「やさしくなんてしないでよ」
空席が目立ち始めた店内で、あいつはテーブルに張り付くように突っ伏してぽつりとこぼした
無理矢理付き合わされた酒が視界を揺らし、それを誤魔化すように水を一息に煽る
吐き気と頭痛に悩まされる未来の自分を思い浮かべ、ため息をつきながら追加で二人分の水を頼む
しばらくも待たないうちに威勢の良い店員が結露で濡れたコップを二つ運んできた
「飲み過ぎ、いい加減やけ酒するのやめろよ」
半ばテーブルと同化しかけている毛束に声をかける
「どうせあんたも変な期待してるんでしょ、分かってるから」
こちらに一切目を向けず俺の手からコップを奪って飲み干すあいつにああそうかよと適当に相槌を打つ
「怒んないんだ?あんたにそんな度胸ないか」
ああ、めんどくせぇな
と口から飛びたそうとする言葉を飲み込み会計を済ませる
「貸しだからな、次は奢れよ」
ぶっきらぼうにつぶやいて、肩を組んであいつを店の外へと運ぶ
「あんたなんかに優しくされても嬉しくないから」
俯いたまま弱々しい声でそんなことを言っていた気がする
「そりゃ悪かったな」
下手くそな二人三脚でもしているかのようなふらつく足取りで朝とも夜とも言い難い青暗い道を歩く
静寂に口を塞がれたように会話はなくなって気がつけばあいつのアパートの玄関だった
「じゃあな、あんまり無茶すんなよ」
去り際、ドアの隙間にのぞく彼女の顔は儚げでどこか淋しさを感じさせるものだったように思える
「少しは優しくしてよ」
「少しくらい優しくしてくれてもいいだろ」
ドアを背に小声で呟いた
2/3/2025, 3:23:49 PM