もう二度と
“次は、〇〇駅に止まります。Next stop . 〇〇”
イヤホン越しに耳にした駅名に、ふと顔を上げ、立ち上がりかけた。
学生時代、何度も聞いた駅名に、無意識に反応してしまったのだ。
(あ、ここちゃうし、乗り過ごした....。)
自分のミスに気づき、慌てて降車の準備をした。
停車した電車から降りると、懐かしいホームが目に入る。
思わず立ち止まりそうな足を動かし、反対方向のホームへと足を運ぶ。
なんとなく、あの頃の記憶を避けて、この路線を、この駅を避けていた。実に10年振りだ。
“あ....。”
ホームに向かう途中、1枚のポスターを見つけて、遂に足が止まってしまった。
〜〜バレエスクール 発表会と、大きく書かれた文字の下に、くるみ割り人形と演目が記されていた。
(去年の発表会かな....。)
文字のバックに印刷された写真が、懐かしい。
しかし、当時とは体重も体型も変わった自分は、もう踊れないと自覚していて、ため息と共に足元を見た。
つま先を外に向けた何故か抜けない癖がそこにはあった。
bye bye ...
“あがります、お疲れさまです。”
いつものように周りに声をかけて、長くも短くも感じる4年間勤めたアルバイトのタイムカードを切った。この作業も最後だ。
あまり見送られたりするのが好きじゃなくて、今日が最後のことはほとんど言わずにこの日を迎えた。
“今日もありがとうなぁ、おつかれ!”
お世話になったフリーターの人達がいつものようににこやかに返事をくれる。
“お疲れさまです!”
後輩たちも、ペコッと頭を下げながら返事をくれる。
いつもと同じ雰囲気に、少しホッとした。
控え室に入り、制服を脱いだ。
いつもより、少し綺麗にたたんだそれを少し見つめたあと、控え室をぐるりと見渡した。
夜中までサビ残して怒られたことや、長めの休憩中に主婦の人達と話したこと、店長に褒められたこと、みんなで掃除をしたこと、色んな思い出が浮かんでくる。
懐かしいなぁという思いと、少しの寂しさが入り交じる中、制服をカバンに詰め込み、油まみれになった靴をゴミ箱に入れた。
お世話になりましたと一言メモを添えた名札をテーブルに置いた。
カバンを肩に、控え室の入口前に立ち、もう一度部屋を見渡した後、深く一礼をした。
“....4年間、お世話になりました。”
みかん
『寒いから身体に気をつけてね』
今年も届いた大きな箱には、そんな一言の手紙が添えられていた。
毎年届くこの箱には小ぶりなみかんが所狭しと詰まっていた。
この重い箱は家に冬を運んでくる。
イブの夜
「いらっしゃいませ。」
店頭もドライブスルーに来るのは男女ばかり。会話も、カップルと思われる人ばかり。会話の中から、今日はクリスマスイブだと気付かされる。
「ありがとうございます、またお越しください。」
そんな中、私は無心で働く。
「これ!早くしろよ!ケンタッキーのチキンが冷めるだろうが!」
そう言って突きつけられたレシートにはポテトLサイズが7個揚げたての文字が印字されている。
「申し訳ありません....。」
7個も揚げたて、そんなのすぐに揚がるわけが無いと心の中で悪態をつきながら、謝罪を告げる。
「お客様、他店でお買い上げの商品を店内でご飲食されるのはお控えいただけますか?」
20代後半の男女の席に広げられたものはモスバーガーのバーガーとチキンだ。
「えー、でも、ポテナゲと飲み物買ってるからいいじゃん。」
「おっしゃる通り、当店の商品もお買い上げいただいてますが、当店では当店でご購入されたものに限りの飲食をお願いしております。ご理解とご協力をお願いいたします。」
舐めた考えなのに、どうしてこちらが下手に出ないといけないのだろう。
夜もふけて0:00を回ろうとしている。
やっと帰れる。
「....てかオネーサンかわいそー。」
明らか酔っ払ってる女性が注文途中に絡んでくる。
「ねぇ、彼くんもそう思うよねー。」
男性は女性をたしなめようとしているが、彼女は暴走を続ける。
「イブなのにー、オネーサン彼氏いないんでしょ?だから働いてる、かーわいそー。」
私は幸せっ!と男性に抱きつく。
男性はすみませんと謝るが、その目は可愛い彼女に惹き付けられている。
「いえ、大丈夫ですよ。結構酔っていらっしゃるようですが、大丈夫ですか?」
「....つかれた。」
仕事を終えた私は、スマホで時間を確認しようと電源をつけた。
『バイト、お疲れさま 俺 忙しかったけど、そっちも?』
真っ先に通知が目に入る。
『そっちもお疲れさま。結構忙しかったよ。』
返事を送ると、直ぐに返信が帰ってくる。
『イブだもんな、マクドはたいへんや
がんばってえらいな そんなとこもすき』
散々な1日だったが、こんな形のイブも、幸せだと思った。
心と心
「今日はどうする?泊まる?帰る?」
いつものように、彼は私に尋ねてくる。
「えー、どしよっかなぁ....。」
君の好きにして。いつもと同じ、素っ気ない言葉が彼の口から紡がれる。いつもいつも、ストレートな物言いに、周りは冷たいと言うが、私は彼のそんなとこも愛おしい。
彼のストレートな言葉は、嘘がない。お世辞も嘘も存在しない。だから、いつも人の言葉の裏を掻い潜ってしまう私は、唯一、その言葉を素直に疑わずに受け止められる人だ。バサッと言い切る彼の言葉も、私には彼の優しさに感じる。私には冷たいくらいストレートな彼がちょうどいいのかもしれない。
“明日バイトだし、帰らないとしんどいよ。”
大人な私がいい子の回答をする。
“彼と一緒にいれる時間が限られてるから、まだ一緒にいたいなぁ。”
子どもな私が感情任せの回答をする。
“たしかにあと2週間で会えなくなるけど、仕事と恋人は別!それで生産性落ちたらどうするの?”
“そうだけど、一緒にいたいよ....。2週間したら、遠距離だよ!ギューして寝るのもできなくなって、さみしい。”
でも。でも。と、大人な私と子どもな私が言い合いを続ける。
「なぁ、」
隣からぎゅっと私を抱きしめた彼は、子どもみたいに顔を隠してる。
彼が顔を埋める私の胸元は、彼の特等席であり、通常席だ。
言葉は素っ気ない彼は、態度が素直で、ちぐはぐしている。
「どーするん?」
顔をぐりぐりと押し付ける彼は、私の背中に回した手に更に力が籠ってる。自分で自覚してるのだろうか、それとも無意識だろうか。
どちらにせよ、
「....かわいいね。」
思わず微笑んでしまった私は彼の頭を抱きしめて、優しく頭を撫でる。
“かわいい、かわいいよ!やっぱり今日も一緒にいよ!”
子どもな私はうちわとペンライトを振り回す勢いでいる。
“かわいいけど、かわいいけど!だからこそここは私が大人な判断するべきでしょ!”
大人な私も、こっそり指ハートしている。
私は、彼のことが好きすぎるのかもしれない。
大人な私も、子どもな私も、両者の言い分はわかる。
だから、
「どーしてほしい?」
いつものように、余裕ある態度で彼に問いかける。
答えは知ってる。いつもと同じ。
「....一緒にいてください、デス。」
外国人の彼は、いつもと同じ、こういう時だけカタコト日本語を話す。いつもは日本人顔負けの日本語をペラペラ話すくせに。
そんなとこも、愛おしくてたまらない。
「わかりました。」
優しく彼の頭を抱き寄せた私は、彼に気づかれないように、そっと彼の頭に唇を落とす。
頭の中で大人な私と子どもな私が親指をグッと立ててる。どうやら和解してくれたらしい。
「愛してる。」
顔を上げた彼は、そう言って私の唇に自分の唇を重ねた。
恥ずかしげもなく、そうやって言葉にして、行動にする彼のことをずるいと思う。
「私も....。」
彼の目を手で隠して、彼の頬に唇をあてる。
「....サランヘ。」
恥ずかしがりな私の、最大限の愛情表現だ。