『落下』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
# 落下
万物は重力に引かれている。
ニュートンよりもずっと前から当たり前だったその言葉を、私は今更になって意識する。
重力に引かれることを「落ちる」と言うのなら、私たちは今もなお落ち続けているのだ。
鉄球がすとんと落下するように。
鷹が一直線に飛ぶように。
老いた花弁がはらはらと揺れるように。
葉っぱが風に閃くように。
水切り石がゆらゆらと水面に吸い込まれるように。
流星群がさざめくように。
全てのものは落下する。
この景色に見覚えがあるのは、きっとそれが理由だ。
前世が何だったのかは知らないけれど、前世の私は落下して命を終えた。それだけは妙な確信を持って言える。
見下ろす視界が落ち着くのも、それが理由だ。
眠りに落ちるように、私は一歩足を踏み出す。
ぷかぷかと浮かんでいく泡を見る。
ああ、落ちないものもあったんだ。
私はそんなことを思う。
ゆっくりと、落下している。
少年は石蹴りをしながら学校から帰ってる。
いつも、一緒の友達は今日はいない。
他の友達と帰ってしまった。
だから今はこの石が友達。
大人に見られないように蹴ってる。
あと少しで家に着く。
だから思いっきり蹴ったら排水溝に落下した。
少年はやっと着いたと呟いて家に入った。
ほんの少し前まで僕と笑ってた君が
別の誰かと笑ってる。
胸が痛い。苦しい。
今すぐにでも奪ってやりたい。
気持ちのパラメータが一気に上がって行く。
でも、君を傷つけたくは無いから、何もできない。
“ 期待なんて、するもんじゃなかった。”
そう思ったが、君の顔を見るだけで
もっともっと深い所へ落ちていく。
#落下
【落下】
落ちる落ちる
下へ下へ
落ちる落ちる
花が
落ちるとき
君と目が合った
高層ビルの窓の向こう
君はとても笑顔だった
「落下」
「落下」だとなんとなく浮遊感があります。
より空に近いところから、時間をかけて地球に着地するような。
とは言っても、そう長い時間がかかるものではありませんね。
そういえば、二千年間落ち続ける地獄があるとか。
浮遊感をゆっくり味わえるかもしれません。
いかがですか?
【落下】
涙が落ちないように笑みをこぼして生きている。
浮遊感と背中への衝撃。
背の高い本棚の、一番上の段の本が取りたかった。
台に立って、背伸びをしてぎゅうぎゅう詰めになっている本を思い切り引っ張ったら、後ろに倒れてしまったのだ。
でも背中は思ったより痛くない。
顔を上げると今日の担当執事のあごがあった。
主様、大丈夫ですか?と声をかけられて、彼との近さを実感した。
大丈夫だと言って離れる。すると、彼はこのようなことは執事である私を使ってくださいね。と言いながら、いまだに頭上に収納されたままの本を取ってくれた。
ありがとうと受け取ろうとすると手を取られ、主様が傷つくところは見たくありません。と言われた。
そう言われても、自分でできることは自分でやりたい。抗議の意思を持って彼の目を見つめると、目を細めて笑われた。
主様のペースで大丈夫ですよ。少しずつ、この生活に慣れていきましょう。
本のお供に紅茶はいかがですか?と言われてお願いした。彼の淹れてくれる紅茶は美味しい。紅茶が入るまで、夕陽の見えるあの暖かいソファーで待っていよう。
落下について
イカロスの墜落。
美しい海と、のどかな街の風景のはしに
まさに今、溺れ死のうとしている人間を見つけた。
秋の夕日をなめらかに照らしだす水面には、逞しいイカロスの脚が突き出ている。
ゆうゆうと浮かぶ船の帆は、はち切れんばかりに膨らみ、小舟は大きく傾いていて、その落下の衝撃を物語っている。
しかし、誰ひとり、その異変に気がついていない。
過ぎゆく日常の片隅に、イカロスはただ落ちた。
無情で無関心。彼の翼を焼いた太陽だけが、
沈むイカロスを見つめている。
『落下』
冷めた目をして世界を見やる
(どちらが上で、どちらが下だ?)
今日も今日とて誰かが落ちて
夜の恐怖も、朝の恐怖も
どちらも解らぬ馬鹿どもが
落ちる無様を見下ろして
ケタケタ、ケタケタ嘲嗤い
チープな声音で説法たれる
これより下には落ちるまい
これより下には落ちたくないと
楽観主義者のアンビバレンス
拱手傍観の吊られた愚者は
たとえ自由の身になれど
読んで字のごとく何もしない
今日も今日とて夜が更け
視界が歪み、世界が歪み
零れた涙は天へと落ち行く
(どちらが上で、どちらが下だ?)
冷めた目をして世界を見やる
『落下傘奴のノスタルヂアと』
学校の授業が終わり、放課後を迎えて校舎に出たぼくは
たった今恋をしてしまった。屋上から身を乗り出して
飛び降りようとしている知らない少女に。
彼女は僕を見ると、手を振ってそれから──。
まるで羽が生えた天使のようにふわりと舞いながら
落下した。グチャリと潰れた頭からは鮮血が散っていて
花びらのように見えた。誰かの悲鳴が聞こえる。
ああ、なんて美しいんだろう。僕はこの瞬間恋に落ちてしまった。
「本当に綺麗だ。」
そういいながら僕は学校を出る。あの天使に逢うために、落下する場所を探すために。
落下する夢って見た事ありますか?見たことがない人でも見たいと思っている人もいると思います。でも、落下する夢って見たいとは思いますが怖いと思ってしまう自分もいます、、。それに、落下する夢を見るとびっくりして起きちゃったという話も来たことがあります。ぐっすり眠っている時に、無理やり起こされるのは嫌ですよね。自分が見たいと思っていることでも不向きがあれば「やっぱやだな」となるのが人間って感じがしますよね。
【⠀落下 】
今日は疲れた。
学校にも行けなくて
ご飯も全然食べれなくて
自分はダメな子だって落ち込んで。
しんどくて昼寝してたら
久しぶりに夢を見た。
---
暗くて底がない穴の中へ
どんどん沈んでいって
光が少しずつ消えていく。
絶望感が大きくなって
私、このまま死ぬのかな?
とか考えてた、その時だった。
私の腕をつかんで
引っぱりあげてくれた人がいた。
それは、私の大好きな先生で
すごく嬉しかった。
私のことを助けてくれる人はちゃんといるんだ。
そんな気がして安心した。
---
目が覚めると夕方になってて
お母さんが下から私の名前を呼んでいた。
「先生から電話だよ〜」って。
それを聞いて私はすぐに階段をかけ降りて行った。
お母さんからスマホを受け取って
電話に出るとすぐに先生の
「大丈夫?体調どう?」って声がして
私は気付いたら何も考えずに
「ありがとうございました!」って応えてた。
先生は戸惑ってたけど
私の頭の中は先生への感謝でいっぱいだった。
明日は直接先生に伝えたい。
#落下
眠りに落ちるとき、暗闇に吸い込まれ落下していく感覚がたまにある。その先には暗いトンネルがあって、先に広い森がある。その森の広場らしき中心部分にぽつんと椅子が置いてあった。なにげなく座ってみたら椅子が動き出した。気づくとスーツ姿の初老の男の人が立っていて、「これはあなたの人生です」と側で呟いていた。そんな夢を、見た。あの男の人は、きっと、誰の中にもいるんだと、思った。そして、私たち自身の人生をじっと、見ている。
今日のテーマ
《落下》
寝入り端、急に落下するような感覚で目が覚める。
実際には布団の中で、どこかに落ちるはずも、またどこかから落ちて布団に着地したというわけでもない。
しかし、実際に落ちたわけではなくとも、その錯覚によって体は強張り、心臓はいやにバクバク鼓動の速度を上げている。
経験則から疲れている時に起こりやすいということは分かっているので、僕は意識的に体をリラックスさせるためにゆっくり深呼吸した。
「眠れないの?」
「いや、寝てたんだけど、落ちる感覚で目が覚めた」
「ああ、たまにあるよね」
隣で寝ていた妻が気づいて声をかけてきたので正直に話すと、彼女は笑いながら半身を起こした。
目が覚めた時にビクッとしてしまったからそれで起こしてしまったのかと思って謝ると、どうやら妻は布団の中で寝る前の読書をしていたらしく、気にしないでと首を振った。
「目が覚めちゃったんじゃない? 私も喉が渇いたし、何か飲む?」
「そうだな……手間じゃなければもらおうかな」
「うん。じゃあ特製ホットミルクにしようか」
「あれか。うん、久しぶりに飲みたい」
僕も起き上がり、彼女の後を追うように寝室を出てリビングに向かう。
ダイニングテーブルに着いてカウンター越しに様子を窺うと、彼女は手際良く小鍋に牛乳を注ぎ、そこに蜂蜜を加えて火にかける。
これは眠れない夜専用の特製ホットミルク。
彼女が子供の頃、夜中に目を覚ました時に母親から作ってもらったものなのだそうだ。
結婚してから僕も何度かご相伴に預かっている。
熱すぎないほどほどの温度のホットミルクに蜂蜜の優しい甘さが効いていて、飲むとほっこりした気分になって不思議とよく眠れる。
リビングの電気はつけず、キッチンライトの頼りない明かりのもと、2人で向かい合って揃いのマグカップでホットミルクを飲む。
ここのところ仕事が忙しくて、こんな風に深夜に妻と向かい合うのも久しぶりだった。
特に会話らしい会話もないけど、何ともホッとするひとときで自然と笑みが浮かんでくる。
マグカップの中身が半分ほど減った頃、階段を下りてくる微かな音が聞こえ、妻と2人で何となくそちらに視線をやった。
「あれ、2人してこんな時間にどうしたの?」
「お父さんが目が覚めちゃったからホットミルク入れてたの」
「えー! お父さんとお母さんだけずるい! 私も飲みたい!」
「じゃあお母さんの半分飲む?」
「熱い?」
「ちょうどいい感じで冷めてるから猫舌のあんたでも大丈夫でしょ」
「やった! いただきまーす」
起きてきたのは下の娘で、僕たちを見咎めるとすかさず騒ぎ出す。
途端に賑やかになったキッチンで、僕と妻は目と目を見交わしこっそり笑い合う。
2人きりの時間はあっさり終わりを告げたが、愛する妻に可愛い娘が加わったのだから僕に不満などあるはずもない。
「こんな時間まで起きてたのか?」
「うん、試験近いから勉強してた」
「嘘ばっかり。またゲームしてたんでしょ」
「ソンナコトナイヨ」
「誤魔化したって分かるんだから。昨日から始まったイベントでしょ」
「なんでバレてるかな」
「夜更かしが駄目とは言わないけど程々にな」
「はーい」
傍目にも下手すぎる誤魔化しをあっさり看破されてぶつぶつ言う娘にそっと釘を差す。
しかし言ってもあまり効果はないだろう。自分がこのくらいの年の頃には親の小言なんて右から左だったし。
妻もそれは分かっているらしく、本気で窘めている風ではない。
その後は申し訳ないが後片付けを妻に任せて先に寝室へ引き上げさせてもらう。
妻と娘はまだダイニングで何か話しているようだ。
明日のお弁当のおかずがどうとか言ってる声を背中に階段を上がる。
ベッドに入ると、ほどなく眠気が戻ってきた。
妻の特製ホットミルクのおかげで心身ともにリラックスできている。今度はぐっすり眠れそうだ。
寝入り端にたまに起こるあの落下感はどうにも厄介なもので、妻にも余分な手間をかけさせたことを悪いと思うものの、思いがけず幸せなひとときを味わえたので、今日に限っては良かったかもしれない。
眠りに落ちる直前、そういえば明日は営業で外回りの予定があったな、と思い出す。
訪問先の会社の近くに、妻の好きな洋菓子店があったことも。
時間が合えば立ち寄って、結婚前にたまにプレゼントしていたあのクッキー缶を買ってこよう。
そして子供達には内緒で「昨日はありがとう」と渡そう。
妻の笑顔を思い描き、僕は静かに目を閉じる。
今度は妙な落下感に起こされることなく、心地良い眠りへ落ちていった。
#0007
#落下
落下する時に人は心臓を捕まれたような感覚を覚えるらしい。
それは、ジェットコースターのような重力による落下や人生の比喩表現的な落下でも同じ感覚なようだ。
言葉が曖昧なのは僕はそのどちらも経験がないからだ。
家は決して大富豪というわけではなかったが、そこそこ稼ぎはあったようだ。
両親とも朝から晩まで働いていればそれはそうか。相応の収入はあったのだろう。
しかしその分僕にかまってくれる時間は少なく娯楽施設に行った経験がほとんどない。
近所にある大型のショッピングモールが精々だ。
そんな僕はもちろん遊園地にも行けなければ、人生のどん底なんて経験もなかった。
だけど、愛だけがなかった僕の人生は
誰にも愛だけを与えられず
ゆるやかにゆるやかに
「落下」していった。
【落下】
「生まれ落ちる、って言うじゃん。だからあたしの人生、落下から始まって落下で終わるんだよ。ずっと落ち続けてるみたいで、かっこいいじゃん」
そう言って彼女がやすやすとフェンスを乗り越えたので、わたしはとっさに翼を広げて、彼女の体を宙に攫った。
中学校の屋上から、まっすぐ上を目指して、力強く羽ばたく。
「……えぇ……」
ある程度飛翔したところで、彼女の口からため息が漏れて聞こえた。
「あたしを止めに来たクラスメイトがまさか鳥人間だとは思わないじゃん?」
「鳥人間じゃないです、天使です」
「天使ってほんとにいるんだ?」
「人口一万人につき一人、配備されています」
「レアキャラじゃん。クラスメイトの女子が天使な確率、レアすぎるじゃん」
「ちなみに天使なので、性別はありません。似合うほうの制服を選んだだけです」
「あ、それでやたらとぺたん……なんでもない」
翼に煽られて、わたしたちのセーラー服の襟が、そろって翻る。
「あたしを助けたのは、天使の仕事の一環?」
「いいえ。わたしたち天使の仕事は、人間の世界を記録することだけ。個人に深入りはしません」
「じゃあ、なんで助けたのさ」
「たまたま、クラスメイトだったので」
彼女を助けた経緯を告げることに、わたしは不思議な気恥ずかしさを覚えていた。
「ずっと、君を目で追っていました。君がボロボロの体引きずって、屋上に上っていくのを、見てしまったので」
「ストーカーじゃん」
「ストーカーじゃないです、天使です」
「ところで高度ヤバくね? 落ちたらマジヤバなんですけど」
「落ちようとしていた人がそれを言いますか」
彼女の不安が少しでもでもやわらぐようにと、抱き締める腕に、力をこめる。
「わたしの翼が人目につくと面倒なので、垂直に飛んだだけです。寒さも空気も、わたしが放つ光の中にいれば大丈夫です。怪我も治ってきたはずです」
「あ、そういや、蹴られたり切られたりしたとこ、もう痛くないや」
会話しているあいだにも、わたしたちはぐんぐん上昇していく。中学校はもはや豆粒だ。すがすがしいほどの晴れ日でよかった。地球の丸みがよく見える。
どうしてこんな高みまで飛んできたのか、自分でもよくわからない。彼女に地球を見せたかったから? 彼女を地球から攫ってしまいたかったから?
「このまま太陽に近づくと落ちるやつじゃん」
「わたしはイカロスじゃないです、天使です」
天使の翼は太陽の熱でも溶けないが、腕の中の温もりに、心が蕩けそうになる。
人間に深入りしない、というのがわたしたち天使の掟なのに、それを破ってしまったのは、きっと、彼女をこの腕で抱き締めたかったからだ。彼女の命があるうちに、その温もりを感じたかったからだ。
彼女の纏う血が、泥が、わたしのセーラー服を汚している。それさえも、わたしが彼女を助けた記録の大切な証に思えて、なんだか嬉しい。
教室の片隅で、彼女はいつも汚れていた。泥まみれだったりゴミまみれだったり。顔には痣が絶えなかった。机もロッカーも、落書きだらけだった。
平凡な人間たちが群れる教室で、彼女だけが特別な存在に思えた。記録を続けるうちに気になり、いつしか目で追うようになった。
深入りしてはならないという戒めが、かえって、わたしの中の彼女の存在を深めていった。彼女を追っていた目は、彼女から離せぬ目になった。
彼女は今日も、同じクラスの男女グループに蹴られていた。カッターで足や腕を切られていた。よくない言葉で罵られていた。人間たちのそうした行動を自動的にストレージへと記録しながら、わたしは彼女の美しさに目を奪われていた。
幼い人間たちが笑いながら去ったあと、血の混じった唾をぺっと吐き出し、「臆病者どもが」とつぶやく彼女は、世界に一人だけの、特別な輝きを持った人間に見えた。足を引き擦りながらも屋上を目指して階段を上っていくときの、迷いのない一歩一歩が、高みに向かう聖者のように見えた。
ああ、だからわたしはこんな成層圏の高みまで、彼女を連れてきたのだ。
胸の昂ぶりとともに体が上昇してまうほど、わたしは彼女が好きだ。人間で言うところの、恋をしている。
「……いや落下してんじゃん」
気づけば自由落下が始まっていた。成層圏に滞在していたのはほんのつかの間、また対流圏に逆戻りだ。
「恋に落ちた天使は、翼を失う、という決まりがあるのです」
わたしが彼女に向ける目はずっと変わっていないから、恋の自覚が、翼を失うトリガーだったのだろう。
「それってもしかして、あたしがあんたの太陽ってこと?」
「そうですね」
「あはは、いいじゃん、悪くないね」
嬉しそうな声が、耳をくすぐる。
わたしを抱き返す彼女の腕に、力がこもる。
心はかつてなく高く舞い上がった。
悪くない、と言ってくれるのが嬉しい。
彼女と抱き合っていられるのが嬉しい。
わたしの翼を捥いだのが、彼女で嬉しい。
彼女と一緒に落ちていけるのが、嬉しい。
耳元で風が高く唸る。わたしたち二人、もつれ合い、絡まり合うようにして、風とともに落下していく。音速の勢いだ。このまま地球に激突すれば、わたしたちの体はきっと、一つになれる。性別のないわたしの体でも、彼女と混ざり合うことができる。
「万有引力ってこういうことかー。マジまっすぐ落ちんじゃん! あと超寒い!」
彼女の声が、風の隙間を縫って聞こえる。翼が消えたせいで、わたしたちの周囲を守っていた天使の光は薄れつつあった。
「林檎じゃなくて、自分の体で実感することになるとはねー。こんな体験、レアすぎんじゃん!」
彼女がとても楽しそうに笑うので、わたしも釣られて笑った。
「あっ、能面ちゃんが笑ったとこ、初めて見たかも」
「能面ちゃん?」
「あんた、裏でそう呼ばれてるよ。ずっと表情変わんないから」
「人間を記録するのに、表情は無用ですから」
「いや、人間のいろんなことを記録したいなら、もっと表情出して、人と交流したほうがよくね? あたしが言うことじゃないけど」
「なるほど、そういうものですか。しかし、本日をもって、わたしはお役御免になりました。もはや、わたし自身が無用の存在ですので」
わたしたちを守っていた光が、完全に消えた。代わりに、身を切るような寒さが、わたしたちを包む。
ヒュッと、彼女の喉が息を吸い込む音。
地上まであと一キロ。いよいよだ、そう思ったとき、ふいに落下のスピードが緩んだ。
「あたし、魔法使いでさ」
腕の中で、彼女がぼそりとつぶやいた。
「二万人につき一人しか生まれない、超レアキャラなんだよね」
彼女が国認定の魔法使いであることは、クラスメイトたちの噂で聞いていた。だけど、彼女が魔法を使ったところを見るのは、これが初めてだ。
「小学校のときは、周りからチヤホヤされてたんだけど、中学校に入って、思春期の都合とかで力出なくなっちゃってさ。あたしに力がないって知ったら、みんなの態度がだんだん変わってってさ。親まであたしを避けるようになってさ」
わたしたちの落下スピードは、宙を漂う羽根のように遅くなっていた。
「嘘つき、とか、詐欺師、とかよく言われたけど、違うんだよ。あたしが詐欺ってたかなんて、みんな、どうでもいいんだ。あいつら、魔法使いを気味悪がってるだけなんだよ」
泡を扱うようなふんわりとした柔らかさで、わたしたちは降ろされた。
もとの中学校の屋上へ。
「あたしがここから飛び降りようと思ったのはさ、」
放課後の校庭は人影がまばらで、騒ぐ者はいない。わたしたちの姿は、誰にも見られていない。まるで、世界に二人きりで取り残されたような気分になる。
「あいつらに蹴られる程度じゃ、力は再覚醒しなかったからさ。もっと確実な死の淵に立てば、ぎりぎりで魔法の力が戻るんじゃないかって、試したんだ。力が戻らなければそこでおしまい。でも覚醒できたら、あいつら見返してやろ、って思ってさ」
彼女もわたしも、まだ互いを抱き締めたままだった。彼女の体は、微かに震えている。
……ああ、彼女と混ざり合うことはできなかった。それならせめて、ずっとこの時間が続けばいいのに。
「飛ぶのがあたし一人だったら、楽になっておしまいだったと思う。力が戻ったのは、あんたを死なせたくなかったからかも」
わたしの背に回った腕に、力がこもる。温かな手のひらが、翼の消えたあたりを、優しく撫でる。
「一緒に飛んでくれて、あんがとね」
耳元の囁きに、目眩のような熱さを覚えた。この瞬間を記録に残せないことを、心底残念に思う。
舞い上がるような幸福感はほんのつかの間で、彼女は逃げるように腕をほどいた。
ズタズタに切り刻まれたスカートをはたき、立ち上がる。そして、彼女は再び、フェンスへと歩み寄った。彼女の温もりが、指先から離れていく。
「ところで、あんな高度から落下体験したの、十億人に一人ぐらいの超々々レアキャラじゃね?」
歪んだフェンスを掴み、空を見上げて、彼女は誇らしげに笑った。
「ちなみに天使は五人につき三人、翼を失うそうです。だからわたしはありふれたキャラですね」
わたしも立ち上がって、彼女に並んだ。
「天使ってそんなチョロく恋に落ちるもんなの」
「人間のそばで仕事をしていれば、否が応でも」
「それもう、恋活しに来てるのと変わんないじゃん」
「言われてみれば」
彼女の視線が、なにかに気づいたようにふっと地上へ落とされた。
「せっかく魔法の力戻ってきたんだし、明日からあいつらボコしてやろっかなー。見て見ぬふりが上手な先公どもも一緒にな」
「魔法使いがそういうことに力を使うと、一般人よりも刑罰が重いんでしたっけ。たとえ十五歳でも」
「そ。だからあいつら、どのみち力なんて使えないだろうって、あたしのこと見くびってんだよ」
身を返し、フェンスにもたれかかり、彼女はもう一度空を見上げた。
「ま、あんな高さから落ちりゃ、これ以上落ちるのはもうこりごりだな」
痣だらけの顔が、ニヤリと笑った。
「さっきの落下体験のおかげで、引力コントロールのコツ掴めたしさ、昔より楽に飛べるようになったんだよね。となると、逃げるのは簡単じゃん?」
きらきらと輝く瞳が、わたしを捉えた。
「あんたとなら、どこまでも飛べそうな気がする。つまり、あたしら最強コンビじゃん? 超々々レアキャラ同士だし」
傷だらけの腕が、わたしに向かって伸びてくる。
「また、一緒に飛ぼ」
そうして、わたしたちは再び屋上のフェンスを乗り越えた。
題名落下
落下は警察系(探偵系)のドラマなどの事件で多く
使われるものだと思う
たとえば被害者と犯人がもめて犯人が被害者を
つきおとすなどのものをわたしはよく見る
みんなは落下という単語をみて?きいて?
どっちかわかんないけどどんなものを思い出す?
―落下―
今までに感じたことの無い程の勢いで、
落ちていく
とてつもなく大きな力に背中を
押し潰されているような
若しくは巨大な引力に
引き寄せられているかのような
ジェットコースター、バンジージャンプを
ものともしないようなスピードで
どこまでも落ちていく
底なんてものは存在しなくて
ずっと変わらない、真っ暗闇が、
私を包んで奈落の底に突き落としてくる
言い表せない程強い衝撃を感じて
やっと目が開いた
一瞬にして金縛りが解けていく
それでも動くことは出来ないまま、
感覚が当てにならないくらいの時間を
ここで過ごしてる
#落下
落下落下...。
死ぬ事なんて簡単でしょ?
落ちろ
呪いの言葉なんてそれでじゅうぶんでしょ?
#落下