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『かの有名科学者が提唱 !? 1000年後、地球は再生する──』

フェイクニュースだ、と思ったのは信用するに値しない文字列が1枚まるまる使って大袈裟に強調されていたからだ。愛読していた新聞なだけにショックが後を引く。
新聞から目を離し、顔を横へ向けると、そこには外を絶対見せるものかという強い執念が垣間見えるほど隙間という隙間を金属でぴっちり塞いだ『窓』だったもの。

外は、もう──生きるところじゃない。

生まれてこの方、外というものを写真や動画などといった何かを通してしか見たことがない。直接なんて夢のまた夢で、けれど、何百年前のような美しい世界とかけ離れた現代の荒廃した世界を見たとして一体何の意味があるのか。
空虚な想いが胸に募っていく。
初めて目にする外は、何百年前の写真のようにきれいなところがいい──なんて、どこもかしこも汚染され人の生活活動空間が奪われた中、一番空気のきれいなこの施設にいてこんな渇望、抱くべきじゃないってことはわかってる。

1000年先もきっと同じ。
世界がそう簡単に変わるわけがないのだから。

部屋にあるスピーカーから放送がなる。どうやら外の探索部隊が帰還したらしい。ふと違和感を覚えた。いつも一週間単位で覚えている限りそれが破れられたことはなかったように思うが、今回はまだ3日だ。帰還が早すぎる。何かあったのか、と先の新聞を読んでからざわざわと落ち着かない胸騒ぎに導かれ、自室を出る。

個々の生活空間を抜け、共同空間に差し掛かった通路の先で人々の山が見えた。どうやら騒ぎは玄関近くで起きたらしい。きっと部隊に何かあったのだろう。
一歩下がって様子を伺って────とんでもない話を聞いた。
なんと、汚染された空気を浄化できる手立てが見つかったというのだ。
もしかしたら生きてる間にこの目できれいな外を見れるかもしれない。その土地に踏み込めるかもしれない。そう思うと気分が高揚してこの場のざわめく声を掻き分け、耳を澄ませる。

「500年だ。浄化の目安は500年になる」

は?

思考が止まる。全身が張り詰めて指先一つすら動かせそうにない。何を、何と言った?

「そこから緑が育つまで、最悪もう500年かかるかもしれない…だが、1000年とはいえ、人類は再び地に立てる!土地を捨てる覚悟はしなくていいんだ!もう死んだ土地と心中しなくていいんだ!我々は新しい地を見れなくともまだ見ぬ子孫へ受け継がせることができる!土地を、未来を、生まれ変わらせるぞ!!」

歓声がわく。それをどこか遠くで聞いていた。
まるで彼らと自分との間に一枚の強固な壁が隔てているようだった。彼らにとっては、きっと希望の光に見えたのだろう。けれど、自分は奈落へ突き落とされた心地だった。

これなら浄化の術など見つからなければよかったのに、と彼らにとって冒涜的なことを思ってしまう。

1000年後もきっと同じ。
そうでなければ理不尽だ。
こんなにも渇望してるのに、1000年後の人々はその思いを抱くことなく、目に眩しい緑を、何百年前の写真のような美しい世界を当たり前のように受け止めるんだろうか。

ふつふつとした憤りが腹の底からわいてきた。
黒い、黒い怨念のようなものが、
────世界を、そう簡単に変わらせてたまるものか。
と息巻いていた。

2/4/2024, 11:42:08 AM