【無色の世界】
いつもつまらなかった。学校も家も、みんなみんな同じように見えていた。みんなで同じことを学び、同じことをして、正しければ褒められて駄目ならけなされる。ただ、それだけのルールに乗っ取った世界。
全部が、同じ色に染まって見えた。
何色でもない、つまらない色。
彼女だけは、違って見えた。
校門を校舎へと歩く姿。それだけなのに、艶めく黒髪、真っ白なシャツに紺のスカートの制服、きらきらと光るチャームをつけた鞄まで。
無色の世界に、唯一の鮮やかさ。
毎朝見ているのに、今朝も見とれていると、こちらを向いて微笑む。その、柔らかなピンク。
「おっはよ」
声まで青や赤に彩られ、輝く。
(羨ましい)
挨拶を返しながら、そう思う。
(自分も、色の世界にいたかった)
彼女の隣にいても、叶わないその願い。
今日もまた、鮮やかな彼女を見つめる。
【桜散る】
「散っちゃったねー桜」
「気づいた時に咲いてて、いつの間にか散るのが桜」
「言えてる」
「花見とかしたかった?」
「また、来年でもいいでしょ」
「また散った頃に、こんな会話して忘れてるかもよ?」
「それは良い」
「何が?」
「来年も、この先ずっと、俺ら一緒ってこと」
「……確かに、良いな」
【届かぬ想い】
「ふう」
ため息をつくと、隣で弁当を食べていた奴がこちらを見る。
「どうした、まるで青少年の悩みのようなため息をついて」
「まあ、俺ら10代後半は青少年と言って良い年頃だけど」
言って、自分もお握りを口にする。梅干し。酸っぱい。奴はいっぱいにした口の中身を咀嚼して、飲み込んで、またこちらに向いて、
「聞いてやってもいいぞ、悩み」
「いらねー」
「即答なんてひどい!泣いちゃう俺様ぐすぐす」
わざとらしい泣き真似。阿保な言動をしながらも、失われない美貌。さらさらの髪は、光のように輝く。
(綺麗)
見ていると、奴は視線に気付いたか顔を上げて、ニヤリと笑う。
「俺に惚れた?」
「……な訳ないだろ馬鹿」
(好きすぎて)
お握りの梅干しのせいにして、顔をしかめる。
(伝えてはならない想い)
「……酸っぱい」
【神様へ】
どうか。
どうか。
自分以外の全ての人が、悩まず病まず、いつも幸せに過ごせます様に。
その対価に、自分を捧げるから、どうか。
【快晴】
ドアを開けて、太陽の光が差し込んでくる。目を細める。
見上げると、雲ひとつない空が広がっていて、つい口角が上がってしまうのを押さえきれない。
こんなわくわくするような天気の日に、出発できるなんてなんてラッキーだろう、思うだけで嬉しくてたまらない。
靴紐を閉め直し、脇に置いた、びっくりする程おおきくなってしまった荷物を持ち上げる。重いのは仕方ない。寧ろその重さが嬉しい。
「さて」
呟いて、開けたままのドアから、部屋を振り返って、
「いってきます」
誰もいないけど、一応言ってみる。ゆっくり、ドアを閉める。
ドアの中の惨状を永遠に閉じ込めて、爽やかな青空の下に一歩踏み出す。
部屋の中は散らかっていて、赤く赤く染まっていた。