誰か
誰か殺して
誰か轢いて
そんな心の叫びを抱えながら、1日が終わる。
誰か時計を止めて
誰か明日をなくして
そんな心の叫びを抱えても、明日がやってくる。
誰か、誰でもいい。それなのに叶えてくれない。
神も仏も信じられない。悲痛な願いを叶えてくれないのだから。
誰かじゃなくて、あなたがそばにいて
誰かじゃなくて、あなたに抱きしめられたい
誰かじゃなくて、あなたに涙を拭って欲しい
そんな願いも、叶わない。
あなたも、誰も、叶えてくれない。
あなたも誰も信じられない。悲痛な願いを叶えてくれないのだから。
いつだっただろう。
誰かに、何かに、あなたに、頼ることをやめた。
ひとりぼっちで、自分の足で立ち続ける事に疲れながら、明日を迎える。
全てに願うことを辞めると、心が傷つかなくなった。
全てに願うことを辞めると、孤独が隣にいた。
孤独と共に、不安定な足元に立ち続ける。
時計の針が重なって
ニコニコ笑うことが疲れた。
朝起きることが疲れた。
人と話すことが疲れた。
ものを食べることが疲れた。
何もしたくない。
全て疲れた。
そうして足が向いたのは建物の屋上だった。
目を閉じた。
1歩踏み出した先は何も無くて、ジェットコースターのように落ちていった。
目を開けると、私の体はブルーシートに覆われた空間からストレッチャーで運ばれて消えた。
笑いが込み上げてきて、腹の底から笑う。涙が溢れる。何が面白いのか分からない。何が悲しいのか分からない。泣き声にも笑い声にも似ても似つかない声は空を切るように響くが誰の耳にも届かない。
ボーン
どこか古めかしい音が聞こえて振り返る。
どうやら音の主はアンティークにも新品にも見える大きな振り子時計らしい。カタカタと振り子時計の中で忙しなく動く歯車の音が聞こえる。
これはなんだろうと近づくと、針が23:56を示していた。先程の音は23:55を知らす音だったようだ。
振り子時計の中を覗き込むと、大小様々な歯車が見える。さらによく見ると、歯車に模様が刻み込まれていることに気づいた。
友達と笑ってる姿、部活動をしている姿、家族と談笑してる姿、アルバイトをしている姿、黒板に向かっている姿、振袖姿、制服姿。全て、私の過去の1ページを切り取った模様が浮かび上がる。
ただただ幸せに笑ってる姿や何かに真剣になってる姿を目にして、涙が溢れてくる。
泣いたその声もまた、誰の耳にも届かない。
カチッと確かに何か違う音がして、振り子時計を見上げる。
0:00、アナログの針と針がちょうど重なった瞬間だったらしい。
ボーン ボーン ボーン ボーンと、大きな音が鳴り響き、振り子時計が眩しく光り、さらに大きく、扉付きの時計へと姿を変える。
ギィと音を立てて開いた扉の先は何も見えないただただ白い空間。
少し後ずさる私に、扉から伸びたいくつもの白い手が絡みつく。抗えない強い力に引きずられ、白い空間へ私は飲み込まれた。
虹の架け橋🌈
大雨の中、傘を片手に帰路につく。疲労した身体に鞭を打ちながら歩く日々にウンザリしていた。
明日も、明後日も、その次も、同じような1日が待ち構えている。
赤信号を前に立ち止まり、今日の1日を思い返した。
あれができなかった。
これが上手くいかなかった。
あの時こうしていれば。
なんて、自己反省会をして、自然とため息が零れる。
そろそろ青になったかと思い、前を向くと同時に、目を覆いたくなるような明るい光に照らされた。
そこにはいつもは無いはずの橋が現れていた。
どこまで続いているのか分からない橋に、興味を持ってしまい、1歩、また1歩と登り始めた。
いつの間に雨が止んだのか、青空が広がっていて、傘を閉じる。辺りになんの遮蔽物もないその空間が空の青さを際立たさせていた。
やっと橋の中腹に来て、反対の麓が見えてくる。
誰かの人影がポツリと見える。
下りは楽だ。
いつの間にかとても軽くなった身体が軽やかに橋を降りだす。
橋を下ると共に朧気だった人影が、やっとはっきり見えた。その人影は、知っている人だった。この頃全く会えてなかった人物に会えて、嬉しくなり駆け出した。
橋を降りてすぐ、その人に抱きついた。それまで無音だった世界に音が帰ってきたが、そんなことはどうでもよかった。
抱きついたその身体は、最後に会った時よりもしっかりしていた。
会いたかったのだと伝えると、その人は悲しそうにこちらの頭を撫でた。
ふと、音に意識を向けた。
けたたましいサイレンの音、ザワザワとした人の声。
あちらにいた時は見えなかったが、こちらからは橋の向こう側がはっきり見えた。渡ってきた橋は虹色に光っていて、その向こうには大きなトラックが歩道に乗り込んで電柱にヒビが入っている。
『悲しくないよ。』
ポツリと相手に伝え、微笑んでさらにその先へ2人で進んだ。案内してくれるらしい。
明日から、今日までと違う1日になるのだと確信して、心が弾んでいた。
既読がつかないメッセージ
“またあしたね!”
今日もまた、ふとトークルームを覗いてしまう。
この字列に、胸を鷲掴みされたように痛む。それでも見てしまう。
メンバーが誰もいないグループLINE。それがこのトークルームの正体だ。
あの子にいつも言っていた言葉。
あの子にいつも言われていた言葉。
あの子に今でも言いたい言葉。
あの子に、あの日、言えなかった言葉。
LINEなんか無かったあの時代、あの子とは面と向かわないと話すことしか出来なかった。
それなのに、言いそびれた言葉が今も重くのしかかってきて、自責の念に駆られる。あの日、あの子に、この言葉を言っていれば何か変わったのかもしれない。今からでも伝えたら、会えるかもしれない。過去が現在が描き変わるかもしれない。
LINEを手に入れた時、あの子と繋がれたら。そう思うと、トークルームを立ち上げ、あの時のやり直しの言葉を送った。
あの日から15年。
送った日から10年。
あの子は既読すらしてくれない。できるはずもない。
毎回卒業式で旅立ちの日にを歌えない。
♪懐かしいともの声 ふとよみがる__
あの子の声がよみがえって、涙が出る。歌えなくなる。
すぎた事だと、認めたくない。
トークルームに表示された文字は風化することはない。
私とあの子の思い出も、風化させたくない。絶対に。
置いていかれた、重い重い後悔と悲しさを背負って今日もまたなんとか生きた。
記憶
なんとなく目が覚め、時計を見るとあと5分で起きる時間だった。
少し早めに布団から出た私は、疲れの取れていない重い体を動かし支度を始めた。就職を機に引っ越した友人と1年振りに会う約束をしていた。
身体に残る睡眠薬を漢方の力で相殺し、カフェインを身体に流し込んだ。
電車の人混みに気持ち悪くなりながら、待ち合わせ場所に到着した。そこには、友人がいた。
『ひさしぶり!』
足取り軽く、彼女の元へ駆けたが、彼女はピクリとも反応しない。
イヤホンをしてるのかもと思いながら、隣に立つ。
『お待たせ。』
しかし、彼女はまだ反応がない。
『ねぇ....。』
私は彼女の肩に触れようと手を伸ばした。
その時、初めて彼女は私を見た。
「....どなたですか?」
予想だにしなかった返答に、言葉が続かない。
その時、通行人が私のそばを通った。
避けきれず、ぶつかったはずの通行人は何も無かったかのように歩き去っていった。
『....そっか。』
昨日、寝る前に願ったことが叶ったのだと気づいた。
毎晩、寝る前に願ったことが叶ったのだと気づいた。
私という存在は、この世界から、みんなの記憶から、消えていた。