ヒトモドキ

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「何もいらない」夕刻の山で会った人に欲しいものを聞かれた時はそう答えるように
これが、大人達の言う「古くからの村のしきたり」の一つだ
僕たちの村の山には山神様が住んでいて、気に入られれば欲しいものと引き換えに連れて行かれてしまうからだとよく話をされたのを覚えている。
AIなんかが実際に登場し始めた現代の子供としては、こんなものは与太話にしか聞こえない。しかしながら、暗くなり始めた山や不審な人物に警戒を持たせるためにこういった話を子供にするのはよくある事なんだろう。
そう思い至ってしまう程、情報に対してのリテラシーを備えてしまったおませな現代っ子が僕である。
ネットで様々な情報に触れ、自分がまるで世の中の全てを知っているような、振り返ると顔から火が出るような愚かで微笑ましい全能感に似た何かを持て余していたのが僕と言う子供だった。
当時は、直接体験した事のない事柄をただ見ただけで知った気になり、様々な情報を精査して得たその知識は絶対に正しいものだと思い込んでしまうような、世間を知らないが故の傲慢さを持て余していた。

そんな僕の恥ずかしい思いを変えさせるきっかけとなったのが件の山神のしきたりだ。
ネットやゲームと同じく体を動かすのも好きだった僕はよく学校の同級生と田舎の広大な野山を駆け回って遊ぶこともそれなりにあった。
中学の頃には、いささかガキっぽく感じるかもしれないが探検や秘密基地にはまり山や林を探検したものだった。
そんな中で事件は起きた。
山に探検に向かった同級生3人の内2人が行方不明となった。村人総出で山狩を行ったが、身につけていたものはおろか山に入ってからの痕跡すら見つけることができなかった。
大人達は、その2人が山神様に連れて行かれたと口々に話し合っていた。全くバカバカしい、いい歳をした大人が何を言っているのだと遠巻きに騒動を眺めていた僕は、件の山に山神とやらが本当にいるのかを暴き、大人達にそんな愚かな事にかまけていないでもっと現実的な方法を取るべきだと言うことを示そうと夕暮れ時の山へ分け入った。
日が落ちかけ街灯が少ないがために山の中はかなり薄暗く見える。まるで大きな怪物が開いた口の中に入っていくような恐怖とワクワクした気持ちを抱えて山に入る。
通り慣れた山道を軽快に進み人に出会わないか注意深く辺りを見回していく。あらかたの道を巡り、やはりそんなものはいないと言う結論が改めて自分の中で出て山を出ようとした時にソレを見つけた。
黒い人形の影のようなものが夕日が形作る木陰の薄い影に更に濃い影を写すように揺れていた。
視線が影に吸い寄せられる。体が動かない。周りから音が消えて僕とソレだけがいる世界が形作られる。
木の下で揺れるそれは木の枝を胸に生やしそこから何かを垂らしている同級生の1人だった。
何が起きているのか理解が追いつかない。僕は今何を見ているのか目の前にある現実がなんなのかが分からない。
そんな逡巡を繰り返しているうちに不意に耳元で何かが囁いた

「あなたは何がいるの?」

何人もの人々の声が重なったような違和感を感じる声がした。前のめりで半ば転げるようにその場を飛び退き声の主に振り返る。

僕の瞳に写り込んでしまったのは、黒く乾燥した皺がれたミイラのような乾いた皮膚と人を繋ぎ合わせたような歪な形をした何かの集合体だった。

そこれから先はよく覚えていない、気がつけば山の入り口まで息を切らせながら倒れ伏している自分の体があった。身体のあちこちを擦りむいていてやっとその痛みが感じられた。後にも先にも痛みを感じられることをこれほどありがたいと感じる事は無いだろうと今だ混乱している頭で考えていた。

それから何日経とうとも同級生は見つかることがなかった。
僕はあの日のことは誰にもしてはいない、話したところで村の大人は馬鹿な伝承を信じるだろうし、同年代の子供に至ってはからかわれるのがオチだろう。
僕だけが真実を知っている。経験して生き延びた僕だけが知っているのだ。
山神と呼ばれるものは既に人の姿をしていない事、そしてあれが気にいるのは人ではなく人体の一部であること、問いかけは何が欲しいかではなく何が自分にとって必要かという意味である事を。

4/20/2023, 5:17:57 PM