それは人が作った石と言われている
誰もが人間らしい生活のできない時代に生まれても
立って、生きて、眠るのはその石の上とされている
ずさんに取り決められた持ち回りのように
いつかは海底にあった死の息吹さえ
やがて漠とした星々の間に逃れ去っていく
石は飲み込まれ、咀嚼され、吐き出される無限の輪を巡り
硬い硬い核への信仰を拾い集めている
これは強力な嘘なのだ
引力から成り立っている存在の脆さが
石の心地好い影を愛したのだ
含有された海が泣くとき
ぼくはその優しさのために泣く
閉じ込められたものが
閉じ込めたものを赦すように
永く濡れそぼつ星でぼくは
足元をみつめている
#雨に佇む
小さな電球が
小さな部屋の
小さな魂のうえで
理屈も通らない
世界から省かれた
配線を隠していたけれど
わたしは獣みたいに
災いの穴に潜ったあとの
記憶がありません
#やるせない気持ち
消えたい夏の
砂と泥のなかに
飲みこまれてしまった
釣り針のように
忘れてしまった
昇れないぼくの
守れなかったもの
あなたの影はまだ
太陽に逆らっていますか
#いつまでも捨てられないもの
寄り集まっている種を守るために
その背を丸めている
胸の奥であなたは
太陽の世界に敵うしたたかさを欲して
ぐっとこらえている
たとえるならそう
手足のように伸びやかに
多くのものに触れるけれど
同時にあなたを孤独にする舞踊をはらんでいる
それを愛と呼ぼう
わたしはそれを間近にして
わかると言えば
嘘になり
背を丸めれば
しっかりと立つ姿を観る
まるで無限の鍵盤をさらけだし
感情のすべてと補い合い
円な螺旋をかけ上がり
花びらのひとつになる日に
あなたが待っていたものになれるように
わたしのなかにもあるもの
いまは、誰にもあげない
#誇らしさ
誰にもしたことのない話をしよう
夢にも現れたことのない月のように
深いかなしみの底から光が差しこむ
裸体の渚で、わたしたちは会おう
幾夜も往復した痕を踏み鳴らし
灰混じりの砂浜にいのちを署名する
われた爪からほとばしる色の名まえが
からだ中をつたって丸い星を描く
「死ぬはずだったのよ」
多くのものが、とわたしは応える
「書かれなかったのよ」
あなたをつよく、わたしは抱きしめる
砕けた歯と青あざをとりこぼして
大洋の水面に弾け飛んだ伝承
「いのちは硝子でした」
焼かれ、身に宿し、無から産まれたことばも
綴じられたものは僅かに届かず
積み上げたことさえ忘れる
誰にも話したことがなく
誰も聞いたことがない
口が口を塞ぐとき
行き交う言葉を耳は知らない
「死ぬ前に──」
息を継いで、また
「死ぬ前に──」
繰り返している
書物机から遠ざかり
星あかりにもっとも近づいた縁を這う
八本脚の黒い影の喚きが
熱の詩になる
新月の前夜に滴る
あたらしい過去として
いつも此処になく
いつも此処にあることばとして
その腕をまわす
わたしたちの形になる
「ほんとうに多くのものがどこかに行ったんだ
聞いてくれるかい?」
#夜の海