『行かないで』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
行かなで
「ちょっと待ってよ!行かなで!」
「いいえ。私はもう行くわ。」
事務机から立ち上がり、鞄を手に持ち歩き出す。
「待ってよ。あなたがいなくなったら、私たちはどうしたらいいの?困るわ。」
「困る?困ればいいわ。そうすれば、自分で考えるでしょ。私は仕事をしているのよ。自分では勉強しない。人に聞くのはいいとしても覚えようとはせず、同じことを何度も聞く。覚える気はないわよね。
ああ。こんなこと言うとパワハラかしら。パワハラで訴えられる気はないから、異動を希望だしたのよ。」
「新しく異動してきたら分からないことを聞くのは当たり前でしょ。もう一人のあの子は何でも教えくれるわ。」
「教えてくれる?あの子の口ぐせは、私がやっておきます。でしよ。つまりあなたの仕事を変わりにやってくれるのよ。その時、あなたはその仕事を一緒に見に行きましたか?他にやることがあったのよね。仕方がないわ。でも、私は見に行くわ。次の時に対応できるようにね。考え方が違うから無理なのよ。この話しはおしまい。」
私はオフィスを出ようとしたが、彼女が追いかけてきた。
「待って。まだ話しは終わっていないわ。今までのことは謝るわ。仕事を覚えるように努力するわ。でもこの忙しさでは勉強する時間も丁寧に教えてもらう時間もないでしょ。」
「時間がないなら、私が手伝いにくるからその間に休憩室であの子に分からないことを教えてもらって下さい。危機感を持って欲しい。あなた、私より先輩でこの仕事も長いでしょ。持病があることを考慮しても、責任感を持って欲しい。あの子は時短勤務だから、帰ったあとはあなたが責任者になるのよ。」
「責任者って。急にそんなこと言われても困るわ。」
「困る。困るって。こっちが困るのよ。あなたが異動してきたら少しは仕事が分担できるかと思っていたのに、結局は私がやるのね。それもあなたにも教えながら。あなた、自分が何を渡しているかも分からない物をよく取り引先に渡せるわね。私にはできない。やっぱり考え方が違うのよ。歩み寄れないでしょ。」
彼女を振り切りエレベーターに乗り込む。俯いたままの彼女。もう追いかけては来なかった。
次の週明け。パワハラ委員会なるものに呼び出され、指導のあり方について幾つか尋ねられた上に厳重注意を言い渡された。
注意で済んだが、前の部署への手伝いが増やされていた。
パワハラについては匿名でのメールが届いたそうたが、誰が送ったかは明白だ。
やはり時代は私をパワハラと認定した。時代がそう決めただけで、私は仕事を真面目にやらない人、何でも丸投げにする人、仕事をしているつもりで無意識に楽な仕事を選ぶ人とは仕事はできない。
パワハラ上等だ!
こんなのパワハラだ。異動して来たばかりの頃は優しかったのに、急に厳しくなった。イヤ。意地悪になった。
通院のために休みたいと行ったからだろうか。電話に出ると誰からの電話なのか、内容がなんだったのか分からなくなることがあると言ってからだろうか。持病があるのは事実だ。大変な中で、できることをやってきた。それなのに、あんな言い方しなくてもいい。あんな言い方されたり、無視されたら誰だってパワハラだと言いたくなる。私は私の仕事をしている。仕事を覚えようともしている。
あの人は、前からこの部署にいるのだから仕事が分かっているから業務の多さに気づいていない。
あの人の指導の仕方が間違っているし、コンプライアンスも間違っている。
本当に意地悪だ。仕事の仲間に「困ればいい」なんて時代錯誤もはなはだしい。私より若いのになんて時代遅れなのか。
パワハラ委員会からの呼び出しもあったようだしあの人も変われば、この部署も良くなり仕事がしやすくなるはず。
「おはようございます」
「…」
無視された。なんで。パワハラ委員会呼ばれたのに反省してない。どう言うつもりよ。無視って。意地悪すぎ!
「行かないで」と引き止めたけれど、その必要は全くなかった。人はそんなに簡単には変われない。こちらが優しく接しても、相手には届かないこともある。こんなの意地悪ではない、イジメだ。大人のイジメは悪質で陰湿だ。
また匿名のメールを送らないと分からないらしい。
行かないで
行かないでって思う人ほど
遠くに行ってしまう
そんな気がする
あんなに大好きな人だったのにな‥
近くにずっといたかったのにな‥
思い通りにならないことたくさんあって
思い通りにいくことは少ない現実
それでも無い頭をフル回転して
思い通りにいくように事を進めて過ごしている
疲れたな‥
って感じる時もあるけれど
考える事それが人の生き方なのかもしれないな
だから頑張って頭を回転させている私は
人としてちゃんと生きているのである
僕と君は、この世界で2人だけの魔法使いだった。
僕らはふたりとも、他の人間は持たない金色の眼と銀色の髪を持って生まれた。
僕はあらゆるものを壊す魔法を、君はあらゆるものを癒す魔法を得意とした。
僕らはまだほんの赤ん坊の頃に捨てられ、孤児院で育った。僕らの姿は、かつてこの世界を滅ぼそうとしたたった1人の魔法使いとよく似ていたからだ。
周りの奴らは、僕らを気味悪がった。食事抜きもよくあること、鞭で打たれたり、階段から突き落とされたりもしょっちゅうだった。
僕は、君以外の人間が大嫌いだった。だから、いつか必ずこの世界を壊してやると決めた。
図書館に忍び込み、文献を読み漁った。独自に理論を組み立て、世界を壊す為の知識をため込んだ。
そうして、魔力を注ぎ込むと全世界に大地震を引き起こし嵐を呼ぶことができる場所を発見した。
僕は1年前、君を連れて、そこへ行く旅に出た。
そしてついに今、そこに辿り着こうとしている。
「行かないでくれ」と、君は言った。
ずたぼろの格好で、痩せ細った身体で、僕を引き止めようと必死に僕の腕に縋った。
君はどうしてそんなになってまで、この世界を庇うんだ。僕は君がこの旅の道中、人助けをしているのを何度も見た。一時は感謝されても、結局は気味悪がられて石を投げられるのに。それがわかってても君は助けるんだ。僕が何度「行くな」と止めても、君は助けに駆け出してしまう。君は、人を助けずにはいられない人なんだ。君はあまりに優しすぎる。
僕は君のそういうところが、大好きで、大嫌いだった。
「僕は行くよ。優しい君を痛めつけるばかりのこの世界に価値なんてない。全部壊して、作り変えてやる」
僕は君の手を振りほどいた。君の周りを魔力の壁で箱型に囲う。これで、僕がこれから起こす破壊に君は巻き込まれない。
僕は踵を返して、目的地へ歩きだす。
目の前には崖。目的地はこの下の谷の底にある。
「行くなよ、やめてくれよ!おれは、今までと変わらない生活でいい。おまえとふたり一緒ならそれで充分なのに!」
魔力の壁を叩き叫ぶ君の声が聞こえた。
君は何もわかってない。今まで通りじゃ、僕が駄目なんだ。人を助けて傷つく君を、僕はこれ以上見たくないんだ。
僕は躊躇わず崖から飛び降りた。
フワリと風を纏って谷底に着地する。
目的の場所はすぐに見つかった。僕はついに辿り着いたのだ。
手をかざして、今ここに割ける全魔力を注ぎ込んだ。
大きな地鳴りがやってくる。遠くで雷が轟く。これから人をたくさん殺す災害の足音だ。
やっと、君を傷つけない世界がやってくる。
僕はひとり、口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。
「行かないで」
左腕を引かれて、私はすっぽりと彼の胸の中へと包まれてしまった。長くて大きなその腕は震えていて、押し返せばすぐに解放されそうだ。
「行かないで、というわりにはずいぶんと弱々しいのね」
彼の顔は見なかった。きっと見られたくないだろうと思ったから。
「行かないで」
行かないで、パパ。
行かないで、ママ。
行かないで、貴方。
行かないで、みんな。
私を置いてどこへ行くの?
子供の時、迷子になったりよくある話だよね。
あの恐怖はずっと覚えてる
行かないで
: 行かないで
私はなりふり構わず走った
どこをどう走っているのかもわからない
ただ、この機会を逃してしまえば
もう二度と会えないことを知っていた
どこっ、どこへ行ったの…
微かに聞こえるあの音だけを頼りに
私は尚も走り続ける
いたっ、やっと見つけた!
なのに屋台の親父は
私の姿を見るやいなや
猛スピードで逃げようとする
お願い、待ってぇ~、行かないでぇ~
私の焼き芋~!
私はそう叫びながら
ガバッと起きた
とある休日の昼下がり
娘を眺める母の目が
悲しげに笑っていた…
桜月夜
行かないで
夢の中で…あなたに
会えるの
あなたのぬくもり…
感じて温かい
行かないで…
目が覚めたら
あなたがそばにいないの
さみしいの…
行かないで…
そばにいて…
夢の中で
また会おうね…
「行かないで」
「行かないで!」
私は君の後ろ姿を見て、手を伸ばしながら言った。
私の伸ばした手は、君には届かなかった。
〜行かないで〜
行かないで 行かないで
手を伸ばしたくて
見えない手を 伸ばしてた
心はそう思ってた
声は喉元まででてた
でも
周りからの目が気になって
行動できなかった
行動しなかったんだ
……
あの時みたいに
もう二度と後悔したくない
だから
この手を掴んでくれ
行かないで
一本道を私に背を向け小雨の中歩いて行ったあなた
涙を浮かべてたのは私だけと思っていたけれど、本当は貴方もだったと。
あの時の光景は忘れられないまま。
行かないで 行かないで 悲しくて つらくて
たくさん泣きました。
25年がすぎたある日、あの時はねと話すことがそんな日が来るなんて思ってなかったけど、不思議にまた出会った。
出会っただけで、それだけのお付き合い。
たまーに来るメールを見て微笑むだけでしかないけれど。
[まゆ 私の人生No.❓]
「行かないで。お留守番嫌だ。まゆも一緒に行く」
「まゆはもう、保育園卒園したでしょ?だから、お留守番する事だって出来る様になったんだから。30分だけ家で待ってて」
ママは今にも泣きそうな私を見て、玄関前で困った顔をしながら優しく励まそうとしてきた。でも私は、突然ママから言われた初めての留守番に、不安で一杯だった。
「泥棒来たらどうしよう…お家が火事になったら?知らない人がピンポンしてきたら?怖い人お家に来たら?」
ご飯の時間にパパとママが見ているニュース番組の内容を半分以上理解出来ていないながらも、ぼんやり見聞きしていた私だけど、火事や事故や事件の恐怖は既に理解出来ていた。だからその悲惨さに悲しくなったり怖くなったりする事があった。
自分で考えた不安に自分で押し潰されてしまった私は、ついに声を上げ、泣いてしまった。なにより、パパかママどちらも無しに 一人になる事が我慢出来なかった。
保育園最後の思い出として友達達と参加したお泊まり保育。そこでも、外が暗くなってもパパもママも居ない寂しさから泣いてしまい、泣き止んで眠るまで先生と友達に手を繋いでもらっていた。それに比べたら30分なんて短い時間。それでも一人で居る事になる時間は寂しくて嫌だった。お泊まり保育の時は友達や先生が居てくれたから何とかなったけれど、今回のお留守番は一人。私以外誰も居ない。
「まゆも一緒に行く」
私は泣きながらママの服を掴んだ。ママはそんな私の頭を優しく撫でて謝った
「ごめんね。まだ留守番は早かったか。じゃあ一緒に行こ」
「うん」
私の初めての留守番挑戦は先延ばしになった。
※この物語はフィクションです
行かないで 作:笛闘紳士(てきとうしんし)
行かないで
君がいたからもう少し頑張ろうって思えたんだよ。
君がいたからまともに生きなきゃって思えたんだよ。
君がいないと頑張る理由が分からないよ。
君がいなくなってから何もかもどうでもよくなって自暴自棄になったよ。
お願い。
一人にしないで。
会いたい
会いたいよ。
『行かないで』
私は看病しに来た彼氏に言った
彼氏は困ったように頬を赤くして
そばにいてくれた
手を繋いで
私を愛おしそうな瞳で見つめた
『早く元気になれよ』
彼は心から心配していて
少し申し訳なかったけど
嬉しかった
#行かないで
近所の眼科で検査をしたとき
真っ暗な部屋にひとり残されてメソメソ泣いたことがある
廊下に出ていく祖父の背中を目で追いかけて
ポロポロと涙を溢した
時間にしたらほんの数分なはずなのに
何時間も取り残された気分だった
あれは何だったんだろう
行かないでと言葉が出なかったことも憶えてる
「行かないで」
もうこれ以上行かないで、先に進まないで。
私、置いていかれる。
というのが、私の現状。
私はネット系が疎い。
はっきり言って、分からない。
頑張ってついて行こうとしてるけど、遅れ気味。
行かないでって言っていたら、人生変わってたろうな。
でもさ、今の人生も気に入ってるよ。
「行かないで」
その一言を貴方に言えたら、どんなに良かったか。
口元まで出てるのに、言葉に出す事は、出来ない。
優しい貴方は、そう言ったらきっと、自分の夢を諦めてしまう。
優しい笑顔で、「わかったよ」って。
折角掴んだ、夢へのチャンスを手放してしまう。
私は知ってる。貴方がどんなに夢を追いかけていたか。
どんな思いをしながら、今まで頑張ってきたのか。
私が貴方を追いかけられればいいのだけれど、家の事情もあって、それは出来ない。
だから。
貴方の夢を潰す位なら、私は大人ぶって、余裕ぶって。
「頑張ってね。私は大丈夫だから、行って。」
笑って、真っ直ぐに貴方を見て、そう言う。
もし貴方が寂しがったとしても。
優しさから、「行かないよ」って言ってくれても。
絶対に「行かないで」なんて、言わない。
一度口にしてしまったら、もう気持は堰き止められなくなるから。気持が、溢れてしまうから。
だから、言えない。言わない。
だから、サヨナラ。
私の中にある大切だったものは
時間と共に別れを告げる
ー行かないで
私たちの村の風習として、「十七になったら村一番の山を登り、そこにあるという祠に自分の名前が彫られた木札を納めに行く、という儀式がある。祠自体は別に立ち入り禁止ということもなく、普段から誰でも拝みに行くことができるものだ。わざわざそんな場所に木札を改めて納める必要もないだろうと思っているのだが、周りはそうでもなく、納めなければ祟りがくる、と口酸っぱく言われていた。
「なんなんだろうね、この風習」
「まあ、仕方ないんじゃないか?この村小さいわりには栄えているし、多分商売の神様かなんかでもいるんだろ」
そう言うのは、幼いころから一緒に育った友人だった。彼は楽観的なところがあり、心配性な私との相性が良く、十六になってもいつも一緒に行動していた。
「俺たちもそろそろ儀式を行う年頃かぁー。っつってもあの祠に名札置くだけだから何にも大変じゃないけど」
「私は結構大変だよ。私の体力のなさわかってるでしょ?」
「まあそうだな!お前、持久走いつも最下位どころか、途中でリタイアするもんな」
「さらっと言うなさらっと。傷つくぞ。…でもそうだよ、引きこもりってわけでもないのにこの体力のなさ。絶対あの山登るなんて無理」
「二人で行けたらいいんだけどなー。誕生日に行くのが風習だから、一緒に行けないんだよな」
私は項垂れた。実際、生来の体力のなさのせいで普段から拝むことのできるという祠を私は見たことがない。祠を映像に写すのはよろしくないとのことで、写真越しですら見たことがないのだ。そんな場所に一人で登れるか、否、登れるはずがない。
「まあ何とかなるって!」
「またそうやって簡単に言う……」
「俺が半年早いんだから、先に行ってお前が登りやすいように道整えてやるよ!」
「それはそれで壮大な……。それよか、逆に登らなくてもいい状況作ってほしいわ」
「登らなくてもいい状況……って、例えば?」
「そうだね……。当日風邪をひくとか!」
「体力はないくせに万年皆勤賞のお前が言う?」
「本当なんでだろうね!おかげで私が休むイコール天変地異の前触れとか言われ始めてるんだから!」
「あ、それ言い始めたの俺」
「お前かい‼」
持っていたバッグを思いっきり彼に向かって投げつける。彼は予想していなかったのか、顔面にまともにバッグをくらっていた。ざまあみろ。
顔を抑えて痛がっている彼をよそに、私は他に方法がないか模索し始めた。
「雨とか…天候が悪かったら無理でしょ!」
「前にまあまあな大雨でも決行してたの覚えてるぞ。そもそもあの山結構舗装されててそうそう事故レベルの災害は起きない」
「私の時には違うかもじゃん!」
「あーはいはいそうかもね」
「適当だな……。じゃあ、雪は?雪なら舗装されてる道でも危ないでしょ」
「この村雪降ったことないの、お前もわかってるだろ」
「でもでも……!」
「だぁからぁ。諦めろって。それこそ天変地異でも起きない限り、誕生日の山登りは絶対。俺には無理。どうしようもない」
「……わかったよ、諦める。なんとか体力なくてもたどり着ける方法を考えるよ」
「そうしなー」
彼はそう言って前を向いた。ちょうど目の前を猫が通り過ぎていった。猫が見えなくなるまで私たちは猫を見つめ続けていた。
「……それはそれとして、雪は見てみたいよね」
「そうか?冷たいし滑るんだろ?嫌じゃね?」
「雪って柔らかいんだって。だから、白くなった地面に、布団みたいに勢いよく寝そべってみたいの」
「確かにそれは夢があるよな」
「でしょ?だから一度でもいいから降ってくれないかな」
「…そうだな」
話をしているうちに家にたどり着いた。彼とはそのままいつも通りに別れた。何もかも、いつも通りだった。
次の日、彼は村から消えた。
☆
時は流れ、とうとう明日は私の誕生日。なんだかんだあれから祠のある山を登れるくらいには体力がついた。私は明日、儀式を行う。明日の体調は万全にしておきたい。今日は早めに帰ろうと、いつもの帰路についていた。
「…………」
一人で帰る、帰り道。いつもだったらここは二人だった。
あの友人が突然消えてから、村では彼の話は禁句になっていた。そのまま彼の誕生日は当たり前のように過ぎ、今や私の誕生日が目前となっているのだ。本当なら、儀式の前に彼にいつものようにおどけた口調で励ましてほしかった。心配性な私は、楽観的なあの友人がいないと安心できないのだ。
あと少しで自宅に着く。そんなときだった。
「よっただいま」
「……は?」
目の前に、あの友人がいた。何も変わらず、そこにいた。
「何辛気臭い顔してんだよ。いや、今日だからこそ辛気臭い顔してんのか」
「え、いや、なんで、今までどうして」
「おー落ち着け落ち着け。はい、深呼吸ー」
すーはーすーはー。彼の指先に合わせて、深呼吸をする。少し落ち着いた…かもしれない。
「なんでいなくなったの?」
「おっ、しょっぱなからド直球な質問してくるね。普通そこは久々の再会を喜ぶところじゃない?」
「それはこの際後ででいい。で、なんで?」
「いやさね、誕生日プレゼントとしてお前の願い、叶えてやろうと思って」
「願いって……」
「言ってたろ?めいっぱいの雪に寝そべってみたいって」
「それは…言ったけど……」
「だから、連れてきた!雪!」
「え?」
いったい彼は何を言っているのだろうか。雪を連れてくる?それこそ天変地異に他ならない。行方をくらましている間に気でも狂ったのかと思い、一歩後ろに後ずさると、ちょうど目の前に白い何かが舞い落ちてきた。
それは、雪だった。
最初は探せば見つかる程度の降り方だったが、少しずつその量は増していき、自身の髪に雪がつき始める。彼は「このままじゃいくらお前でも風邪ひくよ」と屋根のある場所に私を引っ張っていった。私はされるがままだった。
「どうやって……」
「なんかさ。そもそもこの村雪が降らないの、あの儀式を行なっているからなんだって。俺が儀式をせずに村を出て、お前の誕生日の時くらいに戻ってくればちょうどいいタイミングで雪降るかなって」
「それって……」
「そう、祠の主を怒らせたって感じ?でも大丈夫!俺が村からまた出たら、雪もやむからさ!」
そういう彼の顔は、悪意の欠片もない、それだった。心配性の私と楽観的な彼。彼はいつも私が笑顔でいられるようにしてくれていた。その時に見せる、それだった。
私は、恐怖した。私のせいで、彼はこうなったのか。私はどこで間違えたのだろう。私が心配性でなければ、彼はこうならなかったのか。
私の様子を見て、彼は一瞬訝しみ、そして今度は悲しそうな顔をした。
「…なんかごめん、俺、間違っちゃったっぽいな。大丈夫。本当はもう少し村にとどまろうと思ってたけど、もう行くから。そうすれば安心だろ?」
「え……」
「一日早いけど、誕生日おめでとうな!明日、頑張れよ!」
そう言って彼は私に背を向けた。そのまま歩き出す。振り返ることはなかった。
まって、まってよ。おねがいだから。わたしがわるかったから。だからおねがい、おいていかないで。