『1000年先も』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
『1000年先も』
1000年先も君を好きでいたい
私だけの君ではないけれど
この気持ちは私だけの君への想い
1000年先、この気持ちが星になって
君が見る空に輝くことを願って
今日も明日も君が好き
『1000年先も』
千代紙で作った紙風船
ふぅと息を吹き込んで
和室で転がして遊んでいる
ありがとうと思いながら
せっせと折った折り鶴に
息を吹き込み吊るしていく
昔の人もきっと
願いを込めながら
千代にも続けと祈ったのだろう
色とりどりの紙を見ながら
何を祈るか考えている
千年も人に詠われる短歌に
砕けぬ想いを文字に刻め
(260203 1000年先も)
千年は一瞬の光の矢、だと昔見ていたアニメ主題歌で歌われていた。
だが人間にとって、千年は永い。子供の時の十年の永さを思い出すと、とてつもなく永い。小学生のわたしには大学生の自分は想像がつかなかった。
千年先も地球に人間は生きているのだろうか。
わたしは疑わしいと思う。この温暖化、気候変動、地軸もいざっているという噂も聞いている中、人間はかつての恐竜のように滅んでしまうのではないかと思っている。しかし自分がそれを見届ける前に天命尽きて消えるであろうとは何となく思っている。
見届けたいかと問われれば否である。何も知らずに現世から消えたい。
【1000年先も】
1000年先も
1000年って言葉があるだけで「酔ったフリで誤魔化してこうぜ」って口ずさみたくなるけど、
きっと再び、やっと巡り逢えたんだよ
だって懐かしかったもの
大切に大切に想って、もう離れない
1000年先もずっと一緒
【1000年先も】
「1000年生きてる」
1000年先まで残ってしまう。絵画のお話。
が、一番最初に思いついた。
次に、「ノールス」が出てきた。
千年先まで愛してる、
とかしょうもないこと並べないで?
最後に。
1000年先も。
生きられるといいね。
一緒にいたいね
ずっとずっと一緒にいたいね
1000年先も
たとえ何年経とうとも
君のことは忘れない
1000年先も
きっと君を見つけてみせる
1000年先も地球はあるか人類はいるのか。
そんなことを考えるより今を生きよう。
お題:1000年先も
多忙のため落ち着いたら書きます
『かの有名科学者が提唱 !? 1000年後、地球は再生する──』
フェイクニュースだ、と思ったのは信用するに値しない文字列が1枚まるまる使って大袈裟に強調されていたからだ。愛読していた新聞なだけにショックが後を引く。
新聞から目を離し、顔を横へ向けると、そこには外を絶対見せるものかという強い執念が垣間見えるほど隙間という隙間を金属でぴっちり塞いだ『窓』だったもの。
外は、もう──生きるところじゃない。
生まれてこの方、外というものを写真や動画などといった何かを通してしか見たことがない。直接なんて夢のまた夢で、けれど、何百年前のような美しい世界とかけ離れた現代の荒廃した世界を見たとして一体何の意味があるのか。
空虚な想いが胸に募っていく。
初めて目にする外は、何百年前の写真のようにきれいなところがいい──なんて、どこもかしこも汚染され人の生活活動空間が奪われた中、一番空気のきれいなこの施設にいてこんな渇望、抱くべきじゃないってことはわかってる。
1000年先もきっと同じ。
世界がそう簡単に変わるわけがないのだから。
部屋にあるスピーカーから放送がなる。どうやら外の探索部隊が帰還したらしい。ふと違和感を覚えた。いつも一週間単位で覚えている限りそれが破れられたことはなかったように思うが、今回はまだ3日だ。帰還が早すぎる。何かあったのか、と先の新聞を読んでからざわざわと落ち着かない胸騒ぎに導かれ、自室を出る。
個々の生活空間を抜け、共同空間に差し掛かった通路の先で人々の山が見えた。どうやら騒ぎは玄関近くで起きたらしい。きっと部隊に何かあったのだろう。
一歩下がって様子を伺って────とんでもない話を聞いた。
なんと、汚染された空気を浄化できる手立てが見つかったというのだ。
もしかしたら生きてる間にこの目できれいな外を見れるかもしれない。その土地に踏み込めるかもしれない。そう思うと気分が高揚してこの場のざわめく声を掻き分け、耳を澄ませる。
「500年だ。浄化の目安は500年になる」
は?
思考が止まる。全身が張り詰めて指先一つすら動かせそうにない。何を、何と言った?
「そこから緑が育つまで、最悪もう500年かかるかもしれない…だが、1000年とはいえ、人類は再び地に立てる!土地を捨てる覚悟はしなくていいんだ!もう死んだ土地と心中しなくていいんだ!我々は新しい地を見れなくともまだ見ぬ子孫へ受け継がせることができる!土地を、未来を、生まれ変わらせるぞ!!」
歓声がわく。それをどこか遠くで聞いていた。
まるで彼らと自分との間に一枚の強固な壁が隔てているようだった。彼らにとっては、きっと希望の光に見えたのだろう。けれど、自分は奈落へ突き落とされた心地だった。
これなら浄化の術など見つからなければよかったのに、と彼らにとって冒涜的なことを思ってしまう。
1000年後もきっと同じ。
そうでなければ理不尽だ。
こんなにも渇望してるのに、1000年後の人々はその思いを抱くことなく、目に眩しい緑を、何百年前の写真のような美しい世界を当たり前のように受け止めるんだろうか。
ふつふつとした憤りが腹の底からわいてきた。
黒い、黒い怨念のようなものが、
────世界を、そう簡単に変わらせてたまるものか。
と息巻いていた。
1000年先も
たとえ何度生まれ変わっても君を見つけて
愛するのだろう。
だって僕は君が生まれる1000年前から
想い続けているのだから。
周りの誰よりも君を知っているはずだ。
だから、僕を受け入れておくれ…。
1000年先もあなたと巡り会えたらいいなぁ。
何回生まれ変わっても逢いたい。
放課後対話篇 永年に生きていきたい・・・。
西暦2000年前後の、日本の、学校での、学生の、心の中の話。酷く狭い範囲の話。
*
埃っぽい、小さな長細い部室。
文芸部の部室だ。
新品で購入したものなど何一つないであろう、中古品でもらってきただろうソファ。同じく中古品だろう本棚に、部員が持ち寄った本が並んでいる。
今日、私のクラスは少し早く授業が終わったので、他の部員が来るまでの1時間ほど、私は、イマジナリーフレンドと哲学的な談義をするのだ。
『別に哲学じゃないよね。単なる欲求だよね。「永遠に生きていたい」とか、漫画の悪役みたい。』
「そうは言っても、人間の寿命は短すぎると思わない?私が生まれてから今までも、コンピュータがすごく発達してきているし、携帯も普及したし、ゲームもどんどんグラフィックとかすごくなってるし。もっと先を見たい、と思ってもいいじゃん。車が空を飛ぶようになるかもしれないし。」
『そういえば、小学校の図書室に「100年前の人が考えた100年後の世界」とかいう本、読んだよね。台風を大砲で消すとか予想しているやつ。』
「ああ、読んだよね。タイトルはうろ覚えだけど。面白かったから覚えてる。」
イマジナリーフレンドの良いところはこういうところだ。
経験をすべて共有しているため、話が早い。
『そこにも車は空を飛ぶってあった気がするけど。まだ車、空飛んでない。』
「・・・つまり?」
『どんなに未来でも無理なんじゃない?いいところヘリコプターでしょ。』
*
イマジナリーフレンドの反論は続く。
『そもそも、永遠に生きていれば、他の知人・家族は全員寿命で死んでいくんだよ。あなたを知っている人はだれもいなくなる。そんな状態で、一人で生きていたいわけ?』
「知ってるでしょ。私、友達少ないから。家族との関係もそんなに良くない。」
自分で言ってて悲しくなるが、勢いで言ってしまう。
「成績も良くない。今の状態でも十分に孤独だよ。」
『じゃあ、孤独でなくなって、仕事もうまく行って、奥さんと子どもができたら?それでも、奥さんと子どもを見送って、一人だけ生き続けるの?』
遠慮のない意見。
他人に言われたらきっと腸が煮えくり返ってしまう。
できないことを、言われているから。
イマジナリーフレンドだから、落ち着いて話せる。
「それは全く想像できない。・・・幸せな自分を想像できない。」
『火山で埋もれたポンペイの街の落書きにさ、「愛する者は誰でも死んでしまえ」っていうのがあるんだよね。たぶん、今の君と同じような境遇の人じゃないかな?』
ポンペイは、西暦2桁の時に起こった火山の噴火によって、一夜で消滅したと言われている古代ローマ帝国の街だ。
長年閉じ込められていた遺跡から、落書きなどが多く発見されている。
「同じ境遇の人となら、仲良くなれるかも?ってこと?」
『ノー。2,000年前の人も同じ悩みを持っていたし、人間は進化しないってこと。君は人の表情やしぐさから自分への悪意や興味を察知する能力に長けている。だから自分が「嫌われている」と気がついたら自然に離れていく。だから友達がすくない。』
えぐるえぐる。容赦ないイマジナリーフレンド。
『もし、永遠の命が手に入っても、嫌われ続ける自分に嫌気が差して、200年くらいで自殺しそうってこと。』
*
「厳しい。もう少し優しくしてくれてもいいじゃん。」
『性格を責めているんではなくて、自分の人生の主役になれって言ってんの。人から言われるがままに生きて、その合間にマンガ読んだりゲームしたりするだけの人生じゃなくて。そうしないと、何歳まで生きたって一緒。』
「・・・」
横に置いて直視しないようにしていた現実を目の前に置き直される。他ならない自分自身であるため、走って逃げようが、イマジナリーフレンドからは、逃げられない。
それでも臆病者の私は、話を曲げてしまう。
「それでも、面白いゲームは出てくると思うんだよ。漫画や小説も。もしかしたら新しいメディアによる娯楽も。」
『えー。ゲームのために長生きするってわけ?』
「いいじゃん。ガン◯レみたいなゲームが進化してきたら、AIと友だちになれるかも。そうだ、AIは死なないから、寂しくないかも。」
(ガン◯レード・マーチは少し前に発売されたプレ◯テのゲームだ。AIがNPCを動かしており、NPCに好感度や判断や作業があるのが特徴だった。)
勢いで口から出た話だが、意外に悪くないように思えた。要はドラ◯もんと一緒に歴史を見ていこうっていう感じだ。
うん。悪くないように思う。
小学校の時は好きだったんだ、ドラ◯もん。
『まあ、君がいいならいいけどさ。どうせ永遠の命なんて無理だし。』
あ。今、自分に見捨てられた気がした。
*
「そういえば、枕草子にも「最近の若い者は・・・」っていう愚痴があったね。」
『言葉を勝手に短くするとかなんとか。』
「そう、それ。で、今も聞くじゃん。」
『よく聞くね。特にうちの授業とか。それが?』
「千年前からずっと言われてて、今からも多分言われ続けると思うんだ。」
『そうだろうね。現代でそれがなくなるとも思えない。』
「そ。それはさ、意味は2つあると思うわけ。」
先輩方のおしゃべりが聞こえてきた。
そろそろ今日のイマジナリーフレンドとの話は終わりだ。
『2つって?』
「一つは、人間は1000年前から変化し続けている。ダーウィン曰く、『最も強いものが生き残るのではない。最も変化に敏感なものが生き残る』。『最近の若い者は』って言われているうちは、人間もきっと生き残るだろうってこと。」
ちょっといいこと言った感を出してみる。どや。
『もう一つは?』
「世界はすべからく、後から生まれてきた者によって変化・革新されていく。つまり、おいて行かれた老齢の個体は常に時代遅れになっていく。だから、嫉妬からあんな愚痴が出る。我々もそうだし、今子どもだったり若者だったりする者も、いつかは置いていかれる。だから置いていかれないように、生きていたいんだよね。」
若い人は、後から生まれたってだけで、相当のチートなのだ。もちろん、環境の差は否定しないけど。
『・・・それはさ、こうも言えるんじゃない?』
イマジナリーフレンドは、チッチッチッと指を揺らしているように思えた(もちろん私の気の所為だ)。
『どんなに生まれてすぐの生き物も、直後にどんどん生き物が生まれてくる世界。だから、自分が主役の時間は、人生においてそんなに長くない。結局は、自分が叫びたいことを叫び、愛や友情が欲しければ伝えるべきだと思うよ。』
「・・・。」
なんだか、イマジナリーフレンドにうまく締められた気がする。
でも、個人的な結論としては、新しいゲームや、友だちになれるAIが出るかもしれないし、やっぱり永遠に生きていたいのだ。
口に出すと狂人なので、イマジナリーフレンド以外には言わないけど。
*
ギーッと音をたて、建付けの悪い金属製のドアが開く。
「おー、今日も早いね。」
「お疲れ様です。そろそろ原稿締切なので、ちょっと頑張ろうと思って。」
「関心関心。」
文芸部では、私はちょっと生意気で変だけど、基本的には素直ないい子ちゃん後輩なのである。
1000年先も1000年先がある。
そう信じてるの、やめたい。
きっと、その頃には解いてる。
それで、きっと宇宙なくなってる。
【1000年先も】
「大好きです。」
照れ隠しなのか、グリグリと顔を俺の胸に擦り付けながら言う君。
そんな君が愛おしくて仕方がない。
頭をポンポンと撫でながら"俺も好きだ"、そう言うと満足げにこちらへ微笑みかけてきた。
可愛い過ぎて、可笑しくなってしまいそうだ。
俺の手の届く範囲にずっと、ずーっと閉じ込めていたいくらいだ。
流石にそんなことはしないが。
「ずっと、一緒が良いです。」
疑問に思った。
どうしてそんな急に、と尋ねる。
「ちょっと、不安になっただけ、です。」
離れるわけがない。
君から俺が離れるときは、きっと地球が滅んだ時だろう。
口にして伝える。
「100年先も、1000年先も、ずっと一緒。」
「約束ですよ?指切りげんまんです!」
小指と小指を絡ませて約束をする。
いつか君の左手の薬指に約束のリングをつけたいな。
るあ
1000年先も
古く奈良から平安時代に精魂込めて造られた仏像や寺院で運良く残ったものは、1000年を超えて今も私たちの目を楽しませてくれる。
対象的だと思うのは伊勢神宮だ。
伊勢神宮は式年遷宮といって20年毎に新しく建て替えている。大量の良質な木材などを使用するため莫大な費用が必要になり、これを知った時はもったいない、まだまだ使えるはずなのに、と思ってしまった。
でもこの方法は、人が建立技術を受け継ぐためには理に適っているそうだ。
駆け出しの二十歳の時に、働き盛りの四十歳の仕事を見て、四十歳で六十代の総棟梁の采配を覚えておく。そうやって経験を重ねて、技術を1000年以上も伝えてきた。そしてこれから1000年先も伝えていく。
素晴らしいものを後の世に残したいと願うのは皆同じだろうが、その心を造り上げたものに託すのか、後に続く人に託すのか。
そのやり方は色々あるのだと考えさせられる。
#164
1000年先も共に在る、より
1000年前からずっと
共に在り続けた。
の方が、ロマンがある
と私は思う。
1000年後も
日は沈み、また昇り
産めよ増やせよ地に満ちよ
大いなる存在の指令のもとに