針間碧

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 私たちの村の風習として、「十七になったら村一番の山を登り、そこにあるという祠に自分の名前が彫られた木札を納めに行く、という儀式がある。祠自体は別に立ち入り禁止ということもなく、普段から誰でも拝みに行くことができるものだ。わざわざそんな場所に木札を改めて納める必要もないだろうと思っているのだが、周りはそうでもなく、納めなければ祟りがくる、と口酸っぱく言われていた。
「なんなんだろうね、この風習」
「まあ、仕方ないんじゃないか?この村小さいわりには栄えているし、多分商売の神様かなんかでもいるんだろ」
 そう言うのは、幼いころから一緒に育った友人だった。彼は楽観的なところがあり、心配性な私との相性が良く、十六になってもいつも一緒に行動していた。
「俺たちもそろそろ儀式を行う年頃かぁー。っつってもあの祠に名札置くだけだから何にも大変じゃないけど」
「私は結構大変だよ。私の体力のなさわかってるでしょ?」
「まあそうだな!お前、持久走いつも最下位どころか、途中でリタイアするもんな」
「さらっと言うなさらっと。傷つくぞ。…でもそうだよ、引きこもりってわけでもないのにこの体力のなさ。絶対あの山登るなんて無理」
「二人で行けたらいいんだけどなー。誕生日に行くのが風習だから、一緒に行けないんだよな」
 私は項垂れた。実際、生来の体力のなさのせいで普段から拝むことのできるという祠を私は見たことがない。祠を映像に写すのはよろしくないとのことで、写真越しですら見たことがないのだ。そんな場所に一人で登れるか、否、登れるはずがない。
「まあ何とかなるって!」
「またそうやって簡単に言う……」
「俺が半年早いんだから、先に行ってお前が登りやすいように道整えてやるよ!」
「それはそれで壮大な……。それよか、逆に登らなくてもいい状況作ってほしいわ」
「登らなくてもいい状況……って、例えば?」
「そうだね……。当日風邪をひくとか!」
「体力はないくせに万年皆勤賞のお前が言う?」
「本当なんでだろうね!おかげで私が休むイコール天変地異の前触れとか言われ始めてるんだから!」
「あ、それ言い始めたの俺」
「お前かい‼」
 持っていたバッグを思いっきり彼に向かって投げつける。彼は予想していなかったのか、顔面にまともにバッグをくらっていた。ざまあみろ。
 顔を抑えて痛がっている彼をよそに、私は他に方法がないか模索し始めた。
「雨とか…天候が悪かったら無理でしょ!」
「前にまあまあな大雨でも決行してたの覚えてるぞ。そもそもあの山結構舗装されててそうそう事故レベルの災害は起きない」
「私の時には違うかもじゃん!」
「あーはいはいそうかもね」
「適当だな……。じゃあ、雪は?雪なら舗装されてる道でも危ないでしょ」
「この村雪降ったことないの、お前もわかってるだろ」
「でもでも……!」
「だぁからぁ。諦めろって。それこそ天変地異でも起きない限り、誕生日の山登りは絶対。俺には無理。どうしようもない」
「……わかったよ、諦める。なんとか体力なくてもたどり着ける方法を考えるよ」
「そうしなー」
 彼はそう言って前を向いた。ちょうど目の前を猫が通り過ぎていった。猫が見えなくなるまで私たちは猫を見つめ続けていた。
「……それはそれとして、雪は見てみたいよね」
「そうか?冷たいし滑るんだろ?嫌じゃね?」
「雪って柔らかいんだって。だから、白くなった地面に、布団みたいに勢いよく寝そべってみたいの」
「確かにそれは夢があるよな」
「でしょ?だから一度でもいいから降ってくれないかな」
「…そうだな」
 話をしているうちに家にたどり着いた。彼とはそのままいつも通りに別れた。何もかも、いつも通りだった。
 次の日、彼は村から消えた。

   ☆

 時は流れ、とうとう明日は私の誕生日。なんだかんだあれから祠のある山を登れるくらいには体力がついた。私は明日、儀式を行う。明日の体調は万全にしておきたい。今日は早めに帰ろうと、いつもの帰路についていた。
「…………」
 一人で帰る、帰り道。いつもだったらここは二人だった。
あの友人が突然消えてから、村では彼の話は禁句になっていた。そのまま彼の誕生日は当たり前のように過ぎ、今や私の誕生日が目前となっているのだ。本当なら、儀式の前に彼にいつものようにおどけた口調で励ましてほしかった。心配性な私は、楽観的なあの友人がいないと安心できないのだ。
あと少しで自宅に着く。そんなときだった。
「よっただいま」
「……は?」
 目の前に、あの友人がいた。何も変わらず、そこにいた。
「何辛気臭い顔してんだよ。いや、今日だからこそ辛気臭い顔してんのか」
「え、いや、なんで、今までどうして」
「おー落ち着け落ち着け。はい、深呼吸ー」
 すーはーすーはー。彼の指先に合わせて、深呼吸をする。少し落ち着いた…かもしれない。
「なんでいなくなったの?」
「おっ、しょっぱなからド直球な質問してくるね。普通そこは久々の再会を喜ぶところじゃない?」
「それはこの際後ででいい。で、なんで?」
「いやさね、誕生日プレゼントとしてお前の願い、叶えてやろうと思って」
「願いって……」
「言ってたろ?めいっぱいの雪に寝そべってみたいって」
「それは…言ったけど……」
「だから、連れてきた!雪!」
「え?」
 いったい彼は何を言っているのだろうか。雪を連れてくる?それこそ天変地異に他ならない。行方をくらましている間に気でも狂ったのかと思い、一歩後ろに後ずさると、ちょうど目の前に白い何かが舞い落ちてきた。
 それは、雪だった。
 最初は探せば見つかる程度の降り方だったが、少しずつその量は増していき、自身の髪に雪がつき始める。彼は「このままじゃいくらお前でも風邪ひくよ」と屋根のある場所に私を引っ張っていった。私はされるがままだった。
「どうやって……」
「なんかさ。そもそもこの村雪が降らないの、あの儀式を行なっているからなんだって。俺が儀式をせずに村を出て、お前の誕生日の時くらいに戻ってくればちょうどいいタイミングで雪降るかなって」
「それって……」
「そう、祠の主を怒らせたって感じ?でも大丈夫!俺が村からまた出たら、雪もやむからさ!」
 そういう彼の顔は、悪意の欠片もない、それだった。心配性の私と楽観的な彼。彼はいつも私が笑顔でいられるようにしてくれていた。その時に見せる、それだった。
 私は、恐怖した。私のせいで、彼はこうなったのか。私はどこで間違えたのだろう。私が心配性でなければ、彼はこうならなかったのか。
 私の様子を見て、彼は一瞬訝しみ、そして今度は悲しそうな顔をした。
「…なんかごめん、俺、間違っちゃったっぽいな。大丈夫。本当はもう少し村にとどまろうと思ってたけど、もう行くから。そうすれば安心だろ?」
「え……」
「一日早いけど、誕生日おめでとうな!明日、頑張れよ!」
 そう言って彼は私に背を向けた。そのまま歩き出す。振り返ることはなかった。
 まって、まってよ。おねがいだから。わたしがわるかったから。だからおねがい、おいていかないで。

10/24/2024, 12:02:37 PM