もの人々の声が重なったような違和感を感じる声がした。前のめりで半ば転げるようにその場を飛び退き声の主に振り返る。

僕の瞳に写り込んでしまったのは、黒く乾燥した皺がれたミイラのような乾いた皮膚と人を繋ぎ合わせたような歪な形をした何かの集合体だった。

そこれから先はよく覚えていない、気がつけば山の入り口まで息を切らせながら倒れ伏している自分の体があった。身体のあちこちを擦りむいていてやっとその痛みが感じられた。後にも先にも痛みを感じられることをこれほどありがたいと感じる事は無いだろうと今だ混乱している頭で考えていた。

それから何日経とうとも同級生は見つかることがなかった。
僕はあの日のことは誰にもしてはいない、話したところで村の大人は馬鹿な伝承を信じるだろうし、同年代の子供に至ってはからかわれるのがオチだろう。
僕だけが真実を知っている。経験して生き延びた僕だけが知っているのだ。
山神と呼ばれるものは既に人の姿をしていない事、そしてあれが気にいるのは人ではなく人体の一部であること、問いかけは何が欲しいかではなく何が自分にとって必要かという意味である事を。

3/30/2023, 5:25:51 AM

ぼやけた視界の中であなた達の顔が浮かぶ
掌を包む温もりを感じながら、愛しいあなた達と共にいられた事を幸せに思う
私の人生はありきたりなものだったかもしれないけれど
ありきたりな幸せは充分私を幸せにしてくれた
私の人生はここで終わり
私の幸せは一旦ここで終わり
あなた達のエンディングがハッピーエンドと言えるものでありますように

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